名古屋地裁;美濃加茂市長に無罪判決 贈収賄事件で(2015年3月5日)

 

 

裁判長;「市政に尽力されることを期待します。頑張って下さい」

 

愛知県警;「こんなはなたれ小僧を選んだ美濃加茂市民の気が知れない」「美濃加茂市を焼け野原にしてやる」

 

論説 美濃加茂市長事件弁論

 

藤井・美濃加茂市長に逆転有罪判決

 

 

左;無罪判決後に臨んだ記者会見で笑顔を見せる藤井浩人美濃加茂市長

右;無罪判決を受け、集まった支持者らとハイタッチをして喜び合う藤井浩人美濃加茂市長

 

 

美濃加茂市長無罪判決 〜極めて当然だが決して容易ではない司法判断〜(郷原信朗ブログ)

 

拡大画像

 

 

名古屋地裁;美濃加茂市長に無罪判決 贈収賄事件で(2015年3月5日)

 

 岐阜県美濃加茂市への浄水設備設置をめぐる贈収賄事件で、事前収賄などの罪に問われた市長の藤井浩人市長(30)に対する判決があった。

 

「全国最年少市長」と話題になった藤井市長は、市議だった2013年3〜4月、地下水供給設備会社「水源」社長の中林正善受刑者(44)=贈賄罪や金融機関への詐欺罪で実刑判決が確定=から浄水設備導入に向けて職員に働きかけるよう依頼を受け、見返りに2度にわたって現金計30万円を受け取ったとして、起訴されていた。

 

 中林社長は当初、藤井市長と2人だけの会食で現金を渡したと供述。しかしその後、同席者も含む3人だったと変更した。

 

公判では、「市長に現金を渡した」などと認めた中林社長の証言の信用性が争われた。

 

検察側は、中林社長の金融機関の出入金記録や、2人がやりとりしたメールの存在を指摘。社長の証言と一致すると主張していた。一方、藤井市長は「現金を受け取った事実は一切ない」と無罪を主張していた。

 

鵜飼祐充裁判長は、1回目の現金授受に関する社長の捜査段階での供述の変遷を取り上げ、「強く印象に残るべきことなのに、不自然と言わざるを得ない」とした。さらに社長が捜査段階で2回目の現金授受を先行して自白し、公判で「1回目のことはよく覚えていなかった」と述べた点について、「賄賂を渡すのは非日常。渡したのなら記憶があったはずだ」と疑問を呈した。

 

また、検察側が証言の支えとした出入金記録については、「賄賂の原資になりうるとしても授受を裏付けるわけではない」と指摘。中林社長が「なんでも遠慮なくご相談下さい」と送ったメールは、「さまざまな解釈ができる」と分析。賄賂の存在を示すとする検察側の見方を否定した。

そのうえで、「贈賄を認めた業者は、現金授受に関して事実を語ったか疑問だ」として、無罪(求刑懲役1年6カ月、追徴金30万円)の判決を言い渡した。

 

一方、藤井市長の弁護団が主張していた「供述の誘導」について、鵜飼裁判長は「捜査側と取引をした事実はうかがえない」と判断。中林社長が「虚偽」の説明をした背景として、当時、多額の詐欺事件の捜査が進められていたことを挙げ、「なるべく軽い処分になるよう、別の重大事件に目を向けさせようと考えた可能性がある」と指摘した。

 

 贈賄罪や金融機関への詐欺罪に問われた中林社長は別の裁判長が審理した。2015年1月に懲役4年の実刑判決が言い渡され、すでに確定している。

 

 鵜飼裁判長は最後に「きょうでひと区切りが着いたと思うので、市政に尽力されることを期待します。頑張って下さい」と藤井市長に語りかけた。

 

 これまでの公判で、愛知県警の取り調べの中で、「こんなはなたれ小僧を選んだ美濃加茂市民の気が知れない」「美濃加茂市を焼け野原にしてやる」などと言われたことを明らかにしていた藤井市長は、判決後、弁護団とともに記者会見し、「市民の方を侮辱するような取り調べをされた。このような点を正して欲しい」「逮捕当初から無実の主張は変わらなかった。しかし、起訴されれば99%有罪になると聞いていたので、ほっとした」と述べた。また結果的に、知り合いだった業者が別の犯罪を犯していたことを見抜けなかったのは私の落ち度であり、今後は、しっかりとした目を持ち、市長として頑張っていきたい』とも語った 。

 

また、鵜飼裁判長から、判決言い渡し後に言葉を掛けられたことについて「ありがたかった。今後もしっかりと頑張っていきたい」と振り返った。捜査機関には「厳しい取り調べも受け、市民を侮辱するようなことも言われた。泣き寝入りする人もいるだろうと身をもって感じた。二度とないようにしてほしい」と訴えた。

 

弁護団の郷原信郎主任弁護人は「極めて当然の判決だ。市長に現金を渡したという業者の供述が不合理で疑わしいということを、裁判所が認めてくれて満足している」と話した。

 

名古屋地検の大図明次席検事は判決後、取材に応じ、「供述だけでなく、資金の流れやメールなどの証拠があった」と述べ、立証は尽くしていたとの見解を示した。判決が、1回目の現金授受に関する中林正善社長の捜査段階の供述のあいまいさを指摘したことに質問が及ぶと、「人の記憶だから、詳細まで覚えているとは限らないと考えている」と答えた。今後、判決内容を検討し、上級庁と協議して対応するという。

 

なお、藤井市長は名古屋工業大学大学院中退後、学習塾経営を経て、2000年の市議選でトップ当選。2013年6月2日投開票の市長選に1期目途中で出馬し、28歳の「全国最年少市長誕生」として脚光を浴び(市長選投票日翌日の6月3日、「自民の強い土地柄。より多くの人の協力を得たい」として自由民主党に入党)

 

藤井市長の逮捕・起訴後に行われた署名活動では、同市の人口約5万5千人のうち、2万人超の18歳以上の市民が市長続投や早期釈放を求めて署名。刑事被告人となった市長を支援するという異例の展開をたどっていた。

 

一夜明けた3月6日午前8時過ぎ藤井市長は、いつもと同じように黄緑のネクタイにスーツ姿で市役所に登庁し、午前8時40分から臨時部長会議に臨み、「市政運営では部長を始め、職員のみなさんにご迷惑をかけたが、大変感謝している。心のもやもやも晴れ、すっきりした。新たに市民のみなさんに堂々と提案できる夢のある政策を、引き続き実現していきたい」とあいさつした。

 

藤井市長は臨時部長会の後、報道陣の取材に応じ、「(市職員が)これまで真摯(しんし)に対応してくれたことへの感謝の気持ちを述べた」と話し、幹部職員の反応について「(無罪判決で)私以上にほっとしていると感じた」と述べた。

 

現在の心境を問われると、「当選した時のことを思い出した。(事件を通して)初登庁のころより市幹部らとの一体感は増している」と市政運営に向けて自信を見せた。午後には市議会全員協議会に出席した。

 

藤井市長は3月11日午前、無罪判決を受けた後、初めて市議会本会議で一般質問を受け、「市民や議員のみなさんの支援に感謝し、心配や迷惑をかけたことをしっかりと反省したい」と語った。

藤井市長は裁判の結果について問われ、「無罪判決は事実関係からすれば当然のことだが、しっかり気を引き締めて行政運営に取り組みたい」と答弁した。

2014年8月に問責決議が可決された市議会との関係については、「議員の方々の理解なしでは市民の理解はない。建設的な議論をしていきたい」と述べた。

 

名古屋地検は2015年3月18日、「現金を渡したとする業者の供述の信用性を否定した裁判所の判断には誤りがある」などとして、名古屋高裁に控訴した。検察関係者は「2人のメールのやりとりや、『授受を聞いた』とする関係者証言などの間接証拠について、判決はきちんと評価していない」と主張している。

同日午前、弁護士から控訴の連絡を受けた藤井市長は名古屋市内で記者会見し、「控訴の連絡を受けて驚いた。1審の公正な判断で潔白だという結論が出ている。裁判が続けば市民の心も晴れないうえ、被告人という肩書が残ることは非常に悔しい」と語ったうえで、「引き続き市民に迷惑が掛かることになり、対外的にも影響が出る。許し難い思いでいっぱいだ」と検察を批判。「おかしな社会を正すという思いで控訴審を戦いたい」と話した。

主任弁護人の郷原信郎弁護士は「1審の証拠を見ても無罪判決が覆る可能性は全くない。不当極まりない判断」と話した。また17日付ブログで、「美濃加茂市長無罪判決に検察控訴の方針」は、「妄想」か「狂気」かと述べている。

 

藤井市長の記者会見コメント

 

本日は皆様、お集まりいただきましてありがとうございました。本日わたくしと、また弁護団が主張してきたことが、公判の場で認められたことを心から感謝したいと思っております。

これまで本当に多くの方々に支えていただきまして、今日無罪を勝ち取ることができたことを本当に嬉しく思っていると同時に、最後に裁判長からこれからも市政に邁進するようにと激励の言葉をいただきました。これからも市長として頑張っていきたいと思います。

……………

今回の事件に関しては逮捕当初から、私の中にそういった事実が一切ないということで、私の中のことは変わりませんでしたけれども、逮捕・起訴されて、裁判を通しても私が主張していること、弁護団が主張していることがいかに全うかということを皆様にわかっていただけたと思うんです。

やはり起訴されたら99%は有罪になるということも当然聞いておりましたので、裁判長から主文を聞くまではドキドキしていたのは間違いありませんし、無罪と言い渡されたときはほっとしました。

……………

被告人として、やはり市長としてという形についてですけれども、まず私が保釈された後にですね、市の職員はそれまでもそうなんですけど、本当に一生懸命、今まで以上に私を支えてがんばってくれましたし。

市民の皆様もこの公判の内容を注視しながら、市長を信用できるという形で応援してくださいましたし、それは議会でも議員の皆様にお力をいただけたので、市政になにか影響があったかということに対してはほとんど無い形でスムーズにできましたが。

やはり将来を見越したときに、裁判の結果がどういうものになるのかというのは、市民の皆さん、職員の皆さんの中にもあったと思いますので、そういった中で、今日第一審が出たということで、多くの方々が安堵してくれて。

また、新年度に向かっても思い切った挑戦ができると思いますが、そういった面で被告人という面では、様々ありましたけれど、今日一区切りついたので、私としては、引き続き堂々と、市長として取り組むことは変わらないので。

……………

裁判長からあのような言葉をいただけるとは本当にありがたかったんですけれども、私が市議会議員にどのような気持ちで向き合ってきたか、市長になってからどのような活動をしてきたかということを、知っていただけたんじゃないかなと思う中で、このような言葉をいただけたことを、本当にありがたいと思っておりますし、しっかりと頑張りたいという思いだけですね。ありがとうございます。

 

郷原信郎主任弁護人の記者会見コメント

 

今日の1審無罪判決は、藤井市長と我々弁護団が一貫して主張してきた「市長は無罪、無実である」という主張が認められたものですが、それは我々にとっては、極めて当然のことだと考えております。最初からずっと言い続けてきたことです。

 証拠的にも、捜査の経過からしても、この事件への正しい判断として全く当然のことだと思うんですが、しかし一方で、そういう当然の判断であっても、こういう検察が面子にかけても有罪にしないといけないと考えて、取り組んできているような事件、無罪がでたら重大な責任にもつながりかねないような事件で、まさに必死になって有罪の体裁をつくりあげようとしている事件において、その当然の判断を裁判所が出すことがいかに難しいのか、私はこの実務の中で痛感しております。

 それだけに、今回名古屋地裁の鵜飼祐充裁判長以下が、公正な判断を下していただいたことに心から敬意を払いたいと思います。こうして裁判所の判断が、藤井市長が無実であるということを明らかにすることで、藤井市長に更に市長として活躍してほしいと願う市民からの期待に応えることに喜んでおります。

……………

検察に対して言いたいです。改めて我々弁護団が主張してきたことを、弁論を改めてじっくりと詳細に読んでいただければと思います。いかに検察が立証しようとしてきたことがデタラメかというのが明確に認識できると思います。

これ以上、美濃加茂市長を収賄で起訴したことによる、迷惑を与え続けないでほしい。無意味な控訴は行わないでほしい。十分な検討が行われれば、この事件で控訴しても勝ち目が全くないということを十分に理解できるはずです。

それともう1つ。この事件の報道に関して、一言言わせていただきたいと思います。先ほども申しましたように、もともと証拠的に見ても、どう考えても市長が現金を受け取ったという事件を立証することがムリだということが、私は当初から明らかだったと思います。

そういうことはこういう会見の場でも再三に渡って、マスコミの皆さんにも申し上げてきました。それにも関わらずこの事件の、収賄事件としての特殊性を十分に考慮した報道がなされてきたと私は思っておりません。マスコミの皆様が今回の事件の報道で行ってきたことをもう1回よく検証してみていただきたいと思います。

……………

今日の判決理由の中で、弁護人として主張してきたことはほとんど認めていただけたんじゃないかと思います。特に最後のところで、虚偽供述の動機について、かなり詳細にふれられておりました。我々弁護人としては、この中林に十分な虚偽供述の動機があるということを立証することは本件で、藤井が無実であることを明らかにする上で極めて重要だと思って、当初から闇取引の疑いというのを1つの主題として、公判前整理手続きの中で、その中から様々な事実を引き出し、公判で主張してきました。

 もちろん明示的な闇取引の証拠があるわけではありませんし、取引そのものが立証できるという可能性は高いと思ってなかったんですが、むしろ重要なことは今日の判決の中でも詳細に認定していただいたように、中林が融資詐欺の捜査、処分に対して、自らに有利になることを目論んで、虚偽の贈賄自白をした疑いがあるということが明確に認定されたことです。

 この点が、その前に指摘されている供述の変遷の不合理さ、そして供述内容、贈賄の場面についての不合理さ、不自然さなどを合わせてですね、この贈賄そのものを極めて疑わしいという認定につながり、そして判決の中でも述べられていたように、果たして中林が自己の記憶を述べているのかすら疑わしいということが判示されたわけです。

 そして検察官が述べている供述内容が自然で、不合理な点がないとか、客観的証拠と矛盾しているとか、そういうようなところは我々も弁論で述べてきましたが、検察官と中林との間で多数回にわたって、我々弁護人が朝から晩までと表記しましたが、それだけの証人テスト、打ち合わせを繰り返してきたこの検察官と中林との間ではいくらでも創り上げられるものだという弁護人の主張を裁判所に認めていただいた。そういう面で我々弁護人にとっては本当に満足できる判決内容であったと考えております。

……………

検察が反省すべき点は、これまでも、こういう場でも、山ほど指摘してきましたが、詳しくはそちらをもう一回見直してもらうしかないんですけど。とくに今日は判決の中で、指摘するといった中で、相当深刻な点がいくつかあるんじゃないかと思うんですね。

 ひとつは検察官の主張について、客観的証拠と符合しているというけども、全然関連性が無いんじゃないか。これは弁護でも強く主張しております。

 普通ありえないと思うんですよね。検察官が証拠に基づいて、立証することが義務ですから。その証拠からどういうことが言えるのか、ということについて、その見解って当然認識しておかなければいけない。

 それをほとんどこじつけのようなことで。メールのこととか、あるいはお金の出入りのこととか。そういったことを無理やりこの事件にこじつけてきたんですね。そのほとんどが裁判所で否定された。

 それ自体が極めて異例であり、深刻な事態だと思います。そして、供述の信用性について、検察が主張していることについても、裁判所からですね、結局あれだけ多数回打ち忘れとか、いくらでもつじつまあわせはできるということまで指摘されているわけです。

 そういう面で今回の立証のあり方に根本的な問題があったということは、今日の裁判所の指摘から明らかだと思います。

 

美濃加茂市長を控訴のア然…検察の頭にあるのはメンツだけ(2015年3月21日配信『日刊ゲンダイ』)

 

 こんなデタラメ組織に「司法取引」なんて新たな“武器”を与えたら、それこそ大暴走は確実だ。

岐阜・美濃加茂市の浄水設備設置をめぐる藤井浩人市長(30)の贈収賄事件で、名古屋地検は18日、名古屋地裁の無罪判決を不服とし、高裁に控訴した。

大図明次席検事は「控訴理由は控訴趣意書で明らかにする」と言ったが、5日の地裁判決は藤井市長の現金授受どころか、「カネを渡した」という会社社長の証言も「合理的な疑いが残る」と完全否定だった。

「控訴審でも検察側の立証の柱は社長の証言のみ。しかし、1審で裁判長から半ば『ウソツキ』と断罪された社長の供述は、まったくアテになりません。控訴審で判決が覆る見込みはゼロに等しいでしょう」(司法ジャーナリスト)

 検察は大阪地検特捜部の証拠改竄事件を教訓に、少しは改心したのかと思ったら、まったく懲りていない。相変わらず勝手に筋書きを作り、「法と証拠」を無視して突っ走っている。今国会では「司法取引」などの刑事関連法の改正案が審議されているが、成立すれば、これまで以上にやりたい放題になるだけだ。

 藤井市長の弁護人を務める元検事の郷原信郎弁護士もこう呆れる。

 「1審判決を読めば、控訴審でひっくり返る可能性はないのです。それなのに控訴したのはメンツです。後に引けない、組織として責任問題になるのを避けたい、と考えて控訴したのでしょう。市長や市民の迷惑など一切考えていないのです。検察は何ら反省できない組織だということがハッキリしました」

 証拠改竄事件では、無罪が確定した村木厚子・現厚労事務次官に対し、国が3700万円の賠償金を支払った。このままだと国は藤井市長にも巨額の賠償金を支払うことになりそうだ。究極の税金の無駄遣いだ。 

 

市長「無罪」裁判 控訴は何のためなのか(2015年3月19日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 現職市長への無罪判決は、検察にとっては面目丸つぶれの格好だろう。しかし、事はそんな問題ではない。説得力ある証拠が見当たらないまま再び市長を法廷に立たせることに、無理はないか。

 事前収賄などの罪に問われた岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長を無罪とした名古屋地裁判決を不服として、名古屋地検が控訴に踏み切った。控訴理由は趣意書で明らかにする、というが、判断は果たして適正か。

 一審で検察側が示した贈収賄の直接証拠は、市長に現金を渡したという設備会社社長の一連の供述だけである。市長は一貫して現金の授受を否定している。

 検察側が現金授受の場と主張する社長との会食の事実については争いがなく、争点は、社長供述の信用性に絞られていた。

 地裁判決は、その供述内容の不合理な変遷や臨場感の欠如を綿密に検討して信用性を認めず、社長は別の融資詐欺事件の捜査を止めるため、検察官の意向に沿って虚偽の供述をした可能性がある、とまで踏み込んだ。

 双方の銀行口座の入出金記録、やりとりされたメールの文言などの間接証拠も現金授受の裏付けにはならないと退けた。

 検察側の描いた構図は、根底から否定されたわけである。

 社長から市長に渡されたとする現金は計三十万円である。そもそも贈収賄事件として立件するには賄賂の額が少ない、との指摘が当初からあった。額が少ないと賄賂の行方が追跡しにくい上、市民が選んだ公人の刑事責任を追及するには可罰性が乏しいと受け取られかねないからだ。

 それをあえて起訴した結果が、現金授受の事実は認められないという、いわば完全無罪の判決だった。一審でことごとく退けられた証拠の再評価を求めて控訴することが正義の追求と言えるのか。

 市議会は「市長の無罪判決に安堵(あんど)し、正常な市政運営に戻ることを強く望んでいる」との声明を出した。かみ砕いて言えば、控訴で市政の混乱を長期化させてくれるな、ということだ。

 法と証拠に基づいて公権力の不正に立ち向かうことは検察の大きな使命である。だが、説得力ある証拠が見当たらぬまま市長をいつまでも被告の立場に置くのでは、市民の失望を招くだけだろう。

 検察がすべきは控訴ではなく、次々疑問点が指摘された捜査過程の検証ではなかったのか。まさかメンツのためではあるまい。

 

市長に無罪判決 「供述頼り」の捜査見直せ(2015年3月9日配信『琉球新報』−「社説」)

 

 供述頼りの捜査、捜査機関の見立てに沿った自白を引き出す危うさに対し、司法が厳格な判断を示した。

 浄水設備導入をめぐり、就任前に金銭を授受したとして、事前収賄などの罪に問われた岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長に対し、名古屋地裁が無罪を言い渡した。

 判決は検察側が唯一の直接証拠としていた贈賄側業者の供述の信用性を認めず、検察官の意向に沿って虚偽の供述をした可能性まで指摘している。

 全捜査機関に供述頼りの捜査の見直しを促す重い判断と受け止めねばならない。

 客観的証拠が少ない増収賄事件で自白は「証拠の王様」とされてきたが、その時代は終わりを告げている。捜査機関は供述以外の客観的な証拠が重視されつつあることを自覚すべきだ。

 藤井市長は市議だった2013年3〜4月、市職員に浄水施設の導入を働き掛けることの見返りに業者から計30万円を受け取ったとして、逮捕・起訴された。

 別の大型融資詐欺事件で逮捕されていた贈賄側業者が取り調べで金を渡したことを認めた。現金のやりとりの直接の証拠はなく、業者の自白の信用性が争われた。

 名古屋地裁は、現金を受け渡した際の会話内容や同席していた人がいたかをめぐり、業者の証言が変遷したことを重く見た。業者の口座記録、市長と業者のメールのやりとりに関しても現金授受の裏付けになり得ないと判断した。

 供述以外の客観的証拠が乏しい状況の下、愛知県警の捜査には無理があった。全国最年少市長の収賄事件を手掛けたいという“野心”にとらわれた面もあろう。

 判決は、業者側が詐欺事件の余罪追及を免れるために検察と取引したという弁護側の主張は採用しなかったが、検察側に過度に迎合して供述した疑いが拭えないとしている。異例のことだ。

 密室の取り調べでは、捜査機関が見立て通りの供述を迫る悪弊が指摘されている。その見返りに保釈を認めたり、別の事件の捜査に手心を加えたりすることは、導入が検討されている司法取引を先取りする危険な手法である。今回の事件は司法取引の危うさも照らし出した。

 行き過ぎた捜査を防ぎ、供述の信用性を担保するためにも、密室の取り調べを録画・録音する全面可視化の導入を急がねばならない。

 

[市長無罪判決] 起訴は適正だったのか(2015年3月8日配信『南日本新聞』−「社説」)

 

 浄水設備導入をめぐり業者から現金30万円を受け取ったとして、事前収賄罪に問われていた岐阜県美濃加茂市長に、名古屋地裁は無罪を言い渡した。

 贈賄側の業者は別の裁判長が担当する公判で起訴内容を認め、既に有罪判決が確定しており、事実認定が逆転する事態となった。

 判決は、検察側が唯一の直接証拠としていた贈賄業者の供述について「不自然で変遷しており、合理的な疑いが残る。現金授受の事実を認定できない」と退け、虚偽供述をした疑いがあるとまで指摘した。

 汚職事件の捜査で自白は「証拠の王様」といわれ、強引な取り調べが行われてきた。だが、今回は裁判所が、自白偏重捜査に疑問符を突きつけた。検察は起訴が適正だったか検証するとともに、捜査の在り方を見直す必要がある。

 事件は愛知県警が2014年2月、業者を詐欺事件で逮捕したことから始まった。

 県警が、浄水設備導入をめぐる金銭授受の疑いがあるとみて押収したパソコンを解析したところ、「お手伝いや、ご協力、そして…。なんでも遠慮なくご相談ください」「本当にいつもすいません」といった市議当時の市長とのやりとりが判明。さらに、業者が「金を渡した」と証言したことで捜査員は立件に自信を深めた。

 一方の市長は当初から一貫して無実を主張していた。

 判決は、業者が現金授受をしたとされるファミリーレストランで同席した男性の存在を、当初ははっきり覚えていないと説明したが公判では具体的に説明し、供述が変遷した点を重視。被告への現金授受を県警に説明した当初、業者は別の融資詐欺などで起訴されており、自らの罪を軽くするため捜査機関に迎合した可能性があるとした。

 唯一の直接証拠に疑問が生じれば、メールのやりとりなど状況証拠の説得力は色あせる。業者の供述以外に客観的で決定的な証拠がない以上、県警の捜査には無理があったといわざるを得ない。

 容疑者から供述を引き出すための強引な取り調べについては、03年の鹿児島県議選をめぐる志布志事件で問題化し、以降は容疑者の供述以外の客観的証拠が重視される傾向が顕著になっている。

 こうした現実に目をそむけ、現職として全国最年少市長の逮捕、起訴に踏み切ったのは、県警側に注目される事件を手がけてポイントを稼ごうとの思いがあったからといわれても仕方あるまい。

 検察は今後、客観証拠での立証に力を入れていくことが重要だ。

 

市長無罪判決―捜査の過程を検証せよ(2015年3月7日配信『朝日新聞』−「社説」)」

 

 捜査機関はどのように供述を引き出し、その内容を吟味してきたのか。大きな疑問符がつく事件である。

 事前収賄などの罪に問われた岐阜県美濃加茂市の藤井浩人市長に、裁判所が無罪を言い渡した。判決は、市長に現金を渡したという男性の証言の信用性に疑いを投げかけ、検察官の意向に沿ってウソの供述をした可能性にまで踏み込んでいる。

 現職市長を逮捕し、法廷に立たせた責任は重い。控訴の有無にかかわらず、警察・検察は捜査過程を綿密に検証すべきだ。

 事件には現金のやりとりがあったことを示す直接の証拠はなく、「贈賄」側の男性の「自白」に大きく頼っていた。

 自らも贈賄の罪に問われるのに、渡していない金を渡したと証言する人は、ふつうであればいないだろう。このケースが特異なのは、男性が自白した当時、別の大型融資詐欺事件の捜査を受けていたことだ。

 融資詐欺事件の捜査を止めたい、また捜査関係者からよく見られたい。そんな理由から男性が捜査機関に迎合し、意向に沿う行動をとった可能性がある。判決はそう指摘した。

 巻き込まれた市長にとっては、身の潔白を証明する負担は並大抵のものではない。深刻な人権問題にもなりかねない。

 密室での取り調べでは、捜査機関側の見立てに沿った供述の強要や、保釈などをちらつかせる利益誘導がおきやすいことがかねて指摘されてきた。物証が乏しく、贈賄側の供述が重要証拠になることが多い贈収賄事件では特にその傾向が強い。

 今回のケースでは、贈収賄立証のカギを握る「贈賄」側がどのような状況に置かれて出てきた供述だったのか、捜査機関側は客観的にふまえていただろうか。立件に直結する重要証拠だからこそ、飛びつくことなく、信用に値するものか厳しく吟味すべきではなかったか。

 取り調べの過程では、供述の見返りに別の事件の訴追の手を緩めるといった司法取引的な要素が入り込むことで、真相から遠のき、ときには冤罪(えんざい)をうみだす可能性さえあることを忘れるべきではない。

 警察・検察の取り調べの録音・録画(可視化)を義務づける刑事訴訟法改正案が今国会に提出される予定になっている。だが、法案が対象とするのは裁判員裁判で扱う殺人・放火などの重大犯罪が中心で、今回の贈収賄事件も対象にならない。

 適正な取り調べを裏打ちするためにも、国会で可視化の範囲を広げる議論をすべきだ。

 

市長無罪判決 検察不信は強まった(2015年3月6日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 収賄罪に問われた現職市長に裁判所が無罪を言い渡した。弁護側主張の通り「すべてが作り上げられた犯罪」だったのか。捜査には疑問点が多く、これでは検察不信が強まると言わざるを得ない。

 岐阜県美濃加茂市長の藤井浩人被告(30)を無罪とした名古屋地裁の判決理由は「現金授受があったとする贈賄側の証言には合理的な疑いがある」と明快だった。

 自らの裁判でも賄賂を渡したと供述し、有罪が確定している設備会社社長の証言を「虚偽の疑いがある」と退けたのである。

 贈賄側が有罪を争わぬ一方で収賄側は無罪、という一見分かりにくい裁判の結果は、一体、何を物語るのだろう。

 この事件の捜査には、2つの大きな疑問点がある。

 一つは、賄賂の額である。

 藤井市長は、市長就任前の市議時代に30万円の賄賂を受け取ったとして逮捕、起訴された。

 この10年間に現職市長が逮捕された収賄事件を見ると、認定された賄賂額は最低でも100万円、ほとんどは500万円以上である。

 逮捕となれば、市政の空転は必至である。有権者が選んだ市長を30万円の収賄で逮捕すること自体が、捜査の常識からは考えにくい判断だとも指摘される。

 もう一つは、贈賄を認めた設備会社社長の供述の経緯である。

 その社長は、融資詐欺事件の取り調べの中で、藤井市長への贈賄の供述を始めたとされる。

 詐欺罪について当初、名古屋地検が起訴したのは2100万円分。その後、藤井市長の弁護団による告発を受け、さらに4000万円分を追起訴したが、不正融資の総額は3億6000万円だったとされる。

 弁護団の告発が意図するところは「検察が闇取引し、虚偽の贈賄供述をさせる代わりに、巨額詐欺の捜査を打ち切った疑いがある」ということである。

 そのような背景がある社長の供述を除けば、説得力のある証拠は見当たらない。適正な捜査、起訴だったとは、とても言えまい。

 厚生労働省局長だった村木厚子さんが巻き込まれた大阪地検の郵便不正事件などで検察不信が強まる一方、近年、汚職事件の摘発は全国的に低調な状態が続いている。全国最年少市長として知名度の高かった藤井市長を狙って勇み足はなかったか。

 検察が主張してきた現金授受には疑問が膨らむばかりである。判決を読む限り、控訴はすべきではないだろう。

 

 

名古屋地裁;贈賄側に懲役4年判決 美濃加茂市贈収賄事件で名地裁判決(2015年1月16日)=確定

 

 美濃加茂市の浄水設備導入をめぐる贈収賄事件で、藤井浩人市長(30)に現金計30万円を渡したとして、贈賄の罪に問われた地下水供給設備会社「水源」社長の中林正善被告(44)の判決公判があった。

中林被告は2013年3〜4月、当時市議だった藤井市長に、浄水設備導入で便宜を図ってもらうよう依頼し、市に働き掛けてもらった見返りに現金計30万円を渡した。また2012年7月〜13年8月、美濃加茂市教育委員会などが浄水設備を発注したとする書類を偽造、銀行から融資金計6100万円をだまし取ったとして起訴されていた。

 

公判では、中林被告の証言を軸に検察側が立証し、中林被告が罪を全面的に認めていた。

 

堀内満裁判長は、贈賄罪に関し、現金の授受があったと認定した上で「自己の会社の利益を図るため、合計30万円という少なくない現金を市議に渡した。政治活動の廉潔性に対する市民の信頼を毀損(きそん)し、社会に大きな影響を及ぼした」と指摘。詐欺罪については「計画的犯行で常習性も認められる。手口は極めて巧妙で悪質」と述べ、別の詐欺などの罪と合わせ、懲役4年(求刑4年6月)を言い渡した。

 

判決後に会見した弁護人の中村信雄弁護士は「中林被告の裁判で藤井さんの調書も証拠として提出されていたが、中林被告の供述が信用できると裁判所が認定したということ」と述べた。

 

 藤井市長の主任弁護人の郷原信郎弁護士は「贈賄事実について、収賄事実を全面的に否認している藤井被告側の主張を踏まえた事実認定は行われていないので、藤井被告の公判とは全く無関係」とコメントした。

 

 藤井市長は、「私の裁判とは全く関係ないと思う。中林被告の話が信用できるかどうかは、私に対する判決で裁判所の適切な判断が下されるものと信じている」と話した。

 

inserted by FC2 system