「パパ、ママ、もうおねがい ゆるして ゆるしてください」

 

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記事 児童虐待死を受けての日弁連会長声明

 

#こどものいのちはこどものもの 子供の人権を守る会

 

 

児相の体制強化(2019年7月31日配信『宮崎日日新聞』―「社説」)

 

◆人員・人材不足を解消せよ◆

 親権者が監護や教育に必要な範囲で子を戒めることを認める民法の「懲戒権」を巡り、法相の諮問機関・法制審議会が見直しの議論に入った。千葉県野田市で1月、小4女児が父親から暴行を受け衰弱死するなど児童虐待事件が相次ぎ、懲戒権が「しつけ」に名を借りた虐待の言い訳にされているという批判が絶えなかった。

 規定の削除や文言の修正などが検討されるとみられる。また子どもに対する親の体罰を禁じ、児童相談所の体制強化を目指す改正児童虐待防止法などが先に成立、来年4月から施行される。しかし、なお課題は尽きない。

虐待通告対応で疲弊

 児相の人員・人材不足が深刻さを増している。全国の児相が2017年度に対応した虐待の相談件数は13万件を超え、過去最多。10年間で3倍以上に増え、現場からは「児相だけで虐待通告に対応するのは限界」との声も聞こえてくる。

 政府は緊急対策として昨年7月、虐待通告から48時間以内に子どもに直接会って安全を確認できない場合には児相が立ち入り調査に乗り出す「48時間ルール」の徹底を求めた。東京都目黒区で昨年3月、5歳女児が両親から虐待を受け亡くなった事件で、児相が緊急性を見誤るなどして安全確認をしないまま、最悪の結末になったためだ。

 しかし今年7月上旬に共同通信がまとめた調査結果では、昨年7月以降、児相を設置する69自治体のうち少なくとも8割の59自治体で安全確認が48時間を超過したケースがあった。23自治体は通告の激増や立ち入り調査による保護者の負担増などを理由に挙げ、ルール徹底は難しいとした。

 背景には現場の疲弊がある。調査には「疲れ果て、体や心を病む者も少なくない」「勤務時間外でも、いつ呼び出されるか分からない」などの声が寄せられた。他の部署への異動希望も少なくないという。こうした状況を踏まえ、緊急性の低い虐待通告は児相ではなく市町村などで対応してほしいとの意見が多かった。

市町村と連携検討を

 来年施行される改正法は、児相内で子どもの一時保護など介入を担当する職員と、その後の親への支援を行う職員を分けて介入機能の強化を図る。これにより一時保護が増えれば、児相の負担は増すことになる。

 虐待通告のうち、リスクの低いケースについて対応を市町村など他の機関に振り分けることを検討してみる価値はあるだろう。児相は虐待対応に特化して、親の支援は市町村が受け持つという案もある。虐待通告を児相が一手に引き受けるという現在の仕組みを抜本的に見直すことを考えたい。

 併せて人材の確保と育成に力を入れる必要がある。児童福祉司が一人前になるまでに5年以上かかるといわれ、ベテランと新人をどのように配置するかや処遇改善なども大きな課題となるだろう。

 

法制審で「懲戒権」議論へ 虐待正当化の根拠削除を(2019年7月27日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 親権者が子を懲らしめることを認める民法の「懲戒権」を見直す議論が、法相の諮問機関である法制審議会で近く始まる。

 親子にかかわる規定であり、虐待など子の不利益を招きかねない。積極的に正していく必要がある。

 民法は、教育に必要な範囲で親権者が子を懲戒できると定める。

 元々は子の非行などを矯正するのが目的で、明治時代に設けられたものだ。暴力を容認するような規定ではない。

 前国会で成立した改正児童虐待防止法には、子のしつけに際して体罰を加えてはならないと明記された。ただし、懲戒権との関係をどう整理するのかが課題として残された。

 法制審に先立ち、法務省は有識者による研究会でこの問題を議論してきた。今月まとめた報告書では(1)懲戒権の規定を削除する(2)「懲戒」を別の表現に置き換える(3)懲戒権の行使として許されない範囲をさらに明確化する−−との選択肢を示した。

 法制審での議論は、この3点を中心に進むとみられる。

 「懲戒」を別の表現に置き換える例として、研究会では「しつけ」が挙がった。教育やしつけがそれぞれの家庭で必要なことは言うまでもない。ただし近年、しつけの名の下で子供を虐待するケースが相次いだことは見逃せない。

 千葉県野田市で女児が虐待死した事件で、父親は「しつけのためだった」と供述している。

 その結果、食事を与えなかったり、眠らせず寒い場所に長時間立たせ、冷たい水を浴びせたりといったむごい虐待が行われた。

 しつけという言葉は人によって解釈が異なり、体罰を伴う強力な親の権利とのイメージを抱く人がいるのではないか。文言の置き換えでは、虐待を防ぐことにつながらない恐れが残る。

 また、懲戒権として許されない範囲を明確にすることは果たして可能だろうか。禁止項目をいくら積み重ねたところで、結局は抜け道ができてしまうのではないか。

 これ以上、悲惨な虐待事件を生んではならない。しつけに伴う体罰が禁止された以上、親が虐待を正当化する根拠となるような懲戒権の規定は削除すべきだ。

 

児童虐待とDV 一体支援の仕組み早く(2019年7月8日配信『北海道新聞』―「社説」)

 

 深刻な児童虐待をいち早く発見するため、配偶者間暴力との一体的な対応を急ぐ必要がある。

 千葉県野田市の小4女児虐待をはじめ、痛ましい事件の背景にドメスティックバイオレンス(DV)が潜む例は珍しくない。

 DVは暴力で相手を支配する行為であり、暴力の矛先が子どもに向かう危険性は常にある。

 にもかかわらずDVは内閣府、虐待は厚生労働省、犯罪になれば警察庁などと所管が分かれ、窓口の情報共有も進んでいない。

 改正児童虐待防止法には、DV対応機関との連携強化が明記された。被害者の保護にとどまらず、加害者への働きかけを含め、家庭内の暴力への対策を見直したい。

 父親が傷害致死罪などで起訴された野田市の事件で、千葉地裁は傷害ほう助罪に問われた母親に、懲役2年6カ月、保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡した。

 量刑を求刑より重くするとともに5年間の保護観察としたのは、悪質性を重く見た上で、DVの支配構造を踏まえ、母親の更生に配慮したものと言えよう。

 暴力に支配された家庭では、加害者が虐待を行うだけでなく、DV被害者や他の家族が保身のため虐待に加担することもある。

 親の暴力を目撃する「面前DV」も、心身に重大なダメージを与える心理的虐待だ。その数は、昨年、警察が児童相談所に通告した案件の半分近い3万件に上る。

 密室の支配構造を察知するのは難しい。DVと虐待は併存するとの観点を共有し、多くの目で見守る必要がある。

 DV被害者は孤立させられ、子どもに暴力が及んでも助けを求める気力を奪われがちだ。関係機関は介入をためらってはならない。

 野田市の事件では、一家が住んでいた沖縄県糸満市の把握したDVの情報が転居先に伝わらず、児相などの対応に生かせなかった。

 家庭内の暴力に関する窓口の一本化も含め、部署間の連携を確実にする策を講じてもらいたい。

 政府は、DV被害者やその子どもを一時保護する民間シェルターへの支援を拡充する方針だ。

 現状では被害者が暴力から逃げるしかないが、改正児童虐待防止法は加害者への医学的、心理学的な指導を都道府県に求めている。

 暴力さえなくなれば、家族で暮らしたいという被害者もいる。専門性の高い民間団体とも連携し、虐待が犯罪に発展する前に、加害者が家族との関わり方を学び直せる仕組みを整えていくべきだ。

 

みんな必要だよ(2019年6月29日配信『北海道新聞』―「卓上四季」)

 

「『あんたなんか産むんじゃなかった』という/母の言葉(中略)小さい頃から/ぼくは/『生きていてはいけない人間』だと/教えられました」

▼あまりに切なく苦しいこの詩を作ったのは、奈良少年刑務所に服役中のTくん。作家の寮美千子さんは2007年から10年間、少年刑務所で講師を務め、詩を通して少年たちが心の扉を開く手助けをしてきた。近著「あふれでたのは やさしさだった」にまとめた

▼彼らはTくんのように激しい虐待に遭ったり、壮絶な貧困にあえぐなど「加害者になる前に被害者であった」

▼愛情を受けたことがなく、自己肯定感が育たない。それゆえ自分を大切にできず、他人を大切にすることもできない。だから犯罪に走ってしまう。そうなる前に救いの手を差し伸べられないものか

▼改正児童虐待防止法が成立し、親の体罰が禁止され、児童相談所の体制が強化される。隣近所でも「おはよう」の一言から絆を強め目配りしたい。貧しい家の子には、子ども食堂があるよと教えてあげて支援につなげたい。Tくんの詩を聞いた仲間も、民生委員の女性から「あんたのことを必要とする人もきっといる」と励まされたという

▼そんな仲間に囲まれ、詩を作るうち、Tくんも変わる。「最近は/こんな僕でも/必要としてくれている人がいるってことがわかり/僕も/生きていてよいのだと思えるようになりました」

 

DVと児童虐待は同じ家庭で(2019年6月29日配信『琉球新報』−「金口木舌」)

 

 元恋人から性暴力を受け、現在もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいる女性の講話が忘れられない。数年前に取材した。女性は暴力を受けている最中、感情を切り離し思考を停止させた。その間は恐怖が和らいだと言う

▼恋人と別れた後、時折暴力を思い出し苦しんだ。「恐ろしさを冷凍庫で固めているような感じだったから、解放されると恐怖が溶け出してきた」と語った

▼千葉の小学4年生の女児が死亡した虐待事件で、傷害ほう助罪に問われた母親に重なった。判決理由によると、父親から暴力を振るわれた女児は母親に救いを求めた。だが、母親は家族関係の存続を図るため、目を背けた

▼母親は夫でもあるこの父親からDVを受けていた。法廷で女児の気持ちを考えなかったのかと問われ「考えたが、旦那に怒られると思った」と答えた。千葉地裁は母親に、懲役2年6月、保護観察付き執行猶予5年を言い渡した。父親の暴行を制止しなかったことを理由に挙げた

▼父親から暴力を振るわれ、母親から見放された。女児の気持ちを思うと胸が張り裂けそうになる。弁護士からは、母親の逮捕・起訴を疑問視する声もある

▼DV被害と児童虐待は同じ家庭の中で発生しやすいといわれる。母子ともに保護できなかったのかと考えずにいられない。救える場所をつくる責任は社会の側にある

 

改正児童虐待防止法成立(2019年6月22日配信『南日本新聞』―「社説」)

 

◆「絵に描いた餅」では駄目だ◆

 しつけに名を借りた家庭内の体罰を禁止する改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が成立した。相次ぐ児童虐待事件を受けた法改正で、一部を除き来年4月から施行される。親権者が監護や教育に必要な範囲内で子どもを懲戒できると定める民法の懲戒権に関して、政府は施行後2年をめどに見直しを検討する方針を示している。こうした国の動きを絵に描いた餅に終わらせず、児童虐待の根絶という目標に一歩でも近づけたい。

連携ほころびで悲劇

 厚生労働省の通知を受け都道府県などは2008年度から、子どもが重大な被害を受けた虐待事例について検証することになり、本県は09〜14年度に県内で起きた死亡事件5例を検証している。

 検証報告書から浮かび上がるのは、現場の対応力と機動力を底上げする必要性だ。14年6月、生後5カ月の男児が餓死した都城市の事件では、未婚の若年出産、母親の不安定な就労、経済的困窮、実家からの支援が不透明であるなど、虐待発生に結びつくリスクが複数あるにもかかわらず、支援体制につながっていない。

 母子保健担当者は要フォローケースと認識していたものの緊急性を認識せず、虐待対応担当者に情報提供していなかった。関係職員の資質向上に加え、訪問の際に直接子どもを目視確認する原則、医療と保健と福祉のネットワーク構築などが課題に挙げられている。

 13年7月に父親から暴行を受けて5歳男児が死亡した宮崎市の事件など他の事例でも、関係機関の連携のほころびが複数重なった結果であることが共通して見えてくる。家庭状況を把握、分析する専門職員の力量も共通して問われることだ。

体罰禁止の土壌必要

 東京都目黒区で5歳女児が亡くなった事件を受け、政府は、児相が虐待通告から48時間以内に子どもの安全を確認できないときは立ち入り調査をするというルールの徹底を通知したが、札幌市で2歳女児が衰弱死した事件では2回目の通告以降、それが守られなかった。5月の面会を警察から事前に知らされても児相は積極的に動こうとせず、結局、最後まで女児の安全を直接確かめなかった。

 道警と児相の主張は食い違っており、一連の経緯を検証する必要がある。だが、関係機関は緊迫感を持って迅速に対応できる組織づくりに尽力すべきだ。人手不足といった組織側の事情は、幼い命が失われる理由には到底ならない。

 今回の改正法により、しつけ名目の体罰禁止が明確に示された。後を絶たない虐待事件報道に心を痛める人が多くいる一方で、体罰を必要悪と容認する風潮が依然として残っていることは残念だ。「きちんと子育てしなくては」という親自身の過度のプレッシャーがそれを強めている向きもあるかもしれない。子育て奮闘中の家族を孤立させず、温かく見守る土壌づくりも必要になるだろう。

 

(2019年6月21日配信『秋田魁新報』―「北斗星」)

 

仕事から帰宅した父親が、紙包みを手にしている。長男は大喜びだ。欲しかったおもちゃを買って来たと早合点したのである。包みを開くと中身は食パン。「なんだい、こんなもん」と蹴飛ばす

▼小津安二郎監督の映画「麦秋」の一場面。父親は「食べる物を足で蹴るやつがあるか」と怒り、長男をたたく。長男は弟を連れ家を飛び出し、家族が近所を捜し回る。やっとのことで子どもたちが見つかると、父親はほっとした表情を浮かべる。「ホームドラマ」の名作とされるが、これからは子どもを叱る場面を巡って見方が変わるのかもしれない

▼親による「しつけ」を理由とした体罰を禁止する法律が成立した。背景には、東京都目黒区や千葉県野田市で親が執拗(しつよう)な暴力をふるった末、幼い子どもが犠牲になる事件が相次いだことがある

▼虐待で逮捕された父親たちは、子どもを死に追いやっておきながらしつけのためと供述し、反省の色が見えない。陰惨な児童虐待事件がこれ以上繰り返されてはならない

▼一方で、半数を超える人が体罰を容認し、子育て中の人の7割が体罰を行った経験があるという調査結果がある。体罰は子どもの成長に、重大な影響を与えることを忘れてはいけない。体罰のない子育てを実現するために、社会全体で取り組む必要がある

▼今後、政府は体罰を定義するガイドラインを作成する方針だ。政府に頼るまでもなく、このぐらいなら許されるという考え方をやめることが第一歩となる。

 

虐待対策関連法が成立 執行できる体制が必要だ(2019年6月21日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 親の体罰禁止を明記し、児童相談所(児相)の機能強化を求める改正児童虐待対策関連法が成立した。

 児相に対して医師と保健師の配置を義務化し、子どもを保護する「介入」と「保護者支援」を行う職員を分けること、配偶者暴力相談支援センターとの連携強化などを盛り込んだ。いずれも重要な改革である。

 ただ、これまでも法改正の度に児相の強化が図られてきたが、児相が関わりながら子どもを救えない悲劇は繰り返されてきた。今回の法案審議の間にも札幌市で女児が衰弱死する事件が起きた。

 虐待件数の激増ぶりに職員増が追いつかないこと、経験の浅い職員が多いために機能を強化してもそれを執行できる体制になっていないことなどが原因だ。

 むしろ、役割が重くなり、仕事が増えることで現場の職員が押しつぶされている。そうした状況を変えなければならない。

 今回の改正では野党の対案を受けて、虐待した親に再発防止のための指導をすることが盛り込まれた。重要なことには違いないが、虐待した親と面接をするだけでも苦労しているのが実情だ。今の児相に医学や心理学的な指導を実施して親を改善するだけの余力があるだろうか。

 米国では、親の改善指導は司法の権威を背景に裁判所が担っている。日本の児相のように子どもに関するさまざまな仕事を一手に担っている機関は諸外国には見られない。

 児相の仕事を他機関に分散することも考えるべきではないか。

 虐待通告から48時間以内に子どもの安全を確認するルールが2007年に導入された。必ずしも緊急性が高くないと思われる通告でも対応しなければならない。これが現場職員を疲弊させている一因といわれる。

 大阪府では虐待リスクが低いと判定した事案についてはNPO法人に安全確認を委託している。夜間休日の相談対応や里親支援などを民間に委託している児相もある。

 児相を本当に重要な案件に集中させるために、民間との役割分担を進めるのは現実的な方策だろう。

 今回の法改正では24もの付帯決議が採択された。子どもを救うため児相に期待をかけるのはわかるが、それができる体制づくりこそ必要だ。

 

親子法制見直し 懲戒権の是非幅広く検討を(2019年6月21日配信『読売新聞』―「社説」)

 

 親子関係を規定する法律は、子の利益に深く関わる。不都合があるのなら、見直しを含めた検討が欠かせない。

 山下法相が、民法が定める「懲戒権」の見直しを法制審議会に諮問した。背景には、児童虐待の深刻化がある。

 民法は、親権者が子の利益のために、教育に必要な範囲で懲戒できると規定する。元々は子の非行などを戒める目的で、明治時代に設けられた。直接的に、暴力を推奨する概念ではない。

 だが、懲戒権を盾に、虐待を正当化しようとする親がいる。東京都目黒区や千葉県野田市の女児死亡事件では、しつけの名の下に凄惨せいさんな暴力がふるわれていた。

 いかなる理由があれ、子の利益を侵害する暴力は許されない。

 今国会で成立した改正児童虐待防止法には、子供のしつけに際して、体罰を加えてはならないことが初めて明記された。付則で、法施行後2年をめどに懲戒権のあり方を検討することとされた。

 家庭から暴力を一掃する上で、懲戒権の存在が障害になるのであれば、規定を削除することも検討課題となるだろう。

 留意すべきは、規定をなくした際にどんな問題が生じるかだ。

 2011年の民法改正では、虐待した親の親権を一時停止できる制度が新設された。懲戒権の削除も検討されたが、「必要なしつけもできなくなる」といった懸念が出て見送られた経緯がある。

 どこまでを必要なしつけと考えるかは、人によって異なるという側面もあるだろう。

 親子関係に与える様々な影響も想定した上で、子供の命を守ることを最優先に、幅広い視点からの議論が求められる。

 法制審には、「嫡出推定」の見直しも諮問された。婚姻中に妊娠した子は夫の子、離婚後300日以内に生まれた子も別れた夫の子と見なす規定だ。無戸籍者を生じさせる主要因となっている。

 例えば、家庭内暴力(DV)で夫から逃れた女性が別の男性との間に子供をもうけ、離婚前後に出産した場合、「夫の子として戸籍に載せたくない」という理由で出生届を出さないケースがある。

 戸籍がないと、社会生活で様々な不利益を被る。嫡出推定は本来、父子関係を早期に確定させ、相続などの子の権利を守るためにあるが、こうした深刻な事態を生んでいるのは見過ごせない。

 嫡出推定の例外を認めるべきだとの声もある。新たな無戸籍者を生まない方策を探ってほしい。

 

虐待死を防ぐ/教訓生かして体制強化を(2019年6月21日配信『神戸新聞』―「社説」)

 

 児童虐待防止のための改正関連法が成立した。児童相談所(児相)の体制強化と親の体罰禁止が柱である。「虐待死ゼロを目指して総力を挙げる」と安倍晋三首相は述べた。

 子どもの健やかな成長には多くの見守る目が必要だ。中でも、最前線で虐待に対応する児童福祉司など児相職員の「質と量」の確保が急がれる。安定的な財源の裏付けが欠かせない。

 法改正のきっかけは、昨年3月に東京都目黒区で5歳女児が虐待死した事件だ。今年1月には千葉県野田市の10歳女児が亡くなった。ともに親からしつけと称する暴力を受けていた。

 法改正の審議のさなかにも犠牲が出た。札幌市の池田詩梨(ことり)ちゃん(2)が衰弱死した事件である。おむつだけの姿で救急隊員に発見され、体中にあざややけどの痕があった。

 目黒区などの事件を教訓に関係機関が動いていれば、救えたはずだ。しかし、またも児相の不手際や警察との連携不足が明らかになった。怒りとやりきれなさが募る。

 札幌市児相は昨年9月以降、詩梨ちゃんに会えていなかった。今年5月、北海道警から訪問に同行するよう2度要請を受けたが「夜間のため難しい」などと断った。道警は単独で訪ね、保護の必要なしと判断した。

 「職員1人あたり100件以上の案件を抱え、非常に厳しい」。事件後、札幌市児相の所長はうなだれた。確かに児相の業務は全国的にパンク状態だ。相談の急増に、人員増と専門性の向上が追いついていない。

 そうであればなおさら、リスクを評価して優先度を決める必要がある。札幌市児相は緊急性を判断する「リスクアセスメントシート」を作成していなかった。通告から48時間以内に子どもの安全を確認する「48時間ルール」も守られなかった。

 警察に保護の判断を丸投げしたのも手痛いミスだった。改正法は関係機関との連携強化を盛り込むが、核となるのは児相である。長期的な視点で人材を育て、職員のスキルを上げることが求められる。

 子どもや親のSOSに機敏に対応するために、国と自治体は現場の声を聞きながら実効ある取り組みを進めるべきだ。

 

親の「体罰」禁止 子ども観見直す契機に(2019年6月21日配信『中国新聞』―「社説」)

 

 親が「しつけ」と称して、子どもに暴力を振るう。そんな行為を世の中からなくすため、児童虐待防止法などが改正された。「しつけに際し、体罰を加えてはならない」と明記した。

 山下貴司法相はきのう、民法の「懲戒権」についても、見直しを法制審議会に諮問した。

 懲戒権は、親権者に必要な範囲で子どもを戒めることを認めている。しつけという名の暴力を正当化する根拠になりかねない。審議を尽くす必要はあるにせよ、削除するのが筋だろう。

 これらのきっかけは、東京都目黒区や千葉県野田市で相次いだ児童虐待死だ。悲惨な事件を絶対に繰り返してはならない。

 だが、問題はもっと根深い。問われているのは、子どもへの向き合い方である。

 「悪いと分からせるには、痛みを与えないといけない場合もある」。そんな思考が今なお残ってはいないか。虐待する側の理屈もそこにある。考え方を改めなければなるまい。

 法改正を受け、政府は家庭での体罰を定義するガイドライン作りに取り組むという。学校での体罰は、一貫して禁止されてきた。文部科学省は、具体的な事例として「頬を平手打ちする」「部屋に閉じ込める」などを挙げている。来年4月の改正法の施行まで時間がないことを考えれば、これらを踏襲するのかもしれない。

 ただ、教師と保護者では、子どもとの関係は大きく異なる。家庭では、より支配的な暴力になりかねない。そんな現実も踏まえて議論することが、根絶に向けた一歩になるはずだ。

 体罰をする親へのケアも重要だ。専門家によると、幼少期に鉄拳制裁を受けて育った親は、当然のようにわが子にも体罰をするケースが多いという。反抗する子どもに対し、一時的な感情で手を出してしまった経験がある親も少なくなかろう。

 体罰に頼らない、しつけのノウハウをもっと広げる必要がある。子育てに悩む親へのサポートを官民で充実させることも、長い目で見れば体罰を根絶するための一助になる。

 さらに欠かせないのは、子どもへの啓発ではないか。虐待を受けている子は「自分が悪い」と親をかばうケースがある。亡くなった東京の女児は、理不尽な暴力を受けながら「あしたはもっともっとできるようにするから」と書き残していた。

 子どもの基本的人権をうたった国連の「子どもの権利条約」が採択されて、ことし30年を迎えた。日本も25年前に批准している。誰もが生まれながらにして、あらゆる暴力から守られる権利がある。

 その理念を浸透させ、共有していくことが、世の中に潜む虐待を暴き出すきっかけにもなるに違いない。

 条約への批准を受けて、全国の自治体でも同様の趣旨の条例を作る動きが一時盛り上がっていた。広島市もかつて、「子ども条例」の制定を模索したことがある。しかし、議会から「子どもが過度な権利意識を持ち、しつけができなくなる」と反発され、提案を見送った。法改正を機に、条例の制定を再検討してはどうだろう。

 子どもを一人の人間として見る。虐待事件を繰り返さないためにも、まず大人の「子ども観」の変革が求められている。

 

[改正虐待防止法成立]意識変えるきっかけに(2019年6月21日配信『沖縄タイムス』−「社説」)

 

 親による子どもへの体罰を禁止し、児童相談所の体制強化などを盛り込んだ改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が成立した。来年4月から施行される。

 昨年3月に東京都目黒区で当時5歳の女児、今年1月には千葉県野田市の小学4年生の女児が虐待死するなど、相次ぐ悲惨な事件を踏まえた法改正である。法案審議中の今月にも札幌市中央区の2歳女児の衰弱死も起きた。

 罰則はないが、「しつけ」と称して親が体罰を加えることを禁じることを明文化したのは、子どもの命を守るための前進といえる。

 今後、政府は何が体罰に当たるかを定義するガイドラインを作成する。分かりやすい内容と啓発活動の強化が必要だろう。

 親が子どもを必要な範囲で戒めることを認めている民法の「懲戒権」についても、施行後2年をめどに削除を含めた在り方を検討する。

 山下貴司法相は20日、法制審議会の臨時総会で見直しを諮問。「しつけ」名目の暴力は許されないとの視点で、削除を真剣に審議してほしい。

 改正法では、児童相談所で一時保護などの「介入」に対応する職員と、保護者の相談などに当たる「支援」の役割を分けた。担当職員を分けることで、保護にちゅうちょなく踏み切れるよう体制を強化するものである。そのため、弁護士による助言や指導を常時受けられる体制を整える。

 子どもの安全を何より最優先して確保するには、改正法をいかに実効性あるものにするかにかかっている。

    ■    ■

 これまでの虐待死事件では、関係機関の連携や情報共有の不足、転居などによる支援の切れ目などがたびたび課題に挙がった。

 千葉県野田市の事件では、女児が父親からの暴力を訴えた小学校のアンケートで、教育委員会が父親の威圧的な態度に屈して、コピーを渡したことが問題となった。

 改正法では、学校や教育委員会、児童福祉施設の職員に児童の秘密を守る義務を明記した。子どもに寄り添い、虐待から守るという基本的な支援をする上で重要な視点といえる。

 転居先の児童相談所や関係機関との速やかな情報共有の徹底も盛り込まれた。

 虐待した保護者に対しては、医学的・心理的な知見に基づく指導など、再発防止プログラムの実施を努力義務として明記した。再発防止のためには親を支援していくことも重要である。

    ■    ■

 虐待を防ぐ要となる児童相談所の体制強化には、人材確保と育成が欠かせない。虐待のケースは複雑多岐にわたることから、対応に当たる職員の専門性やスキルの向上も求められる。

 改正法にも明記されたように児童福祉司に過剰な負担がかからないような体制を整えることも急務だろう。

 救えなかった命に真摯(しんし)に向き合い、関係機関だけでなく、社会全体で虐待を根絶する意識改革も求められる。

 改正法を絵に描いた餅にしないためにも財政措置や施策を優先させるべきだ。

 

児童虐待の予防 親子の支援切れ目なく(2019年6月17日配信『北海道新聞』―「社説」)

 

 乳幼児の痛ましい虐待死が後を絶たない。子どもを救う児童相談所と警察の連携の強化と同時に、親の支援も課題だ。

 札幌市の2歳女児が衰弱死した事件では、母親は未成年で妊娠したシングルマザーで、児童福祉法に基づく支援の対象だった。

 新潟県長岡市で3カ月の長女を殺害した育児休業中の母親は、育児疲れを何度も訴えていた。

 昨年、愛知県豊田市で11カ月の三つ子を育てる母親が次男を殺害した事件では、多胎児の養育への支援の乏しさが浮かび上がった。

 どんな事情であれ、幼い命を奪うことは決して許されない。

 とはいえ、虐待予防のためのさまざまな制度が、必ずしも十分に機能していないのも事実だ。

 国は妊娠期からの切れ目のない支援を掲げる。悲劇を繰り返さぬよう、実務を担う自治体は、踏み込んだ支援を進めてほしい。

 妊産婦指導や乳幼児健康診査、乳児家庭全戸訪問など、自治体の子育て支援は多岐にわたる。

 その目的は、気がかりな親子の存在にいち早く気付き、確実に相談や支援につなげることだが、一連の事件は支援の隙間で起きていたことがうかがえる。

 札幌市の事件の母親は「特定妊婦」に認定されていた。

 経済的困窮や被虐待体験など、特に事情のある妊婦について、保健師らが出産前から養育指導にかかわる。国の「市町村子ども家庭支援指針」でも改めて目配りの必要性が強調されている。

 ところが、乳幼児健診を受けなかった後も、手紙を出して反応を待つにとどまり、区外への転居後は記録も引き継がれなかった。

 産後うつ対策のケア事業や、保育施設を利用していない親子向けの交流事業も盛んだが、これらを利用する余裕もない人こそ支援を必要としているのが実情だ。

 子どもの成長や問題の変化によって窓口が変わり、支援が途切れやすいとの批判がある。

 国は自治体に対し、ワンストップ相談窓口「子育て世代包括支援センター」の2020年度末までの開設を努力義務とした。

 既存の施策の寄せ集めで終わらせないためには、母子保健と児童福祉の専門職が情報共有を密にしつつ、親子に積極的に働きかける努力が欠かせない。

 子育ての負担が母親に偏る現状の改善も急務だ。男性の育休取得の推進をはじめ、父親も主体的に育児を担える環境づくりこそ、国の役割である。

 

救えぬ虐待 死の教訓全国で生かせ(2019年6月17日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 命が守れなかった過程で何が起きていたかが明らかになるにつれ、怒りが募る。札幌の2歳女児の衰弱死は、虐待事件が相次ぎ再発防止が叫ばれている中、その教訓を無視する形で起きた。
 池田詩梨(ことり)ちゃん(2つ)が6月に亡くなるまで、危険な兆候は何度も見過ごされた。
 虐待通告を受理してから原則48時間以内に安否確認をするというルールも、札幌市児童相談所は守っていなかった。
 4月、近隣住民から「昼夜問わず泣き声が聞こえる」という2度目の虐待通告があった時だ。ルールは東京都目黒区で起きた虐待事件を受けて昨年7月、国が決めた。
 死なせずにすんだ最後のチャンスは、3度目となる通告が札幌南署にもたらされた5月中旬だった。署は児相に同行を持ち掛けたが児相職員は行かなかった。
 警察と児相の言い分は二転、三転しており、責任の押し付け合いにも映る。惨事を繰り返さないためには、真摯(しんし)な検証が不可欠だ。
 くみとるべき教訓はいくつもある。女児の身体にはやけどの痕やあざがあったが、署員は母親の説明や、けがが軽度だったことから虐待はないと判断したという。
 しかし死亡時、体重は平均の半分しかなかった。2歳では何が起きているか自分できちんと説明することも難しい。より繊細、詳細に育児放棄の可能性を見極めていくべきではなかったか。
 その意味でも、専門家が同行しなかったことが悔やまれる。児相は同行しなかった理由として夜間の態勢が取れないことを挙げていたが、夜間休日業務は児童家庭支援センターに依頼することもできた。それも怠っていた。
 札幌市では事件の前から第2児童相談所をつくることを検討していたという。通告も増えていく中で、職員1人当たり100件以上の案件を抱え、子どもたちを一時保護する施設の広さも十分ではないという。
 子どもや親のSOSを受け止めるべき組織が、パンク寸前となっている。その危機感を行政全体でどこまで共有できていただろうか。乳幼児健診で女児の低体重は確認されていたという。
 全国の児童相談所も程度の差こそあれどこも余裕はないだろう。国は法改正して機能を強化し人員も増やす方針だが、態勢が追いつくのを現実は待ってくれない。出産前の支援の段階から子どもにかかわる機関の連携を強めていくほかに命を救う手だてはない。

 

札幌女児衰弱死 教訓はなぜ生きなかった(2019年6月14日配信『新潟日報』―「社説」)

 

 親が幼いわが子を傷つけ、命を奪う事件が相次いでいる。今回も関係機関の連携の不備が指摘される。怒りと悲しみ、やりきれなさが募る。

 札幌市で2歳の女児が衰弱死し、傷害容疑で母親と交際相手が逮捕された。女児の体には多数のあざが残り、平均体重の半分の6キロほどしかなかった。

 部屋からは子どもが泣き叫ぶ声と大人の怒鳴り声が連日、聞こえていたという。何度も住民が知らせていたが、防ぐことはできなかった。

 問題となっているのは、児童相談所と警察との連携だ。

 札幌市の児相は、住民から昨年9月と今年4月に通告を受けていた。北海道警にも5月に110番通報が入っていた。にもかかわらず、最悪の結果となってしまった。

 虐待事件の防止には、児相や警察など関係機関の緊密な連携が欠かせない。それが、昨年起きた東京都目黒区の5歳女児虐待死など多くの児童虐待事件が突きつけた教訓だ。

 ところが、今回の対応は、そうした教訓を踏まえたものとは受け取れない。

 道警が母子との面会の同行を求めたのに対し、児相は夜間態勢がないとして断ったケースがあった。別の面会を巡っては、児相と道警の説明に食い違いが生じた。

 児相はその後、説明を修正したが、なぜこんな事態になったのか。徹底検証が欠かせない。

 事件を受け、厚生労働省は児相と警察との連携について全国調査することを決めた。共有する情報の基準や内容、連携の課題などを調べる方針だ。体制のチェックに向けて、早急に取り組んでほしい。

 札幌市の児相は「48時間ルール」も徹底できなかった。

 虐待に迅速に対応するため、通告後48時間以内に安否確認をしなければならないことになっているが、最初の通告後に1度確認しただけで、その後は不在などで会えなかった。

 虐待の緊急性を評価する「リスクアセスメントシート」も作成していなかった。

 児相は、職員1人で100件以上の案件を抱えていて、対応には限界があるとしている。人員不足も含めて問題点を洗い出す必要がある。

 目黒区の事件を踏まえ、子どもの虐待防止を強化する児童虐待防止法の改正案が今国会で成立する見通しだ。法整備を実効性ある再発防止策の構築につなげられるかが問われる。

 長岡市では12日、3カ月の長女を床に落として殺した疑いで市職員の母親が逮捕された。日常的な虐待を疑わせる古い傷はなく、長岡署は突発的な事件とみて捜査を進めている。

 市によると、母親は育児休業中だった。助産師が訪問した際に、夜泣きで「眠れない」と話していたという。子育ての悩みで孤立するような状況がなかったのかどうか。

 痛ましい事件を繰り返さないためにも捜査を通し、動機を解明しなければならない。

 

虐待死またも防げず(2019年6月14日配信『福井新聞』―「論説」)

 

行政の不手際、看過できぬ

 「児童相談所が通告を受けた全ての虐待情報について北海道警と共有する」。道が、この運用を始めると発表したのは今年4月17日だった。東京都目黒区や千葉県野田市の女児虐待死事件を受けて考えたはずの対応強化策である。しかし、実際は全く機能していなかった。札幌市で起きた2歳女児の衰弱死事件に関して、道警も市児童相談所も虐待を疑う情報を得ていながら、助けることができなかった。

 虐待事件で加害者が責めを負うのは当然だ。だが、悲惨な事件が起こるたびに児相、警察、学校など当局の不始末が繰り返し明らかになっている事実もまた、許し難い。厚生労働省は児相と警察の連携を調査するという。遅きに失しているが、この際、行政の問題点を白日の下にさらし、根本から体制をつくり直してもらいたい。

 札幌市などによると、市児相には昨年9月に住民から最初の通報があった。このときは職員が面会に訪れている。

 問題は、今年4月5日の2回目の通告後の対応だ。「火が付いたように泣き叫ぶ声」や、何かにぶつかるような物音が続くことに、近隣住民が「いたたまれなくなって」市児相に連絡している。ところが市児相は電話連絡だけで問題なしと判断。目黒区の事件後、政府から全国に通知されていた「通告から48時間以内に安全確認する」とのルールを無視した。5月の道警からの情報は3回目の通告だったことになるが、それでも市児相は動かず、道警の面会に同行しなかった。

 事件発覚後の市児相の説明は、道警に同行しなかった理由が変遷。どちらに問題があったのか道警と言い分が食い違い、本来望まれる連携の姿から程遠い。

 道警の現場対応も納得できるものではない。2歳児がヘアアイロンを踏んだ、との母親の説明に説得力はあったのか。やけどするほど熱くなっているアイロンがなぜ、誤って踏むような場所にあったか、質問はしたのか。何度も通告があった事案なのに、頬のあざを虐待でないと判断した根拠は何か。道警にも説明責任はある。

 ただ、考慮しなければならないのは、市児相が言及している人手不足だ。過去の虐待事件でも、行政対応が問題になるたびに、児相の体制の不十分さは指摘され続けている。警察や学校なども、人員は十分、という組織はないだろう。

 家庭の体罰を禁止する法改正が近く成立見通しだが、現状では法の実効性を保ち、子どもを虐待から守ることなどおぼつかない。政府は地方の実態調査も必要だろうが、体制整備に向けた主体的な動きに早急に乗り出さなければならない。

 

警察と連携 児相が主導を/児童虐待の根絶策(2019年6月13日配信『東奥日報』―「時論」)

 

 しつけに名を借りた家庭内の体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案は与野党による修正合意を経て先に衆院を通過、今国会で成立する見通しとなった。これを受けて山下貴司法相は、親権者は監護や教育に必要な範囲内で子どもを懲戒できると定める民法の「懲戒権」の見直しを近く法制審議会に諮問すると明らかにした。

 そんな中、法改正と懲戒権見直しを絵に描いた餅に終わらせず、児童虐待の根絶という目標に近づくには、現場の対応力底上げが大きな課題となることを示す惨事が起きた。今月に入り、札幌市で2歳女児が衰弱死した事件だ。

 十分な食事を与えられなかったとみられ、発見時の体重は平均の半分の6キロ程度。頭や顔などにあざがあり、傷害容疑で母親と交際相手の男が逮捕された。市児童相談所と警察には昨秋から、たびたび近隣住民の通報があった。幼い命は救えなかったのか。

 昨年3月に東京都目黒区で5歳女児が、今年1月には千葉県野田市で小4女児が父親らの虐待で死亡し、児相の体制強化や警察との連携などが叫ばれた。ところが札幌の事件で児相は、道警から母子との面会に同行しないよう求められたと説明。道警はこれを真っ向から否定している。主張の対立はほかにもあり、情報を共有しても、連携はほとんど機能していなかったことが浮き彫りになった。

 札幌市などによると、住民から児相への最初の通報は昨年9月。職員が自宅アパートで母子と面会した。今年4月にも怒鳴り声や泣き声を聞いたと通報があり、自宅を訪問。不在だったが、数日後に母親と連絡が取れ、問題なしと判断した。

 5月中旬には、泣き声がするとの110番で道警が母子に面会、女児にあざがあるのを確認した。しかし母親から「転んだ」と説明され、児相には「虐待を疑わせる傷ではない」と連絡した。

 目黒の事件を受け政府は、児相が虐待通告から48時間以内に子どもの安全を確認できないときは立ち入り調査をするというルールの徹底を通知したが、札幌の事件では2回目の通報以降、それが守られなかった。5月の面会を警察から事前に知らされても児相は積極的に動こうとはせず、結局、最後まで女児の安全を直接確かめなかった。

 児相の所長は事件発覚直後の記者会見で、5月に面会した道警からの情報に基づき、虐待事実はないと判断したのは妥当と釈明。48時間以内に安全を確認できず、5月の面会に同行しなかった理由として人手不足を挙げた。ところがすぐ、5月の面会に同行しないよう道警から要請があったと説明を一転させた。道警は「そのような事実はない」と反論。面会前に強制的に部屋に立ち入る「臨検」の検討を児相に要請したとしたが、児相は「要請されたとは理解していない」と話した。

 一連の経緯はなお詳しく検証する必要がある。ただ、児相は児童福祉に関する高い専門性を持ち、子どもの権利を守るため子どもや家庭を支援する責務がある。虐待リスクを見極めるに際し、警察の情報提供に寄りかかるのは本来あるべき姿ではないはずだ。

 虐待防止に向けた情報共有と連携は児相が主導して行う必要があり、その役割分担が揺らげば、法改正の実効性を確保するのも難しいだろう。

 

札幌女児衰弱死 幼い命救えなかったか(2019年6月13日配信『茨城新聞』―「論説」)

 

しつけに名を借りた家庭内の体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案は与野党による修正合意を経て先に衆院を通過、今国会で成立する見通しとなった。これを受けて山下貴司法相は、親権者は監護や教育に必要な範囲内で子どもを懲戒できると定める民法の「懲戒権」の見直しを近く法制審議会に諮問すると明らかにした。

そんな中、今月に入り、札幌市で2歳女児が衰弱死した。十分な食事を与えられなかったとみられ、発見時の体重は平均の半分で6キロ程度。頭や顔などにあざがあり、傷害容疑で母親と交際相手の男が逮捕された。市児童相談所と警察には昨年9月から、たびたび近隣住民の通報があった。

幼い命は救えなかったか。昨年3月に東京都目黒区で5歳女児が、今年1月には千葉県野田市で小4女児が父親らの虐待で亡くなり、児相の体制強化や警察との連携などが叫ばれた。ところが札幌の事件で児相は、道警から母子との面会に同行しないよう求められたと説明。道警はこれを真っ向から否定している。

主張の対立はほかにもあり、情報を共有しても、連携はほとんど機能していなかったことが浮き彫りになった。法改正と懲戒権見直しを絵に描いた餅に終わらせず、児童虐待の根絶という目標に一歩でも近づくためには、現場の対応力底上げが大きな課題となろう。

札幌市などによると、住民から児相への最初の通報は昨年9月。職員が自宅アパートで母子と面会した。今年4月にも怒鳴り声や泣き声を聞いたと通報があり、自宅を訪問。不在だったが、数日後に母親と連絡が取れ、問題なしと判断した。5月中旬には、泣き声がするとの110番で道警が母子に面会、女児にあざがあるのを確認した。しかし母親から「転んだ」と説明され、児相には「虐待を疑わせる傷ではない」と連絡した。

 目黒の事件を受け政府は、児相が虐待通告から48時間以内に子どもの安全を確認できないときは立ち入り調査をするというルールの徹底を通知したが、札幌の事件では2回目の通報以降、それが守られなかった。5月の面会を警察から事前に知らされても、児相は積極的に動こうとはせず、結局、最後まで女児の安全を直接確かめなかった。

 児相の所長は事件発覚直後の記者会見で、5月に面会した道警からの情報に基づき、虐待事実はないと判断したのは妥当と釈明。48時間以内に安全を確認できず、5月の面会に同行しなかった理由として、人手不足を挙げた。だが、しばらくすると、5月の面会に同行しないよう道警から要請があったと説明した。道警は「そのような事実はない」と反論。面会を前に、強制的に部屋に立ち入る「臨検」の検討を児相に要請したとした。これに対し児相は「要請されたとは理解していない」と話している。

 一連の経緯については詳しく検証する必要がある。ただ児相は児童福祉に関する高い専門性を持ち、子どもの権利を守るために子どもや家庭を支援する責務がある。虐待リスクを見極めるに際して、警察の情報提供に寄りかかるのは本来あるべき姿ではないはずだ。虐待防止に向けた情報共有と連携は児相が主導して行う必要があり、その役割分担が揺らげば、法改正の実効性を確保するのも難しいだろう。

 

札幌2歳児衰弱死 児相と警察、連携強めよ(2019年6月13日配信『中国新聞』―「社説」)

 

 札幌市で2歳の女の子が衰弱死した。食事もろくに与えられず、発見時の体重は約6キロで2歳児平均の半分ほどしかなかったという。頭や顔、背中に殴られたとみられるあざが残り、足の裏にはやけど痕もあった。想像するだに痛ましい。

 傷害容疑で逮捕された母親と交際相手の男には、保護責任者遺棄致死の疑いもかかる。

 返す返すも残念なのは、育児放棄や虐待を心配した近隣住民や警察からの通報が昨年9月以来、児童相談所に3回もあったことだ。介入の機会を何度も逃し、幼い命をつなぎ留めることができなかった。

 昨年春に東京都目黒区で5歳の少女が、今年初めにも千葉県野田市で小4の少女が親の虐待で命を落とした。児相の機能強化が国会で議論される中、なぜ悲劇が繰り返されるのか。

 今回、警察が関わっていた点は過去の虐待死事件と異なる。衰弱死の約3週間前、北海道警は「子どもの泣き声がする」との110番で母子に面会し、女児のあざも確認した。だが母親から「転んだ」と説明され、「虐待を疑わせる傷でない」と児相に連絡。うのみにした児相は面会もせず、虐待に当たらぬケースと判断していた。

 児童虐待防止法で、虐待かどうかの判断はあくまで児相の責務であり、警察は援助者にすぎない。「じかに確かめなければ」といった自覚が児相に欠けているのはどうしたことだろう。

 他にも、児相の対応には目に余るものがある。虐待の通報を受けた48時間以内に直接、安否確認をする「48時間ルール」も徹底していなかった。

 いわゆる「泣き声通報」で、真偽は定かでないと甘く見たのではないか。昨年9月に育児放棄を懸念する通報もあったのだから、むしろリスクが高いケースと判断すべきだったろう。

 警察との食い違いも見逃せない。5月に2度、母子との面会への同行を警察側から求められながら、児相は動かなかった。同行しないよう、道警から要請があったと釈明した。

 道警側は「そのような事実はない」と反論。それどころか、裁判所の許可を得て、都道府県知事が強制的に部屋に立ち入らせる「臨検」の検討を児相に要請したとした。これに対し、児相側は「要請されたとは理解していない」とする。

 一連のいきさつについては綿密に検証し、連携の隙間を埋める必要がある。

 5月の面会に同行しなかった理由として当初、人手不足を挙げたのは無理もあるまい。

 実際、2017年度の児童虐待の件数は全国で13万3千件に上り、10年で3倍強に増えた。一方で、現場で動く児童福祉司の数は18年4月現在で約3400人と、ほぼ同時期の10年で1・4倍増にとどまる。

 22年度までをめどに、政府は約2千人の増員計画を進めているものの、「一人前になるまで10年かかる」という現場の声も聞こえる。増員の前倒しを検討してもいいのではないか。

 政府はあす、全国の児童相談所から所長を集めて会合を持つ。なぜ「48時間ルール」が機能しないのか。人員不足の打開策は―。幼い命の犠牲をこれ以上出さぬため、実効ある手を打ちたい。尻をたたく訓令どまりでは再発を防げるはずもない。

 

【札幌女児衰弱死】なぜ悲劇は繰り返される(2019年6月12日配信『高知新聞』―「社説」)

 

 こんな悲劇がいつまで繰り返されるのか。児童相談所(児相)や警察など児童虐待を防ぐ機関の連携の大切さは分かっているはずなのに、またしてもうまく機能しなかった。

 連携のどこが不十分で、どう改善すればよいのか。徹底的な検証を求めたい。

 札幌市で2歳の池田詩梨(ことり)ちゃんが衰弱死し、母親と交際相手の男が傷害容疑で逮捕された。体にはたばこのやけどのような痕や多数のあざがあり、体重は約6キロと、その年齢の女児の半分ほどだった。

 市児相などが家庭の状況を把握できるチャンスは何回もあった。

 昨年9月、「託児所に預けっぱなしで、育児放棄が疑われる」と市児相に最初の通告があった。職員がアパートを訪ねて母子と面談し、玄関先から家の様子を確認して育児放棄はないと判断したという。

 2回目の通告は今年4月。「昼夜を問わず、泣き叫ぶ声が聞こえる」という近隣からの連絡で職員が訪問したものの不在だった。結局、詩梨ちゃんの安全確認はできていない。

 ここで市児相は大きなルール違反をしている。

 東京都の5歳女児が両親の虐待で昨年亡くなった事件を受けて国は、通告48時間以内に子どもの安全確認ができなかった場合、児相が立ち入り調査するとともに警察との情報共有を進めるようルール化した。

 市児相は、1回目の通告後の面会などを理由に調査しなかったという。2回も通告があれば市民感覚でも「要注意」との見方ができる。しかも1回目からは半年ほどたっている。「緊急度が高い」と判断して面会で安全確認すべきだった。

 綿密に連携すべき北海道警と市児相のやりとりもちぐはぐだ。

 警察は先月、強制的に家庭に立ち入る「臨検」の検討を児相に要請したというが、児相は否定している。母子との警察の面会に児相が同行するしないの説明も食い違いがある。

 必要な手続きを踏んだ上で、躊躇(ちゅうちょ)なく臨検に入っていれば、事態は変わった可能性がある。そもそも、連絡・報告を密にしなければならない機関がこんな調子で緊急事態に対応できるだろうか。

 全国の児相に寄せられる案件は増えている。2017年度に相談対応した児童虐待は13万件を超え、12年度から倍増した。市民の関心の高まりで、通告が増えている傾向もあるだろう。早期発見と対応には、そうした「地域の目」は大切だ。

 ただ、札幌市児相がいうように一人の職員が多くの案件を抱えているのも事実だ。全国で3千人ほどいる児童福祉司を国は、22年度までに5千人体制にする。人員増は当然必要だが、経験を積まなければ緊急案件には対応できない。人材育成のシステムづくりは欠かせない。

 情報共有を目的に児相や学校、警察などでつくる協議会が各地に設けられている。決して悲劇は起こさせない―。組織にほころびはないか、改めてチェックしてほしい。

 

札幌の女児衰弱死 なぜ悲劇を防げないのか(2019年6月11日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 また、幼い命を救えなかった。児童相談所には何度も住民から通告があった。5月に警察が母子と面会した際にも同行しなかった。

 札幌市の池田詩梨(ことり)ちゃん(2)が衰弱死し、母親と交際相手の男が逮捕された事件である。

 おむつを着けただけの姿で発見され、たばこを押し付けたようなやけどや複数のあざがあったという。

 東京都目黒区や千葉県野田市で女児が虐待死した事件を受け、児童虐待防止法改正案が国会で審議されているさなかである。

 なぜ児相や関係機関は子どもを救うことができないのだろうか。

 政府は児相の職員増を図っているが、激増する虐待に追いつかないのが現状だ。札幌児相は職員1人が百数十件の案件を抱えているという。警察に同行しなかったのも人手不足が理由という。後に、警察から同行しないよう要請されたと説明を変えたが、警察はそれを否定する。

 いずれにしても、今回は明らかに虐待リスクが高いケースだ。児相から率先して面会に同席すべきではないのか。児相には昨年9月と今年4月にも詩梨ちゃんに関する通告があり、4月の通告時には面会できなかったという。通告から48時間以内に子どもの安全を確認するルールが児相には課されているが、それも守られていなかった。

 緊急対応が必要な案件を見極められなければ、どれだけ職員を増やしても悲劇は繰り返されるだろう。

 母子と面会した警察は詩梨ちゃんの顔のあざや足の裏のばんそうこうを確認したが、虐待ではないと判断した。児相も警察から連絡を受け、同様の判断をした。

 相次ぐ虐待死を受け、児相と警察の連携強化が図られている。虐待防止法改正案でも児相への警察官の出向などが盛り込まれている。

 ところが、今回の事件は児相と警察が情報を共有する中で虐待死を防げなかった。中途半端な「連携」に致命的な問題が隠れている。

 警察は刑事罰に値するかどうかを基準に行動するが、児相は虐待の予防や親子関係の修復が目的だ。子どもを虐待から守るのは児相の責務である。そうした役割の違いをわきまえず、虐待の判断や責任を警察に委ねることは許されないだろう。

 

(2019年6月9日配信『熊本日日新聞』―「新生面」)

 

 <自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる>。石垣りんさんの著名な詩「表札」の出だしにある

▼入院すると病室の名札に「○○様」と書かれる。死んで火葬場の炉に入れば、扉に「○○殿」と札を下げられるだろう

▼<自分の寝泊りする場所に/他人がかけてくれる表札は/いつもろくなことはない>。様も殿も不要。自分のすみかや精神の在り場所には、自分で「○○」と表札をかけたいものだと

▼名前も同じ、人に書かれない方がよいときがある。親からの虐待で亡くなった結愛[ゆあ]ちゃんがいて、心愛[みあ]さんがいた。そして「詩梨[ことり]ちゃん」と、またひとり、ちゃん付けで訃報を記さなければならなくなった。2歳。これから字を覚えれば、自分で名を書けるようになっただろうに

▼遺体には多数のあざや、やけどの痕があったという。死因は衰弱死で、虐待の疑いが持たれている。近所の住民からの通報などを受け、児童相談所と警察が親に接触していたが、またしても命を守れなかった

▼1月に亡くなった心愛さんらの事件を受け、国会審議中の改正法が近く成立する見込みだ。児童相談所の家庭への介入を強化し、親に対する指導もしやすくする。来年4月の施行予定だが、事件はそれを待っているわけではない

▼大人はいったい何をしているのか、と自身にも問う。ここに名前など書く必要のない、大勢の子どもたちの1人であってほしかった。交通事故、児童殺傷事件、虐待…。子どもたちの名をこんな形で紙面に見るのはやるせない。

 

児童虐待 社会を根元から変える(2019年6月7日配信『東京新聞』−「社説」)

  

 親の体罰禁止を明記した児童虐待防止法などの改正案が今国会で成立する見通しだ。4月の本欄の連載で親が孤立して虐待に至らぬよう社会で支える必要性を訴えた。法成立を前に、繰り返したい。

 東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃんと千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さん。幼い命が失われ、国は法改正に動いた。その事実を重く受け止め実効性のある取り組みを進めなくてはならない。

 法案には子どもの転居の際に児童相談所間の引き継ぎを徹底することや、学校の教員などが児童の秘密を漏らしてはならないことが盛り込まれた。事件の教訓がそのまま条文となった。

 だが中核市での児童相談所の設置の義務化は見送られるなど、具体的にどこまで安全網が強化できるか不透明だ。DV担当機関と児童相談所の連携強化も盛り込まれたが、国会審議では、DVの対応などにあたる婦人相談員の八割が非常勤であることが課題として取り上げられた。

 貧困問題なども影を落とし家族の問題が複雑化する中で、相談や対応にあたる人々にはますます豊かな経験が求められる。適切な待遇や人員が伴わなければ、法はかけ声倒れに終わるだろう。

 連載型社説「虐待なくすために」(4月9〜13日)では小児科医や保健師などが連携し、親が虐待に至らぬよう早期に支える高知県での取り組みを紹介した。法案は、子育てに困難を抱える保護者の支援について、法改正を含めて検討し、必要な措置を取ることを求めている。

 連載を読んだ読者からも提案が寄せられている。子育て支援センターで勤務する保育士は、自分の長所を見つけるために親同士が話し合うプログラムに手応えを感じているという。岐阜県大垣市で幼児教室を開いている柴田よしえさんは幼児教育無償化で預けられる子どもが増え、保育士の心身の余裕がなくなることを懸念する。

 愛知県で子育て中の女性は、企業が親子がふれあえる機会を率先して設けることを望む。

 夫が仕事で会話もままならない中、数年前までは、精神的に不安定な状態に陥るときもあったという。「今の子たちが何十年先の日本を支えます。それは未来の企業を支えるという事ではないかと思います」と手紙にはつづられていた。

 虐待をなくすためには、社会を根元の部分から変える挑戦が求められている。

 

体罰禁止法案 「懲戒権」の廃止は慎重に(2019年6月3日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 親権者による体罰禁止を明記した児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が衆院本会議で可決され参院に送付された。

 全会一致の可決であり参院審議を経て今国会で成立し、来年4月に施行される見通しだ。

 改正案は親権者が「しつけ」と称して体罰を行うことなどを禁じた。民法には親権者に必要な範囲で子供を戒めることを認めた「懲戒権」があることから、矛盾を解消するため、この廃止も含めて施行後2年をめどに検討する。

 千葉県野田市立小学校4年の女児が両親の虐待を受けて死亡した事件の反省から、国会が動いた改正案である。ただ、懲戒権の安易な削除には慎重であるべきだ。

 民法第822条は「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」と定めている。820条には「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う」とある。

 留意すべきは、子の監護及び教育、つまり「しつけ」は、親権者の権利であるとともに義務でもあることだ。

 連動する懲戒権の廃止は、しつけの禁止と誤解されかねない。しつけを隠れみのとする虐待は許されない。当然である。一方で、しつけを放棄すれば、子供はまっとうな成長を望めない。

 例えば、わが子が理不尽ないじめに加担していたことが分かったとき、親は体を張ってでもこれを止めるべきである。懲戒権がないからと手をこまねく事態は最悪であろう。懲戒権については、廃止ありきの議論ではなく、その内容を精査、検討すべきである。

 改正案は、児童相談所の機能強化もうたっている。虐待児童の一時保護などにあたる「介入」の職員と保護者の相談などを担当する「支援」の職員を分けることが柱となる。だが全国の児相はただでさえ人手不足に苦しんでいる。

 安倍晋三首相は「躊躇(ちゅうちょ)なく一時保護に踏み切れるよう、大幅増員で必要な専門人材を配置する」と述べたが、大幅増員は多大な予算を伴い、簡単ではない。

 悲惨な事件を繰り返さないためにという方向性はいい。だが法改正だけで子供の命は救えない。学校や警察、広く社会の全てが本気にならなくては、救える命を見逃す不幸を繰り返す。

 

親の体罰禁止 虐待根絶へ意識変えねば(2019年6月3日配信『山陽新聞』―「社説」)

 

 親による体罰禁止を明記した児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が衆院で可決、参院に送付された。今国会で成立する見通しで、来年4月の施行を目指す。

 昨年3月には東京都目黒区で5歳女児、今年1月には千葉県野田市で10歳女児が亡くなった。虐待死事件が相次いだのを受け、対策強化を図るものだ。野党が提出した対案の一部を政府案に取り込み、修正した。与野党が歩み寄り、全会一致で可決したことは評価できよう。

 改正案の柱は親権者や児童福祉施設長らによる体罰禁止を明記したことだ。しつけのための体罰を容認する人が6割に上るという調査結果もあり、虐待が表面化しても親がしつけを理由に暴力を正当化することが少なくない。まずは体罰禁止を法律に書くことで、社会の意識を変える一歩としなければならない。

 どんな行為が体罰に当たるかは政府がガイドラインで示すとしている。体罰を伴わないしつけの在り方を社会全体で考えるためには、今後の啓発活動が重要だろう。

 整合性が問題になるのが、親権者に子どもを戒めることを認めている民法の「懲戒権」である。これについては今回の改正法の施行から2年をめどに検討することになった。山下貴司法相が近く法制審議会に諮問する。

 野党の提案を踏まえた修正で、虐待した親に対する再発防止プログラムの実施が盛り込まれ、児童相談所(児相)などの努力義務となった。一部の児相やNPO法人が既に取り組み、成果があるという。これまでの虐待防止対策は子どもの保護に重点が置かれてきたが、親についても責任を問うだけでなく、支援していく視点は極めて重要だ。

 改正案では児相の体制強化も盛り込まれ、子どもの一時保護と保護者支援を行う職員を分けることも定めた。児相が保護者との関係性を重視するあまり、子どもの命を救えなかったことを踏まえたものだ。転居した際も支援が切れ目なく行われるよう、児相の間で速やかに情報共有することも新たに明記した。

 児相の体制強化の必要性はもちろんだが、増え続ける虐待への対応で現場の疲弊が進んでいることが気掛かりだ。全国の児相に配置された児童福祉司は約3400人。政府は2022年度までに約2千人を増員する方針だが、現状でも勤務5年未満が6割を占める。経験のあるOBの再雇用や、市町村との役割分担なども進める必要があろう。

 子どもの意見が尊重される仕組みについて、施行後2年をめどに検討することも盛り込まれた。虐待を受けた際、親と一緒に暮らしたいかどうかといった子どもの本音を第三者が聞き、関係機関に伝えるアドボケイト(代弁者)制度が英国やカナダでは導入されているという。子どもの権利を守るための議論を加速させたい。

 

児童虐待防止 懲戒権の議論をさらに(2019年5月24日配信『北海道新聞』―「社説」)

 

 児童虐待防止の強化に向け、衆院で審議中の児童福祉法などの改正案は、与野党が修正に合意し、今国会で成立の見通しとなった。

 親の体罰禁止と児童相談所の機能強化を柱とする政府案に加え、虐待した親への再発防止プログラム実施を努力義務とした。

 野党の求めた義務化には至らなかったが、子どもを家庭に返すには不可欠な施策だろう。

 一方、体罰の根拠となってきた民法の懲戒権の見直しや、中核市への児相設置の義務化など、先送りされた課題もある。

 悲劇を繰り返さないために、今回の修正合意をゴールとせず、対策の実効性を高めるため、さらに踏み込んだ議論を求めたい。

 法改正の狙いは、子どもに寄り添って制度の穴をふさぐことだ。

 「しつけ」の名を借りた虐待は後を絶たない。改正案に保護者や里親、施設職員らによる体罰禁止を明記したのは当然だ。

 だが、罰則はなく、超党派の議員連盟が削除を求めた懲戒権は、改正法施行後2年をめどに検討するとの付則にとどめた。

 しつけを暴力に頼る風潮を速やかに改めるためにも、早急に議論を始める必要がある。

 児相の機能強化では、子どもの保護と親の支援とで部署を分けるとともに、医師や保健師の配置の義務化を盛り込む。

 役割を明確にし、助言を得ることで、一時保護や親権停止を迷わず行えるようにする。とりわけ弁護士との連携強化は重要だ。

 一方、急増する虐待に、児相の施設や職員が足りない現状の改善には、不安が残る。

 中核市や東京23区への児相設置の義務化は見送られ、代わりに人口や対応件数に応じて児童福祉司の配置基準を見直す。

 理由は人材不足だが、地域に密着し、要支援家庭の情報が集まる市町村の役割は大きい。児相の開設が困難な場合でも、積極的な取り組みが求められる。

 政府は人材育成や施設整備を支援するとともに、児童福祉司の国家資格化も含め、力量向上へ環境整備を進めなければならない。

 合意項目に、親への医学的・心理的指導という加害者支援の視点が入ったことは前進と言える。

 同時に、子どもの権利擁護の観点から、第三者が親と児相の間に入り、子どもの代弁者となる制度も検討されることになった。

 「子どもの最善の利益」の実現に向け、安全の確保を最優先に、制度を練り上げるべきだ。

 

子どもの虐待 体罰を容認しない社会に(2019年5月13日配信『信濃毎日新聞』―「社説」)

 

 幼い子どもの命を親の暴力からどうやって守るか―。虐待死が相次いだことを踏まえた児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が衆院で審議入りした。

 しつけを理由に、子どもに体罰を加えてはならないことを明記した。罰則は設けていない。

 体罰は子どもの心身を傷つけ、時として命にかかわる深刻な虐待につながる。1月に死亡した千葉の小学4年生も、昨年3月に亡くなった東京の5歳の女の子も、しつけの名目で親から暴力を振るわれていた。

 一方で、「時には必要」などと体罰を容認する意識は社会に根強く残る。法改正を、暴力に頼らない子育てを社会の合意として根づかせていく一歩にしたい。

 法で禁止したからといって体罰がなくなるわけではない。暴力の背景には、生活の困窮や親の精神疾患といった要因が複雑に絡むことが多い。虐待する親の多くが、子どもの頃に虐待を受けて育ったことを示す調査結果もある。

 体罰は駄目だと厳しい目を向けるだけでは、困難を抱える親をさらに追いつめかねない。どうすれば暴力に頼らずに子育てができるか。相談し、学べる場を設け、親を支えることが重要になる。

 野党6党派が共同提出した対案は、保護者への再発防止プログラムの実施を盛り込んだ。虐待が起きてからの対応にとどまらず、親への支援について議論を深め、改正法に反映させてほしい。

 体罰の禁止にかかわって見落とせないのは、民法に「懲戒権」を残したことの矛盾だ。親は子を懲らしめられるとする明治以来の規定である。暴力の正当化に持ち出される余地がある。廃止を先送りすべきでない。

 政府が改正案で打ち出した児童相談所の拡充強化は、踏み込み不足の面が目立つ。親から子どもを引き離す「介入」にあたる職員と親への支援を担う職員を分けるとした一方、中核市と特別区への児相設置の義務づけや、弁護士の配置の義務化は見送った。

 増え続ける虐待への対応に追われ、現場の疲弊は深い。個々の事例に丁寧にかかわれるようにするには、児相のあり方の抜本的な見直しが欠かせない。市町村との役割分担はとりわけ重要だろう。

 合わせて、社会、地域での取り組みをどう強めていくか。行政機関が担える役目には限界がある。苦しむ子どもや孤立した親の「助けて」の声を聞き逃す社会であってはならない。身近な場に議論を広げ、行動につなげたい。

 

子ども支援拠点/整備急ぎ虐待の芽を摘もう(2019年5月12日配信『福祉民友新聞』―「社説」)

      

 子どもたちを虐待から守るために、切れ目のない支援体制づくりを急がなければならない。

 児童の虐待防止に向け、国が2022年度までに全市町村に設置するよう求めている「子ども家庭総合支援拠点」の整備が進んでいない。県によると、県内で設置しているのは小野、西会津の2町にとどまっている(3月末現在)。

 支援拠点は市町村に常設し、子育ての悩みを抱える保護者からの相談に応じたり、カウンセリングや支援を行ったりする。虐待のリスクを抱える家庭の把握や、児童相談所(児相)など関係機関との連絡、調整にも当たる。

 家庭にとって身近な存在の行政機関に、いつでも相談できる窓口があることは安心感につながる。各市町村には拠点整備を速やかに進めるよう求めたい。

 拠点には児童福祉司や社会福祉士、保健師など専門的な資格を持った職員を配置することになっている。規模の小さい自治体が職員をどう確保するかという課題を抱えていることが、設置が進まない要因の一つになっている。拠点を設けたとしても担当者の異動などで維持できなくなる恐れもある。

 拠点整備に当たっては複数の市町村で人員をやりくりし共同で設置、運営することを選択肢の一つに加えてほしい。業務の一部を社会福祉法人など外部に委託することも可能だ。あらゆる策を講じて拠点づくりへの道筋をつけ、いつでも子どもたちに手を差し伸べられる体制を構築する必要がある。

 県警が昨年、児童虐待の疑いがあるとして児相に通告した18歳未満の子どもの数は、過去最多の833人(前年比187人増)に上る。虐待に対する意識が高まっていることで市民から児相への情報提供も増加しており、深刻な状況が続いている。虐待は育児のストレスや孤立感、ノイローゼ、家庭不和や経済問題などさまざまな要因から起こり得る。深刻化する前に芽を摘んでおきたい。

 県は本年度、市町村への支援制度を設けた。職員の研修費用や専門家を招いた際の報酬などの経費を補助する。本年度は総額約830万円で1自治体当たり200万円、4件程度を想定している。各市町村は有効に活用して意欲の高い職員を育成し、実効性のある拠点運営に努めてもらいたい。

 妊娠から子育てまでの幅広い相談に応じる子育て世代包括支援センターと、児相など関係機関との連携がより一層、求められる。地域を網羅した支援体制をつくることで、子どもたちに優しいまなざしを注ぐ環境ができるはずだ。

 

(2019年5月5日配信『デイリー東北』―「天鐘」)

 

生まれたばかりの赤ちゃんの手のひらに指を添えると、キュッと握り返してくる。痛くはないが、割に力は強い。親と分かってくれたようで、頼られているようで、子どもを愛おしく思える瞬間の一つである

▼これは無意識に起きる乳児特有の反応で、把握反射と呼ばれる。身を守るために備わっているのだという。無力のようでありながら、自ら必死に生きようとしていることが分かる

▼赤ちゃんの反射が本能ならば、親の本能とは? 子を助け、支え、無償の愛を注ぐことだと思いたい。しかし、現実には全国的に悲しい事件が後を絶たない

▼「もうおねがい ゆるしてください」。暴力を振るう両親への懇願をノートに記し、亡くなった女の子がいる。「お父さんにぼう力を受けています」。死亡した女児は必死に訴えたが、あろうことか父親に筒抜けとなっていた。青森県内でも児童虐待は右肩上がりに増加している

▼対応の中心となる児童相談所の体制強化はもちろん欠かせない。虐待はどの家庭でも起こり得るとの感覚も持つべきだろう。いかにして子育ての意味を見いだせない親を支援し、心に傷を負った子どもに手を差し伸べるのか。SOSに敏感な地域社会でありたい

▼保護者らの体罰禁止を明記した児童虐待防止法改正案は、大型連休明けにも国会で審議入りする見通しだ。子どもの輝く笑顔は宝である。きょうは「こどもの日」。

 

こどもの日に考える 小さな声を拾える社会に(2019年5月5日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 子どもはたたかれても黙っている。お父さんお母さんが好きだから。自分が悪いと思ってしまう。

 児童福祉に携わる人々がよく口にする言葉だ。

 「もうおねがいゆるしてください」。東京都目黒区で虐待された5歳の女児は「反省文」に書き残した。千葉県野田市の事件では小学4年の女児が「お父さんにぼう力をうけています」と学校のいじめアンケートに書いた。

 こうした子ども自身の声が社会に伝わることはめったにない。政府はこれらの事件を受けて児童福祉司の大幅増員、体罰禁止などを明記した児童福祉法や児童虐待防止法の改正案を今国会に提出した。被害にあった子どもの言葉が社会に衝撃を与え、政府を動かしたのである。

辛抱強く待たなければ

 虐待だけではない。満足な食事が与えられない、修学旅行に一人だけ行けない。そんな状態でも子どもは困っていると言わない。それが当たり前だと思っている。

 どうすれば子どもたちは言葉を発することができるのか。社会の側が小さな声に気づけるようになるのか、考えなくてはいけない。

 「かくれんぼのようなものです」

 静岡市で社会的養護の必要な子どもの支援をしている独立型社会福祉士の川口正義さんは言う。

 「もういいかい?」

 大人が呼びかけても返事はない。

 「もういいよ」

 小さな声が聞こえてもこちらから近づいてはいけない。

 ひどい目にあった子どもは簡単には大人を信頼しない。安心して子どもが出てくるのを辛抱強く待たなければならないという。

 川口さんらが5年前に作った「縁側フォーラム」は静岡県内の福祉職員や教師、スクールソーシャルワーカー、里親らが集まる会だ。貧困や虐待で傷ついた子どもの支援に関する研修や啓発活動をしている。

 「夜中に帰ってきた母が僕のおなかを蹴り、死ねと言いました。それが物心ついた最初の母の記憶です」

 今年1月の研修会で、青年が吐き出す言葉に参加者は耳を傾けた。

 「ふろに入れず、体が臭いので学校に行けなかった」

 助産師を40年以上している女性がためらいながら言った。

 「数え切れないほどお産に立ち会ったけれど、どんな人も赤ちゃんを産むときは命がけです。あなたのお母さんもきっとそうだったはず」

 何かがすぐに解決するわけではない。当事者の言葉を聞きながら、それぞれが自らの問題に向き合う。

 幼い子を連れた主婦も最近は増えてきた。子育て中は社会との接点が少なくなる。保育所に子どもを預けられない専業主婦は孤立感を抱いている人が意外に多い。

 保育スペースを客席の最前列に設け、参加者が目の前の子どもの声を聞きながら話し合っている。

意見表明の権利保障を

 縁側は日本家屋特有のものだ。内でもあり外でもあり、何か理由がなくても人々が集まる。機能や効率が過度に重視される社会ではすぐに役に立たないものは排除されがちだ。

 縁側のような場所が社会からなくなり、生きにくさを抱えた親子が密室の中で孤立している。そんな現状を変えていかねばならない。

 貧困家庭の子どもらに食事を提供する「子ども食堂」は急速に増え、昨年4月時点で2286カ所が確認されている。すぐに貧困家庭の子が来なくても、続けることが大事だ。

 「みんなで鍋を囲むって本当にあるんだねと言うんです。テレビでは見ても、そんな経験をしたことがないから。子どもの支援とは自らの当たり前を問うことなんです」。そう言うのは「こども食堂安心・安全向上委員会」の湯浅誠代表だ。

 国連が子どもの権利条約を採択して30年、日本が批准して25年になる。「生きる」「育つ」「守られる」という権利とともに、「参加する」権利をうたったのが同条約である。

 最近は子ども自身が課題解決に向けて声を上げるための支援が各国で重視されるようになった。

 日本でも都道府県の社会的養育推進計画に子どもの意見を取り入れる方針が明示された。児童福祉法改正案には子どもの意見表明権を保障する仕組みが盛り込まれた。

 子どもが安心して意見を出せる環境を作ることが必要だ。大人の都合でかき消してはならない。小さな声を拾える社会にしよう。

 

(2019年5月5日配信『中日新聞』−「中日春秋」)

 

 子どもを不幸にする一番確実な方法をフランスの思想家ルソーが説いている。<それはいつでもなんでも手に入れられるようにしてやることだ>(『エミール』)。物に限らずだろう。わが子の笑顔ばかりみているようなら、幸福は子どもから遠ざかっている

▼こちらは、米国のジョークだったか。「ものごとをやりとげる三つの方法」というのがある。それは、(1)自分でやる(2)誰かにやってもらう(3)自分の子どもにやるなと言う。膝を打つ親もいるのではないか

▼うるさくなければ、子どもはだめになり、うるさくすれば、ときに逆効果で…。洋の東西を通じて、加減もタイミングも難しいのがしつけだろう

▼子どもの幸福を図るとされる「こどもの日」である。しつけについて考えるのにいい機会だろうが、今年は様相が違おうか。「しつけのつもり」。千葉県野田市で今年、10歳の女児が死亡した事件で、逮捕された父親の言葉だそうだ。昨年、東京都目黒区で、当時5つの女児が、死亡した事件でも同様の言葉を聞いた

▼幼い命を救う道を求める機運が、盛り上がっているだろう。連休後の国会では、親権者のしつけでも体罰を禁止する児童虐待防止法の改正案も審議される

▼ただでさえ難しいしつけである。虐待との線引きなどは難しいかもしれないが、世の中で共有しなければならない。11日まで児童福祉週間でもある。

 

児童福祉司業務過多 児相の体制改善が急務だ(2019年4月27日配信『琉球新報』−「社説」)

 

 県の中央、コザ両児童相談所の児童福祉司が激務に追われている。

 本紙の調べによると、2018年度に県内児相に配置されていた児童福祉司全49人のうち、1人当たりの担当件数(2月末時点)が最も多い児童福祉司は、コザ児相で97件、中央児相で89件を受け持っていた。

 背負い切れないほどの事案を抱えていては、きめ細かなケアができなくなる。県は、児童福祉司の業務改善に努め、児童相談所の体制強化に取り組んでほしい。

 児童福祉司の主な業務は子どもの福祉に関する相談に応じ、必要な支援・指導をすることだ。県内の児相は、虐待通告後の調査や子どもの一時保護に当たる「初期対応」、在宅指導ケースを担当する「地区担当」に重点を置いて児童福祉司を配置している。

 その影響で、児童養護施設に入所した児童と保護者のケアに当たる「施設担当」の受け持ち件数が特に多くなっている。

 千葉県野田市で1月に小学4年栗原心愛さんが死亡する事件が起きた後、中央、コザ両児相で児童虐待に関する相談が増加した。「初期対応」の児童福祉司の業務量も増えている。

 児童虐待には身体的虐待、性的虐待、食事を与えないといったネグレクトなどがある。児童福祉司の果たす役割は極めて大きい。

 県は県議会2月定例会で、児童福祉司の1人当たりの平均担当件数を43・7件と報告した。本紙の調査では、産休育休代替の臨時職員に均等にケースを割り当てられず、正職員の担当数が膨らむ実態も浮き彫りになっている。

 政府が、虐待防止のための体制強化プランで示している業務量は1人当たり「40件相当」だ。

 担当するケースが多くなると、その分、リスクを見落とす危険性は高まる。

 深刻な虐待事件が起きるたびに、児相の対応に問題があったかどうかに注目が集まるが、そもそも適切なケアができる体制が整っていなければ、未然防止はおぼつかない。

 「施設担当」の児童福祉司が1人で100件近いケースを担当していることについて、山野良一沖縄大教授は「異常」と断じた。県はこの指摘を重く受け止めるべきだ。1人当たりの担当数の上限を決め、どうしても守れないときは増員するしかないだろう。重篤な事案が起きてからでは取り返しがつかない。

 県の児童相談所は中央、コザの2カ所だ。宮古、八重山には中央児相の分室がある。児童虐待のほか、保護者の事情で子どもの養育が困難になったケース、非行・問題行動、子どものいじめ、里親などの相談に応じている。

 財源などの条件が整うなら、中核市である那覇市も独自の児相設置を検討していい。未来を担う子どもを守ることこそ最優先の課題だ。

 

<虐待なくすために>(4) 心にできたトゲを抜く(2019年4月12日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 「息は吐かないと、吸えないよ」。高知県いの町地域子育て支援センター「ぐりぐらひろば」を3月に定年退職した保育士畠山あゆみさんは、子どものころ、父親から水泳を教えられたときに言われた言葉を仕事中に思い出していたという。「お母さんたちも、まずは気持ちを吐き出す場所が必要なんです」

 センターは妊婦や保育園に行く前の親子らが、遊んだりくつろいだりすることができる場所だ。保育士や保健師などに子育て相談に乗ってもらうこともできる。

 児童相談所での虐待対応件数は全国で年間13万件を超え、10年で3倍以上に増えた。社会問題となる中で通報件数が増えているなどの事情もあるが、核家族化や地域のつながりの希薄化で、親子が孤立しがちになっていることも一つの構造的な背景と考えられる。国はセンターのような支援拠点を孤立を防ぐための事業と位置付けて後押ししており、全国で7200カ所以上に広がる。

 子どもたちが遊具で遊んだり、走り回ったりしているのはほほ笑ましい光景に見えるが、職員は心配なサインもさりげなく見守っている。親子で交わされる視線にトゲを感じるなど気になった時には、個別に話をする。お母さんたちの得意分野を生かしたイベントなどを開くこともある。自分自身が持っている力や良さに気が付いてもらいたいからだ。

 虐待をしていると打ち明けられるときもあれば、生きづらさを伝えられることもある。畠山さんはお母さんが人に弱みを見せられるようになることは、子どもにとっても意味があると考えている。「困ったら誰かに相談してもいいんだと、お母さんが背中で子どもに教えている」

 育児休暇が終わり、センターを「卒業」するお母さんから「これからは後輩に優しくする」「会社で『何でそんなことできないの』とイライラすることがあったけど、これからは違う」と言われたという畠山さんの言葉に考えさせられた。

 社会の中で人はさまざまな重圧を受けながら生きている。それは時に心のトゲに変わって誰かを傷つけることにつながることもある。親子関係に限らず、人の痛みや弱さを受容できる雰囲気を育んでいくことも、巡り巡って弱い立場にある子どもに気持ちの刃が向かない社会をつくる一つの道筋なのかもしれない。

 

<虐待なくすために>(3) 保育に志抱ける環境を(2019年4月11日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 高知市中心部の保育園で園長をしていた前野當子さんが、沢田敬医師と出会ったのは20年ほど前の園長会での講演だった。

 当時、複雑な事情を抱えた家庭の子どもが増えていた。心のもやもやが、園での乱暴な言葉やふるまいという形で噴き出していた。

 その後、仲間の保育士と沢田医師との勉強会を重ねた。子どもには「甘え」を受け止めてくれる存在が必要。もし親の心が弱って受け止められない状態ならば、親も支えてあげた方がいい−。そんな話を聞くうち、「(園にとっての)困った保護者」は、困り事を抱えた一人の人間だと想像できるようになった。

 「親なのに何でこんなことができないの」といういら立ちが、「しんどい中で、よう育ててきたね」という共感に変わると、保護者の方から悩み事を打ち明けてくれるようにもなった。

 いつもミニスカート、ハイソックスで一歳の子どもを預けに来る若いお母さんがいた。下にはゼロ歳児もいた。園を出てから翌朝登園するまでおむつが交換されていない日が続き、見かねた前野さんが家を訪ねると、こたつに電気が入っておらず、食べ物はふかしたイモしかなかった。生活保護の申請に付き添った。

 子どもの父親は家を出ていたが、3人目を身ごもっていた。園に来なかった日に家に行くと、自宅で一人で出産していた。赤ちゃんは低体温症で「菜っ葉色」になっていたが、救急車を呼び一命を取り留めた。

 その後、生い立ちを打ち明けられた。母親はアルコール依存症で自分もお風呂場で産み落とされたこと。施設に預けられたが、家に戻った後、よくたたかれたこと。子どもが卒園するときには「先生がお母さんだったら良かったのに」と抱きつかれた。お母さんは現在、3人目は里子に出しているが2人は自分で育てている。

 前野さんは10年前に定年退職し、沢田医師とともにNPO法人「カンガルーの会」で虐待予防に取り組む。保育園でも研修会をしているが現場のあまりの忙しさが気掛かりだ。

 国会では幼児教育・保育を無償化するための子ども・子育て支援法改正案が9日、衆院を通過。これから参院での審議が始まる。「無償化よりまず、受け持ち人数を減らし、保育士が志を持って子どもや親に向かいあえる余裕が必要」と前野さんは話す。

 

<虐待なくすために>(1) 親も甘える誰かが必要(2019年4月9日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 

 春の花で色づき始めた高知県の町で、生後3カ月になる赤ちゃんを連れたお母さんが、小児科医の沢田敬さん(79)=写真=と向かいあっていた。寝返りがうまくいかず泣きだす赤ちゃん。お母さんに手助けしてもらってうつぶせになると、笑った。

 2カ月前、お母さんの心は極限状態にあった。「虐待する人は特殊な人と思われているけれど違う」と、自分の経験が役立てばという思いから、沢田医師との面談に同席し取材するのを認めてくれた。

 第1子の男児は死産だった。次に生まれたこの子をかわいいと思うと、お兄ちゃんに悪い。葛藤の中、赤ちゃんの激しい泣き声は、お兄ちゃんが「助けて」と叫んでいるようにも聞こえた。妖怪のようだと思った。「育てられない」と追い詰められた。

 異変に気付いた家族から沢田医師にSOSが届いた。地元の保健師とともに定期的にお母さんの話を聞き続けた。「お母さんの悲しい気持ちが響いて、赤ちゃんも泣いている。お母さん思いだね」。沢田医師はそう語りかけた。

 2カ月たってもお母さんは背中のあたりにお兄ちゃんの気配を感じることがあるという。それでも気持ちはずいぶん落ち着いた。「吐き出せる先があったから」

 沢田医師は高知県の公立病院や児童相談所に勤務し多くの親子に接する中で「甘えの力」に気づいた。親に甘えることで、子の原因不明の症状が消えていくこともある。でも、子どもの頃の虐待など、心に傷を抱えている親は、まずそれを誰かが受け止めてあげなければ余裕も生まれてこない−。

 2009年、保健師や保育士、医師らとNPO法人「カンガルーの会」をつくり、虐待予防の研修会などの活動を始めた。

 千葉県野田市の虐待事件を契機に、親の体罰禁止など法改正の議論が今国会で進む。「北風」の施策も必要だろうが、「太陽」もなければ、救える親子も救えない。社会が太陽であるとはどういうことか、沢田医師と高知県内を巡り考えた。

 

虐待緊急確認  深刻な事態向き合おう(2019年4月8日配信『京都新聞』―「社説」)

 

 児童虐待の緊急安全確認で厚生労働省と文部科学省は、児童相談所が在宅指導している3万7806人のうち、170人について一時保護など親と引き離す措置を取ったと公表した。

 千葉県野田市の小4女児死亡事件を受けて実施された。当初の児相の判断を一部見直したことになる。面会できず、継続対応が必要な子どもも相当数にのぼった。

 子どもや家庭の状況は刻々と変化しており、本来は柔軟に判断を見直すことが求められる。だが、いったん在宅指導と判断すれば、そのままになっている可能性が高いという。

 170人は放置していれば危ない状態になっていたとみられ、事態の深刻さがうかがえる。

 全国の小中学校や教育委員会では2週間欠席が続いた子どもの安否確認を行った。虐待の懸念があるとして児相などと情報共有したケースは1万件を超えた。

 虐待は特異な事案ではなく、どこにでも存在するということに向き合わなくてはならない。体制強化が急がれる。

 学校と児相の連携は大切だが、負担も大きくなっている。政府は児童福祉司の増員を決めたが、一人前になるには10年以上かかるとも言われ、即効性のある資質向上策をどう作るかが問われる。

 関係機関はもちろん、幅広い連携と支援は欠かせない。

 虐待を受ける子どもの意思を第三者がくみ取り関係機関などに伝える制度づくりを目指し、各地のNPO法人などが7月にも全国協議会を立ち上げる。

 「アドボケイト(代弁者)制度」といい、子どもの意見表明権を確立する取り組みだ。英国やカナダで既に導入されている。

 児相と親が対立関係になると、子どもが板挟みになり本音を言いづらくなる。子どもに寄り添う制度として期待され、ぜひ日本でも導入を進めてほしい。

 問題を抱えた親たちの背景にも理解を深めたい。理化学研究所の調査で、虐待事件で有罪となった親の約7割が自身も子ども時代に虐待を受けていたと分かった。

 本人が精神的問題を抱えるケースや、子どもに健康や発達の問題があり、子育てが難しい環境に置かれていた例も目立ったという。有効な支援策が求められる。

 児童虐待防止法・児童福祉法改正案が今国会で成立する見込みだが、法律だけで悲劇は防げない。さまざまな面から社会の連携の力を高めていきたい。

 

虐待防止対策/児相の人員不足解消を急げ(2019年4月4日配信『河北新報』―「社説」)

 

 深刻化する児童虐待への対策強化に向け、政府が閣議決定した児童福祉法などの改正案の審議が国会で始まった。今国会での成立と来年4月1日の施行を目指す。

 改正案の柱は、親の体罰禁止と児童相談所(児相)の機能強化だ。とりわけ児相の職員増や専門性向上は待ったなしの状況だが、改正案は踏み込み不足の感が否めない。人材確保と育成、予算の拡充など対策を急ぐ必要がある。

 児相は都道府県や政令都市などが設置し、全国で212カ所ある。だが、担当地域の人口が100万を超える児相があるなど、子どもを守るには「網の目」の粗さが指摘されてきた。

 改正案には、人口などに基づいて設置基準を政令で定めるという規定が盛り込まれたが、それで果たして設置が進むのだろうか。

 中核市は今でも児相を設置できるが、設置は2カ所にすぎない。政府は法改正で、中核市への設置を義務化する方針だったが、自治体が反対し見送った経緯がある。

 改正案では、法施行後5年をめどに中核市と東京23区への児相設置が進むよう、政府が施設整備や人材確保を支援するという内容に後退した。5年を待たず、政府は速やかに具体的な支援策に取り組んでほしい。

 児相の増設が進まない背景には深刻な人員不足がある。児相で虐待対応に当たる専門職「児童福祉司」について、政府は2022年度までに2000人を増員する方針だが、現場からはそれでも不十分との悲鳴が上がっている。

 千葉県野田市の小4女児死亡事件を受け、政府が実施した緊急安全確認では、小中学校を長期欠席している児童生徒のうち、1万2500人余に虐待の懸念があるという実態も明らかになった。

 学校から児相へ情報が送られ、今後、児相の負荷はさらに高まる。多忙を極める児童福祉司の負担は、既に限界に達していると言っても過言ではない。

 改正案は児相の職員について、虐待する親に対し子どもの一時保護などを行う介入担当と、保護者へのケアなどを行う支援担当を分ける機能分離を打ち出している。方向性は理解できるが、これも人員増などによる体制強化なしには実効性が疑わしい。

 ただ、人を増やせば事足りるというわけではない。児童福祉司は高度な専門性と豊富な体験が必要とされる。しかし、経験年数が5年に満たない人が全体の約6割だ。現場経験を積み、虐待リスクを的確に判断できる人材の確保と育成が欠かせない。

 虐待防止に向け、児相は虐待防止に特化し、保護者のサポートは市区町村が受け持つべきだとの指摘も出ている。子どもを守る網の目ができるだけ細かになるよう、市区町村を含め多様な機関が協働する仕組みを築きたい。

 

逆境が人を育てる―とはよく聞く…(2019年3月31日配信『山陽新聞』ー「滴一滴」)

 

 逆境が人を育てる―とはよく聞く話だが、親からの虐待となると話は別だ。児童虐待が成人後も影響を及ぼし続けることを先日、倉敷市で開かれた講演会で知った

▼米疾病対策センター(CDC)などが成人1万人以上を対象に、小児期の不幸な体験を聴く大規模調査を行った。身体的・心理的虐待、育児放棄、眼前での父から母への暴力などだ。結果は衝撃的なものだった

▼体験項目が四つ以上重なる人は体験ゼロの人より自殺未遂が12倍、薬物依存が10倍、アルコール依存が7倍も多かった。心疾患やがん、肺気腫などのリスクも高くなる。心が傷つくだけでなく、肉体的な健康が奪われ続けるのだ

▼この調査はACE(子ども時代の逆境的体験)研究と呼ばれる。約20年前に行われ米国ではよく知られる。データを紹介した倉敷中央病院の今井剛小児科部長は「児童虐待は社会的問題であると同時に医学的問題であることを知ってほしい」と話す

▼日本の研究でも脳への影響が指摘されている。激しい体罰を受けた人の脳は、感情と思考を制御する「前頭前野」の一部が縮んだという

▼親権者からの体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が今国会に提出されている。しつけ名目での虐待が後を絶たないからだ。社会の意識を変えねば。子どもたちの一生がかかっているのだから。

 

児童虐待の緊急調査 予想超える深刻さに驚く(2019年3月30日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 子どもの虐待は一部の特別な家庭の問題ではない。どこでも起きている可能性があることをうかがわせる調査結果が判明した。

 厚生労働省と文部科学省が合同で行った緊急調査によると、学校や保育所を長期欠席している子どものうち、教師らが面会して「虐待の恐れがある」と判断したのは2656人に上った。面会できなかった子どものうち「虐待の可能性が否定できない」のは9889人にも上る。

 これだけ多くの子どもに虐待リスクがあることが判明したのは初めてだ。児童福祉法などの改正案が今国会に提出される。親による体罰禁止を法律に明記し、児童相談所の機能強化を図るだけでは足りない。学校や地域社会も含めた根本的な改善策を考えないといけない。

 小中学生の不登校は増え続けており、2017年度は14万人を超えて過去最多となった。文部科学省は学校に来なくてもフリースクールに通うことを積極的に容認するなど、不登校そのものを否定的に見ない方針へ転換している。先生が忙しいこともあって不登校の子どもに対しては家庭訪問などのフォローも行われないことが多くなった。

 一方、児童相談所は増え続ける虐待通報に手いっぱいだ。虐待で死亡した子どもの8割近くが0〜3歳児ということもあり、学校に行かない児童や生徒への対応には手が回らないのが実情だ。

 野田市の小4女児は死亡が確認されるまで冬休みを含んで1カ月以上学校に登校していなかった。顔のあざで虐待が発覚することを親が恐れたためという。不登校の中に虐待リスクが高い子どもがいることを改めて浮かび上がらせた。

 面会できない子のうち「虐待の可能性が否定できない」が1万人近くもいるというのは衝撃だ。これまでも自治体が所在を確認できない子どもが多数いることは、厚労省や民間団体の調査で指摘されている。今回調査の1万人と重なる部分が多いのではないか。

 学齢期の子どもが学校を長期欠席し、自治体もどこにいるか確認できない。そんな異常な事態に対して社会の感度が低かったのは否めない。

 虐待は身近な問題として、社会全体が本気で取り組まねばならない。

 

虐待緊急調査 幼い命守る手を緩めるな(2019年3月30日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 家庭での虐待に苦しむ子供を救うには、親から引き離すしかない。命の危険にさらされている子供の多さを改めて知り、がくぜんとする。

 幼い命を守る手を緩めてはならない。

 厚生労働省と文部科学省の合同プロジェクトチームが実施した児童虐待の緊急安全確認の結果が公表された。

 児童相談所が在宅で指導している全ての虐待事案のうち、35人の所在を確認できず、144人を一時保護し、26人を児童養護施設などに入所させた。

 全国の小中学校で2月1日以降、2週間欠席が続いている子供について、理由が判然としないなどの理由で学校側が児相などと情報共有したケースは1万2545件に上った。健診の未受診や未就園の子供に対する安全確認では、3月時点で423人の安全が確認されていない。

 いずれも、深刻な虐待を受けている可能性がある事案だ。

 緊急安全確認は、千葉県野田市立小学校4年の女児が両親の虐待を受けて死亡した事件を受け、全国で2月以降、短期間で行われた。一人でも多くの子供を虐待から救うためである。

 調査には一定の成果が認められる。今後も徹底した追跡調査で、救える命を増やしてほしい。

 一方でこれらの数字は、児相や学校の現場がそれぞれの職責を果たせず、連携不足などから多くの危機を見逃してきたことを物語っている。短期間の調査であぶり出されたケースの多くは、通常の業務で把握できたはずだ。

 野田市の事件でも、児相や教育委員会、学校などの多くの大人に虐待を止める機会があった。野田市と市教委は、父親からの暴力を訴える女児のアンケートの回答コピーを父親に渡した担当者ら12人を懲戒処分とした。

 すでに女児は命を失っており、後悔は先に立たない。それでも反省は生かさなくてはならない。

 東京都は4月1日、保護者の体罰禁止を明記した虐待防止条例を施行する。政府も同様の趣旨を明記した児童虐待防止法改正案を国会に提出し、来年4月1日の施行を目指している。

 だが、条例や法で禁じただけで虐待はなくならない。現行法でも子供への暴力は罪である。緊急調査にかけた熱量を持ち続けることが全ての関係者に求められる。

 

児童虐待対策 児相の体制強化が必要だ(2019年3月26日配信『西日本新聞』―「社説」)

 

 深刻化する児童虐待への対策を強化する児童福祉法などの改正案の審議が国会で始まる。

 親による体罰が禁じられる。福岡県筑紫野市の虐待事件で逮捕された母親らは、「わがままをいわない」といった誓約書を女児に書かせ、守らないと水風呂に入れる虐待を繰り返したとされる。こうした「しつけ」の名を借りた虐待を根絶するためにも、一刻も早く体罰禁止の風潮を社会に根付かせたい。

 改正案のもう一つの柱は防止体制の強化である。児童相談所の機能強化が盛り込まれたが、増える一方の児童虐待に対応するには、不満が残る内容だ。

 児相が対応した児童虐待の件数は1999年度の約1万2千件から増え続け、2017年度は約13万4千件に上る。1カ所の児相が対応する件数も、1人の職員の負担も限界に達していると言わざるを得ない。

 既に中核市も児相を設置できるようになっているが、整備は進んでいない。今回の法改正に向けた議論では、設置を義務付ける意見もあったが、自治体側の反発もあり、改正法施行後5年をめどに設置できるよう、政府が施設整備や人材確保・育成を支援することで落ち着いた。

 こうした支援は、これまでも自治体側が求めてきたものだ。法改正後、政府は速やかに具体的な支援策を示す必要がある。

 子どもの命を守るには、強制的介入による一時保護が必要なケースもある。一方で現場には、介入することによって親との信頼関係が損なわれ、かえって家族への支援を難しくするとの声がある。このため改正案は、職員を介入担当と支援担当に分ける機能分化を打ち出した。

 方向性は理解できるが、機能を分けさえすれば介入が容易になるという単純な話ではない。それぞれの機能に応じた専門知識と技術を持つ職員の確保と育成が不可欠だ。その人的余裕が、今の児相にあるのか。

 政府は児童福祉司の増員配置を進めているが、現場には不十分との声が広がっている。一般職として採用され、スキルを身に付ける間もなく短期間で異動する職員も少なくない。政府はマンパワー拡充と職員の質の向上に本気で取り組むべきだ。

 改正案には、児相と警察、ドメスティックバイオレンス(DV)対応機関との連携強化も明記された。児童虐待の通報が急増している現状を踏まえれば、市町村を含め多様な機関が協働し、虐待を捉える「網」の目を細かくするとともに、多方面から家族を支援することが大切であることは言うまでもない。

 とはいえ、虐待対策の要はやはり児相である。政府は抜本的な体制強化に取り組むべきだ。

 

(2019年3月26日配信『南日本新聞』―南風録」)

 

「日本は子どもたちの天国だ」。明治の初めに来日し、東京の大森貝塚を発見した米国人の動物学者エドワード・S・モースは、当時の庶民の暮らしなどを書き留めた「日本その日その日」にそう記す。

 赤ん坊が泣き叫ぶ声をほとんど聞いたことがなく、母親がかんしゃくを起こしているのを一度も見たことがないとつづる。日本人の子育てに感心したのか、「日本ほど赤ん坊のために尽くす国はない」とたたえる。

 それから150年の月日が流れ、耳をふさぎたくなるような虐待のニュースが後を絶たない。小さな命が奪われることもある“天国”の変わりようをモースが知ったなら、どれほど落胆することだろう。

 政府は、親権者のしつけであっても体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を衆院に提出した。しつけのためなら多少の暴力は許されるという考えがはびこる現状を思えば仕方あるまい。

 先日の本紙「オセモコ」面に、体罰をなくそうと取り組むカンボジアの小学校が紹介されていた。問題を起こす子どもに、先生が警告カードを見せるようにしたそうだ。約束事を決めて、考えを改めていくのも一つの方法に違いない。

 モースは、体罰を受けることもなく育った子どもたちが増長せず、親を敬愛していることにも驚きを隠さない。「愛のむち」という言葉が無くならなければ、そんな親子関係は望めない。

 

親の体罰禁止 虐待根絶へ意識変えよう(2019年3月25日配信『新潟日報』―「社説」)

 

 たとえ「しつけ」だとしても、子どもへの暴力は決して許されない。そうした意識を社会全体で共有し、児童虐待の根絶へつなげたい。

 政府は、親権者のしつけでも体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を閣議決定し、衆院に提出した。今国会で成立させ、一部を除いて来年4月1日の施行を目指す。

 法改正に乗り出したのは、しつけを隠れみのにした虐待事件が後を絶たないためだ。

 この1月には、千葉県野田市で小学4年女児が死亡する事件が起きた。女児に冷たいシャワーをかけ続け、傷害容疑で逮捕された父親は「しつけのつもりだった」と説明した。

 罰則規定はないが、児童虐待事件が増える中で体罰禁止が明記された意義は大きい。これにより、虐待が疑われる案件に対し、児童相談所などは積極的に関与しやすくなるだろう。

 非政府組織(NGO)の調査では、日本でしつけに伴う体罰を容認する人は6割近い。

 体罰による強いストレスは、子どもの脳にダメージを与えるとの研究もある。法制化を機に体罰に寛容とされてきた土壌を変えていかねばならない。

 ただし、法改正すれば、家庭という密室内の体罰を防げると考えるのは楽観的に過ぎよう。

 法律に実効性を持たせるには、家庭における体罰の定義を明確にする必要がある。

 子育てに悩む親への支援も欠かせない。体罰に頼らないしつけの在り方を考え、社会に広げることが重要だ。

 親権者が必要な範囲で子どもを戒めることを認める民法の「懲戒権」についても、改正法施行後2年をめどに検討し、必要な措置を取るとした。

 「懲戒権」は、しつけと称する虐待の口実に使われるとの指摘がある。規定削除を視野に、見直す時期だろう。

 専門機関である児童相談所の機能強化に向け、法改正案では子どもを保護する「介入」担当の職員と、保護者支援を担当する職員とを分け、介入機能を強化するとした。

 職員の役割を分けたのは、保護者との関係悪化を恐れ、介入が遅れるのを防ぐためだ。

 政府は、児童福祉司の大幅増員を打ち出している。虐待に対応できる経験豊富な人材を育成するために、人事異動の在り方の見直しや児童福祉司の国家資格化など、人材の資質向上策も考える時だ。

 法改正案には、配偶者暴力相談支援センターなどとの連携強化も盛られた。児童虐待が起きている家庭では、母親がドメスティックバイオレンス(DV)を受けている例があるためだ。

 法改正を巡り野党も対案を提出する方針だ。国会審議を通じより良いものにしてほしい。

 忘れてはならないのは、法改正は児童虐待を防ぐ手段の一つであるということだ。

 子育て中の親を見守り、孤立させない。そうした地域の役割も重要だということを、改めて胸に刻みたい。

 

虐待防止改正案 体罰根絶へ徹底議論を(2019年3月23日配信『秋田魁新報』―「社説」)

 

 政府は、しつけであっても子どもへの体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を閣議決定し、国会に提出した。今国会で成立させ、来年4月1日の施行を目指す。

 千葉県野田市の小4女児が1月に亡くなるなど、親による「しつけ」と称する体罰、虐待事件が後を絶たない。こうした中で体罰禁止を法律に明記することは一歩前進である。改正案では罰則規定を設けていないものの、法規制を大切な子どもたちの命を虐待から守ることにつなげなくてはならない。

 非政府組織(NGO)「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」が2017年に実施した意識調査では、しつけのための体罰について、「積極的にすべきだ」が1・2%、「必要に応じて」が16・3%、「他に手段がないと思った時のみ」が39・3%で、容認する人は合わせて6割近くに上った。

 政府は今後、体罰の定義をガイドラインで示すとしている。法規制を契機に国民一人一人が「体罰はしつけではない」との共通認識を強く持ちたい。

 改正案は、虐待防止において大きな役割を果たす児童相談所の機能強化についても盛り込んでいる。虐待が疑われる場合に子どもの一時保護など「介入」を担当する職員と、その後の親への「支援」を担当する職員とを分ける機能分離を明記する。支援のため親との関係構築を考えて、介入をちゅうちょすることがないようにする狙いがある。

 しかし単なる機能分離だけでは不十分である。実効性を確保するためには、人員の拡充や体制整備が不可欠である。特に現場経験を積み、虐待リスクを的確に判断できる質の高い児童福祉司らの確保、育成が急務であることは間違いない。

 学校や教育委員会、児童福祉施設の職員には守秘義務を課す。野田市の小4女児の事件で、「お父さんにぼう力をうけています」と女児が書いた校内アンケートの回答を市教育委員会側が父親に渡した事実を重く見ての措置である。

 このほか、中核市と東京23区に児相がさらに設置されるように、政府は5年間をめどに施設整備や人材育成を支援する。中核市では04年の法改正に伴い設置が可能になったが、思ったように進んでいない。背景には国の支援が不十分との不満がある。国は財政面を含めて徹底したてこ入れを図るべきである。

 一方で親に必要な範囲で子どもを戒めることを認めている民法の「懲戒権」については削除を求める声もあるが、改正法施行後2年をめどに検討することにしている。

 国会では、野党が議員立法で対案を共同提出し、与党に修正協議を求める構えをみせている。与野党とも「体罰根絶」の認識では一致している。よりよい内容の法改正となるよう徹底的な議論を期待したい。

 

児童虐待防止 なお多くの課題が残る(2019年3月22日配信『茨城・佐賀新聞』―「社説」)

 

政府は児童福祉法と児童虐待防止法の改正案を閣議決定し国会に提出した。千葉県野田市で1月に小学4年、栗原心愛(みあ)さんが親の虐待により亡くなった事件などを踏まえ、親による子どもへの体罰禁止を明記。親から子どもを引き離して保護する児童相談所の介入機能強化や虐待対応を巡る学校や教育委員会の守秘義務を規定する。

さらに児相に警察職員や警察OBを配置するための支援拡充など虐待防止の強化策を示した。2022年度までに子どもや親の相談・指導を担う児童福祉司を2020人程度増やしたり、子育て支援や虐待情報の収集に当たる「子ども家庭総合支援拠点」を全ての市町村に設置したりする対策も先に発表している。

改正法を今国会で成立させ、来年4月施行を目指すが、虐待根絶という目標に向けて着実に歩を進めるにはなお多くの課題が残る。全国に配置する児相の網の目を細かくできるか、児相と自治体との間で役割をどのように分担するか、児相職員の質をいかに向上させるか−などが挙げられ、議論を急ぐ必要がある。警察が昨年1年間に摘発した児童虐待事件は1380件、被害を受けた子どもは1394人。いずれも過去最多で極めて深刻な状況にあり、対策強化は待ったなしだ。問題のある家庭を孤立させないよう見守りの輪を広げていくなど地域の取り組みも求められよう。

心愛さんの父親や東京都目黒区で昨年3月に亡くなった5歳女児の両親のように「しつけ」と称して虐待を繰り返す事件が後を絶たず、体罰禁止の規定を置く。罰則はない。親に必要な範囲で子どもを戒めることを認めている民法の「懲戒権」について削除を求める声もあり、改正法施行後2年をめどに検討する。

 ただ子どものしつけに悩む親を支えたり、表からは見えにくい家庭内で虐待が陰湿化するのを防いだりする手だてを講じる必要があるだろう。

 児相については、業務として「児童の安全確保」を明文化。虐待が疑われる場合に子どもの一時保護など介入を担当する職員と、その後の親への支援を行う職員とを分ける機能分離を明記する。支援のため親との関係構築を考えて、介入をちゅうちょすることがないようにする狙いがある。

 だが機能分離を行い、人を増やせば、それで事足りるというわけではない。現場経験を積み、虐待リスクを的確に判断できる児童福祉司らの確保と育成が欠かせない。

 守秘義務を巡っては「お父さんにぼう力を受けています」と心愛さんが書いた校内アンケートの回答を市教委側が父親に渡したのを重くみた。

現在、児相の設置は都道府県と政令市に義務付けられている。設置自治体を増やすため、中核市と東京23区が設置できるよう政府は法施行後5年をめどに人材育成などを支援していくことを付則で定める。中核市は04年の法改正に伴い設置が可能になったものの、設置は全国54市のうち2市にとどまる。子ども家庭総合支援拠点の設置も思うように進んでいない。

背景に国の支援が不十分との不満がある。財政面で本格的なてこ入れを図るべきだ。児相は虐待対応に特化し、親のサポートは市区町村が受け持つという案もあるが、自治体の役割を強化するなら、それに見合う支援が必要になる。

 

[虐待防止法改正案]体罰を根絶する一歩に(2019年3月22日配信『沖縄タイムス』−「社説」)

 

 政府は、児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を閣議決定、国会に提出した。今国会での成立と、原則来年4月1日の施行を目指す。

 改正案で、親による子どもへの体罰禁止を明記したことは前進だ。しつけを理由にした暴力は決してあってはならないという意識の醸成に役立つ。

 体罰禁止に罰則はない。しかし親だけでなく、そのほかの家族や親族、教育機関や行政機関など子どもにかかわるあらゆる人々が「体罰はしつけではない」という共通認識を持つことが虐待の抑止効果を生む。

 もともと日本は体罰に寛容な国とされている。非政府組織(NGO)「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」の2017年意識調査によると、しつけのための体罰について「積極的にすべきだ」とした人は1・2%、「必要に応じて」16・3%、「他に手段がないと思った時のみ」39・3%で約6割が容認した。すでに体罰を法律で禁止しているスウェーデンの1割に比べて圧倒的に多い。

 体罰を容認する考えこそが、家庭への介入をためらう原因となり、子どもたちの命を危険にさらしている。

 民法が規定する親の子どもに対する懲戒権の扱いは、改正法の施行後2年をめどに検討することになる。今後は民法改正へつながる具体的な取り組みが必要だ。

 改正案は、児童相談所で、一時保護など家庭への介入対応をする職員と、保護者を支援する職員に分けることも定める。

 児相が保護者との関係性を重視するあまり、子どもの命を救えなかったケースが頻発しているためである。

    ■    ■

 ただ、職員の機能を分けるだけでは十分とは言えない。介入が遅れたり、判断を誤ったりする根本には児相職員の多忙さがある。職員1人あたりの事案が数十件に上るという現状の改善が急がれる。

 そのため改正案は、中核市と東京23区が児相を設置できるよう国による施設整備や人材育成支援を掲げている。

 沖縄県も、中核市の那覇市で児相が設置されれば、同市を管轄する県中央児相の負担を振り分けられるとして、市と相談・調整する考えを示した。児相の増加は、児相職員の増加につながる。前向きに進めてほしい。

 一方、中核市では06年度から児相の設置が可能だが、この間、整備が進んでいない現状もある。改正案の理念を実現するには、政府の財政的・人的バックアップが欠かせない。

    ■    ■

 改正案は、ドメスティックバイオレンス(DV)対応機関との連携強化もうたう。家庭内での暴力を目撃することは児童虐待そのものであり、その暴力が児童に及ぶ危険性も常にはらんでいる。

 弱い立場の者を、力や言葉、態度で従わせるDVは「暴力による支配」だ。

 家庭という密室で起こる支配構造を察知するのは容易ではない。DVと虐待は同時に起こるという視点を、地域の誰もが持ち得ることが重要だ。

 

児童虐待防止 法改正だけで命は救えぬ(2019年3月21日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 虐待をこれ以上放置することは許されないとして、児童福祉法と児童虐待防止法の改正案が国会に提出された。

 大きな柱は親権者による「体罰の禁止」と児童相談所の強化である。悲痛な事件が続く中、一人でも多くの子供を救う契機となってほしい。

 ただ、法律を改めるだけで虐待はなくならない。改正案には懸念もある。

 体罰の禁止を改正案に明記したのは、「しつけ」名目で虐待を繰り返す事案がやまないためだ。これにより児相が介入する際、親の反論をはねつける根拠となる。

 親権者に必要な範囲で子供への戒めを認める民法の「懲戒権」についても、改正法施行後2年をめどに削除するか検討する。

 ただし、家庭内の体罰については定義がない。その範囲を明示しなくては、「しつけの禁止」と疑われる可能性もある。過剰反応は排さなくてはならない。

 例えばわが子がいじめの加害者になっていることが分かったら、親には全力でこれを戒める責務があるはずだ。懲戒権の削除については、慎重な議論を要する。

 児相機能の強化では、「介入」と「支援」という相反する役割を担う職員、部署を分離することを求めた。これにより、ためらいなく子供の安全確保を優先できることを期待する。

 だが現状でも児相は施設、職員とも慢性的に不足している。介入と支援の分離という理想を追求するためには大幅な体制の拡充が必要だ。改正案がこれを促しても、予算が伴わなくてはただのお題目である。弁護士の児相常勤についても、同じことがいえる。

 昨年3月、東京都目黒区で5歳の女児が両親の虐待を受け、「もうおねがい ゆるしてください」と書かれた反省ノートを残して亡くなった。1月には千葉県野田市で10歳の女児が両親の虐待により亡くなった。女児は小学校のアンケートに「お父さんにぼう力を受けています」と訴えたが、教育委員会は父親の威圧に屈し、文面のコピーを渡していた。

 これらの事件を受けた法案の提出にあたり、安倍晋三首相は「子供たちの命を守るのは大人全員の責任。スピード感を持って強力に推進する」と述べた。

 法改正にとどまらず、同じ決意で、包括的で実効性のある施策につなげてほしい。

 

虐待の防止 児相の機能拡充が急務(2019年3月20日配信『北海道新聞』―「社説」)

 

 児童虐待への対策強化に向け、政府が児童福祉法など関連法の改正案を閣議決定した。

 子どもを守る児童相談所の拡充と、子への体罰禁止を柱とし、2020年度の施行を目指す。

 とりわけ、児相の増設や専門性の向上は急務だ。

 度重なる悲惨な事件を経て、ようやく踏み出す一歩だが、急ごしらえの印象は否めない。

 実現には、必要な人材の育成や財源の確保といった難題を克服する必要がある。

 虐待に苦しむ子どもに一刻も早く救いの手をさしのべるため、制度を練り上げると同時に、優先的に予算を配分し、実効性を確保しなければならない。

 政府は今回、児相の増設に向け、人口などに基づく適正な設置基準を定めることを盛り込んだ。

 加えて、児相の設置義務を都道府県と政令市から、中核市などにも広げようとしたが、自治体の抵抗に遭い、改正法施行後5年間をめどに施設整備や人材育成を支援することで決着した。

 背景には、深刻な人員不足がある。児相の仕事は多岐にわたる上、現場は多忙を極める。

 例えば、道内の場合、児童福祉司1人当たり平均150件の事案を抱え、このうち虐待が40〜50件に上るという。

 政府は既に福祉司の増員を決めたが、質の確保も問題だ。

 福祉司は5年以上の経験が必要とされるが、厚労省によると、勤務年数5年未満が6割を占める。

 福祉司を国家資格化し専門性を高めることも今後の検討課題だ。

 これでは、設置の義務化に尻込みする中核市が出てくるのも無理はない。

 政府は、思い切った財政措置をはじめ十分な支援策を講じて、自治体を後押しする責務がある。

 改正案は、子どもを親から引き離す「介入」機能の強化のため、児相内で介入担当者と、子どもを家庭に戻すための「保護者支援」の担当者を分けるよう定めた。

 これも貧弱な陣容では、実現は心もとない。当面、「保護者支援」については、自治体などの協力や支援も求められよう。

 児相が危機に対応する「介入」に特化し、他の機関と役割分担することも選択肢の一つだろう。

 一方、体罰容認の根拠となってきた民法上の懲戒権については、施行後2年をめどに、あり方を見直すとした。早急に検討を本格化させ、体罰の定義を明確にし、禁止の啓発に取り組むべきだ。

 

児童虐待防止 命を守れる体制整備を(2019年3月20日配信『朝日新聞』―「社説」)

 

 虐待防止強化のための児童福祉法などの改正案が国会に提出された。

 親による子への体罰禁止を法律に明記することになったのは前進と言える。しかし虐待防止に不可欠な児童相談所の体制強化にはなお課題も多い。

 子どもの命を守るために何が必要か。国会で議論を深め、今後の取り組みに生かさねばならない。

 法改正の柱である体罰禁止については、厚生労働省が今後、何が体罰に当たるかなどのガイドラインを作る。民法が規定する親の子どもに対する懲戒権の扱いは、改正法の施行後2年をめどに検討するとされた。

 体罰禁止に罰則はない。しかし「しつけ」の名のもとに暴力を正当化することは許されないことが、社会の共通認識となれば、児相が家庭に関わりやすくなる。わかりやすいガイドラインと啓発活動が求められる。

 親に対する指導や援助にもあたる児相が、親との関係悪化を恐れて一時保護などをためらう傾向があると指摘されていることを受けて、「介入」と「支援」の機能を担う職員、部署を分けることを促す。弁護士による助言・指導が常時受けられる体制の整備も求める。

 「介入」と「支援」の分離を先行実施している児相では、知見が蓄積されるなどの効果も報告されている。ただ、機能を分けるだけで、ちゅうちょなく一時保護ができるものでもない。リスクを的確に評価できる人材の確保、育成が欠かせない。

 地域の児相を増やすため、人口などをもとに設置の目安となる基準を新たに設けるという。現在の都道府県と政令指定市に加え、中核市に設置を義務づける案もあったが、自治体側が反対し、3年前の法改正の時と同様、施行後5年をめどに政府が支援するとの内容にとどめた。

 中核市では06年度から児相の設置が可能となっているが、整備は進んでいない。今回義務づけができなかったのも、財政負担や人材確保への懸念、「国の支援が十分でない」との不満があるからだ。

 児相が保護をためらわず、深刻な虐待のケースに専念できるようにするには、一時保護の受け皿となる施設や、児相と役割分担する市町村の支援拠点の整備も必要になる。

 いずれもかぎとなるのは財政的な裏付けだ。制度改革が絵に描いた餅に終わらぬよう、いかに人や予算を手当てするか。虐待の悲劇を終わらせるため、あらゆる政策の優先順位を見直していかねばならない。

 

体罰禁止法制化 悲惨な児童虐待なくす契機に(2019年3月20日配信『読売新聞』―「社説」)

 

 痛ましい児童虐待を繰り返さない。その契機とすべきである。

 政府は、親権者などから子供への体罰禁止を盛り込んだ児童虐待防止法などの改正案を閣議決定した。今国会で成立を目指す。

 改正案は、子供の「しつけ」に際し、親権者が体罰を加えてはならないことを初めて明記した。

 東京都目黒区や千葉県野田市で起きた女児の死亡事件では、「しつけ」と称して、親が凄惨せいさんな虐待を続けていた。こうした事態を防ぐことが目的である。

 体罰は、子供の発達に深刻な影響を与えるとされる。罰則は設けていないものの、禁止を法制化する意義は大きい。

 虐待が疑われる案件で、「しつけ」を主張する保護者は少なくない。禁止規定は、児童相談所などが厳しく対応する根拠になる。

 体罰の範囲などについては、政府が指針を策定する。「しつけ」との違いを具体的に示し、国民に丁寧に説明することが重要だ。

 民法の「懲戒権」についても、施行後2年をめどに見直しを検討することが改正案に記された。

 親権者は必要な範囲で子供を懲戒できると規定され、結果的に体罰を正当化する口実に使われているとの批判が強かった。虐待の深刻化を踏まえれば、懲戒権のあり方を見直すのは妥当だろう。

 親子関係に与える影響など、考慮すべき点も多い。慎重に議論を深めてもらいたい。

 課題は、いかに体罰の排除に実効性を持たせるかである。家庭内の様子は、外部からは見えにくい。体罰を禁止するだけでは防ぎきれないのが現実だろう。

 児童相談所のさらなる機能強化を急ぐ必要がある。

 改正案は、子供を保護者から引き離す職員と保護者支援を担う職員を分離することを明確にした。親との関係悪化を恐れ、対応が遅れる傾向があるためだ。弁護士や医師などから助言を受けられる体制の整備も欠かせない。

 政府は、児童福祉司を大幅に増員する方針だ。現状では、自治体の人事異動で数年で替わる場合が多く、経験不足が指摘される。国家資格化を含め、採用や育成のあり方を検討すべきだ。

 DV(配偶者間暴力)対策との連携も強化する。家庭内の暴力は子供にも向かいやすい。関係機関が協力し、虐待の早期発見につなげなければならない。

 地域住民らも虐待の兆候に敏感でありたい。社会全体で子供を守る意識が大切だ。

 

(2019年3月20日配信『東京新聞』−「筆洗」)

 

「われわれの間では普通ムチで打って息子を懲罰する。この国ではめったに行われない。ただ言葉によって譴責(けんせき)するだけである」「注目すべきことに、家庭でも子供を打つ、叩(たた)く、殴るといったことはほとんどなかった」。かつてのある国の印象である。かくも子に優しき国はどこか

▼答えは江戸期の日本である。当時来日した複数の欧州人がそう語っている。思想史家、渡辺京二さんの『逝きし世の面影』の中に紹介されている。当時の欧州では体罰があたりまえで、日本人が体罰を使わぬことを不思議がっている

▼時代は変わって昨日。政府は親権者のしつけに際し体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を閣議決定した

▼相次ぐ、しつけの名を借りた虐待事件を踏まえての判断だろう。体罰の定義があいまいな点など問題もあるが、親の暴力に泣き、命を落とす子がいる現状を思えば、法制化は理解できる

▼やっかいなのは江戸期はともかく親の体罰が長い間容認されていた過去である。親にたたかれた経験のない人を見つけるのが難しいという世代もある

▼体罰と手を切る。それは難しい挑戦になる。戸惑いもあろうが、決意と自信をもって挑むしかあるまい。かつての欧州人の言葉を信じるなら、われわれの先輩たちはもともと子どもに寛大で「手で打つことなどとてもできることではない」ほどなのである。

 

親の体罰禁止 社会の認識を改めねば(2019年3月20日配信『北国新聞』―「社説」)

 

 親による子どもの体罰を禁止する児童虐待防止法改正案などが国会に提出された。家庭の「しつけ」の在り方について、意識変革を迫る法案である。わが子のしつけのため、場合によりある程度の体罰は許されると考える親は少なくない。しつけ名目の体罰が虐待にエスカレートするのを防ぐには、「体で覚えさせる」といった考え方を改める必要があることを社会の共通認識にしていかなければなるまい。

 親の体罰禁止規定には、罰則が設けられておらず、実効性に欠ける懸念は拭えないが、体罰の定義が不明確な状態では、罰を科すのも難しい。親権者といえども許されぬ体罰の内容や範囲などを、政府は具体的に示す必要がある。

 児童虐待防止のための法改正の動きは、昨年3月の船戸結愛ちゃん死亡事件を契機に本格化し、今年1月の栗原心愛ちゃん死亡事件で一気に具体化した。児童相談所の体制強化を柱とした当初の改正方針から、親や児童福祉施設長らの体罰禁止にまで踏み込む一方、民法の「懲戒権」の見直しについては、改正法施行後2年をめどに検討し、必要な措置を取るとした判断は妥当であろう。

 児童虐待防止のためには、法理念を社会に定着させるとともに、児相の体制強化など、具体的な対策によって改正法に実効性を持たせなければならない。今回の児相強化策で注目されるのは、一時保護などの「介入」で子どもを保護する職員と、保護者支援を担う職員とを分けることである。

 現在の児相職員は、子どもを親から引き離して保護する役割と、親を支援する役割の双方を同時に担っているため、心身の負担が大きい。親子関係の維持に気を遣って介入をためらう懸念も指摘されるため、職員の役割を分けて、一時保護などの判断を迅速、的確に行えるようにする。

 児童虐待では、母親が暴力を受けている例もあるため、関係機関との連携強化を打ち出したのはよい。児童虐待の一方で、子どもの家庭内暴力も増えており、子育てに悩む親を支援する自治体の取り組み強化も求めたい。

 

「こちら(日本)では、うまく説明できないのですが...(2019年3月20日配信『高知新聞』―「小社会」)

 

 「こちら(日本)では、うまく説明できないのですが、しつけというものが例外なく外にあらわれてくるのです」。明治中期に来日した英国公使夫人、メアリー・クロファード・フレイザーという女性が手紙の中で語っている。

 幕末から明治にかけて日本を訪れた外国人は、おしなべて日本が子どもの天国であることに驚いている。冒頭の言葉は「日本絶賛語録」(村岡正明編)から拾った。

 フレイザー夫人がいう「しつけ」は子どもが怒鳴られたり、罰を受けたりせずとも好ましい態度を身につけていること。逆にいえば当時、進んだ教育が行われていたはずの外国の方が、子どもに罰を与えていたとも考えられる。

 時は進み、彼我の差はどうなったのか。親権者のしつけでも体罰を禁止する児童虐待防止法と関係法の改正案を、政府が閣議決定した。親に必要な範囲で子どもを戒めることを認めている民法の「懲戒権」は、改正法施行後2年をめどに検討し、必要な措置を取るという。

 いかにもまどろこしい、持って回った言い方だ。こんなことで法改正の効果は上がるのか。「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかできませんか」。小学4年の女子の悲痛な叫びを前に、大人は結局、無力だった。

 暴力という力の支配を伴う「体罰」と、罰がなくても好ましい態度が子に身につく「しつけ」。この違いも分からぬような大人たちでどうする。

 

父と娘の会話(2019年3月20日配信『琉球新報』−「金口木舌」)

 

 休暇をもらって東京へ行った時のこと。満員電車の中でほほ笑ましい父と娘を見掛けた。父親の年齢は30代半ばか。娘は小学3年くらいだろう。少々いたずらっ子らしい

▼娘は手にした紙片を父親の口元に押し付ける。「食べて」と言っているのだろうか。困ったような笑顔を浮かべ、父は紙片をくわえた。今度はをつねった。父は怒るでもなく、ただ笑っている

▼アナウンスや車輪の音に遮られ2人の会話の内容は聞こえないが、とても楽しげだ。周りの乗客は押し黙ってスマホの画面を見つめている。殺伐とした雰囲気が漂う車内で、親子の間に温かな空気を感じる

▼誰もが目にする、ありふれた親子の姿かもしれないが、痛ましい事件の後だけに和やかな関係が心に染みる。一時、糸満市で暮らしていた栗原心愛(みあ)さんが亡くなって、もうすぐ2カ月

▼2018年に摘発した児童虐待事件は1380件、被害に遭った子どもは1394人だったと警察庁が発表した。いずれも過去最多だ。なぜ子を殴り、あるいは育児を放棄するのか。社会の病理がここに極まる。大人の責任だ

▼電車内で親子を見ていたのは3分程度。列車を降りた2人は身を寄せ合って階段の向こうに消えた。私たちは笑顔で子に接し、会話を交わしているだろうか。仕事を言い訳にして、子との触れ合いを忘れてはいないか。わが身を省みる。

 

児童相談所と法制度 大幅な体制拡充が必要だ(2019年3月19日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 虐待防止に向けた児童福祉法と児童虐待防止法の改正案がきょう閣議決定され、今国会に提出される。

 体罰の禁止を法律に明記することにはなった。だが、急増する虐待に児童相談所の体制が追いつかない現状の改善については不十分と言わざるを得ない。政府内で虐待対策の重要性について意思統一ができているのか疑問を感じる。

 日本の児相の特徴は、幅広い業務を少ない職員が担っていることだ。1児相が管轄する人口は平均約60万人で、欧州諸国より著しく多い。小学4年女児の虐待死が起きた千葉県野田市を管轄する柏児相は130万人以上が住む地域を担当している。

 児相の設置義務があるのは都道府県と政令市で、中核市には2カ所しかない。「網の目」の粗さが虐待の増加に対応できない要因でもある。

 厚生労働省は中核市と東京23区の児相設置を義務にする方針だったが、現場から反対され、法施行後5年をめどに設置できるよう政府が支援するという内容へ後退した。

 一方、2023年までに国が人口などを基に児相の設置基準を新たに定めることが盛り込まれる。きめ細かく対応できる体制整備は早急に進めなければならない。4年後の施行というのは遅すぎる。

 一定の講習受講などを条件に自治体職員向けに認定している「児童福祉司」を、新たに国家資格にすることも検討される。現在は都道府県の一般職員の人事異動のルールで配置されるため、2〜3年しか児相の現場にいないケースが多いが、虐待に対応できるようになるには5〜10年は現場経験が必要とされる。

 国家資格にすることで専門職であることを自治体が認め、一般職とは別枠で長く児相に在籍できるようにすることが必要だ。

 児相内で親から子どもを引き離す役割と、保護者の支援をする役割を分けることも盛り込まれる。手遅れにならないうちに子どもを保護することが期待される。

 全国の警察が18年に児相に通告した子どもは8万人を超える。被害に遭った子どもは1394人(うち死亡36人)で前年より2割も多い。児相の体制と機能を飛躍的に拡充する必要がある。今回の法改正をその第一歩にしなくてはならない。

 

(2019年3月17日配信『産経新聞』−「産経抄」)

 

 「叱る」という字の旁(つくり)をなす「七」は鋭い刃で切ることを意味する。つまり口舌の刃(やいば)で相手に傷をつけること。さりとて一刀両断では相手の立つ瀬がないし、多言を弄して切り刻んでも恨みを残す。力加減が難しい。

▼わが国で作られた漢字には、「●る」という字もある(『「国字」字典』世界文化社)。色眼鏡ではなく無色透明のまなざしで物事を見て、誤りを諭す。そんなニュアンスらしい。字体からは情けの深さや思慮がにじみ、日本ならではの成り立ちにうなずかされる。

▼同じ国字の仲間に「躾(しつけ)」もある。背骨に一本の筋を通し身を美しく保つ。親が手を上げ、痛みにより子供の身を律する行為もときには必要だろう。それは否定しない。幼い体にあざを残し、生涯消えることのない傷を心に刻む行為はしかし、「しつけ」と呼ばない。

▼虐待としつけをわきまえぬ大人の多いことに暗然とする。昨年摘発された児童虐待事件で、被害に遭った子供は約1400人いた。覚えた平仮名で親に許しを請い、短い命を閉じた女児もいる。公的機関や地域の連携で“刃(やいば)”を向ける大人から子供を守るしかない。

▼「★(しつけ)」という字も国字と聞く。心を美しく。手のひらで感触を確かめたい言葉である−と書いて、ひと月前の小欄で紹介した俳優の杉良太郎さんを思い浮かべる。ベトナムの孤児と「養子縁組」と書いたところ、杉さんの事務所から「お●り」の連絡をいただいた。

▼いまは、152人の子供たちを「里親として面倒を見ております。養子縁組はしておりません」。取材の不足による誤りで、ここに訂正させていただく。メールには、こうも添えられていた。「縁組には関係なく、愛情をもって接しています」と。千言にもまさる「★」だろう。

●=目へんに素

★=りっしんべんに美

 

あすへのとびら 子どもの虐待死 「親権の壁」なくすには(2019年3月17日配信『信濃毎日新聞』−「社説」)

 

 父親の強硬な態度に、腰の引けた対応を重ねた学校と教育委員会。児童相談所も押し切られるように子どもが自宅に戻ることを認めた。そして、「しつけのため」だとする暴力によって小さな命は奪われた―。

 千葉の小学4年生、栗原心愛(みあ)さんが父親から虐待を受けて亡くなった事件は、「親権」とは何かをあらためて考えさせる。いったいそれは誰のためのものなのか。

 明治に制定された民法は、家父長制の下で親の強い権限を認めた。以来、戦後の現憲法の下でも、親権に関わる規定はほぼそのままの形で残されてきた。

 親は子の監護と教育をする権利を有し、義務を負うと定められ、さらに親権には「懲戒権」が含まれる。監護と教育に必要な範囲内で子どもを懲らしめることができるとする規定である。

 2011年の民法改正でようやく、親権の考え方は大きく転換する。「子の利益のため」に行使することが条文に明記された。親権の実質は、養育を受ける子どもの権利にあり、親にとっては子どもに対する義務だと明確に捉え直されたことを意味する。

 子どもの権利条約の考え方を反映した改正である。国連で1989年に採択され、日本は94年に批准した。子どもの権利を保障し、常に最善の利益が考慮されなければならないと定めている。

<不徹底な民法改正>

 ただ、法改正の趣旨が徹底されたとは言えない。懲戒権は削除されなかった。「子の利益のため」が前提になり、事実上、形骸化してはいる。それでも、条文がある限り、暴力を正当化する根拠として持ち出される余地は残る。

 親だからといって、子どもを思うがままにできるわけではない。子どもは親の従属物ではない。大人と同じように、一個の人格を持つ権利の主体として尊重されるべき存在だ。

 一方で、親権は長く、ことのほか強大なもののように捉えられてきた。見えない「親権の壁」はいまだに厚く、虐待から子どもを守る妨げになっている。

 一人一人の意識に根差したこの壁を取り払い、親権は子どものためにあるという認識を広く社会で共有していきたい。そのためには、もう一歩踏み込んだ法の見直しが必要だろう。

 懲戒権を削除するとともに、親権という言葉自体を変えてはどうかと弁護士の池田清貴さんは話す。ドイツは79年に旧来の親権を廃止して、子どもに対する「親の配慮」に改めている。

<頼り合える社会へ>

 虐待は子どもの人権の重大な侵害である。児相には子どもを守るための強い権限が与えられている。家庭への立ち入り調査も、職権で一時保護もできる。かつては、親の意に反して引き離すことは少なかったようだが、子どもの安全確保を最優先する考え方に転換が図られて久しい。

 2000年には児童虐待防止法が施行され、児童福祉法の改正も重ねられて児相の権限は拡充されてきた。市町村や学校、警察など関係機関との連携も強化されている。それでも、虐待によって命を落とす子どもは絶えない。

 生活の困窮、社会からの孤立、親自身が虐待されてきた過去…。子どもへの暴力や育児放棄の背後には複雑な事情が絡み合っていることが多い。追い詰められた先に、虐待は起きてくる。

 全国の児相が17年度に対応した虐待の相談は13万件余に上った。職員の児童福祉司は平均で一人50件ほどを担当するという。人によっては100件を超す。

 個々の事例に丁寧に対応する時間や気持ちの余裕を持ちにくく、現場の疲弊は深い。児相の人員を確保するとともに、親と子を身近で支援する市町村の態勢を拡充して役割分担を進め、過重な負担を減らす必要がある。

 強制的な権限行使にあたっての司法の関与を強めることも重要だ。児相の判断の後ろ盾になるとともに、適正な手続きを保障する上で欠かせない。

 かつて当たり前にあった地域の人のつながりは薄れ、誰に頼ることもできずに子どもを抱えて困り果てている親は少なくない。子育ては、うまくいかないこと、思うに任せないことの連続だ。

 思わず怒鳴ってしまったり、かっとなって手を上げたりした経験は、親なら誰しもあるだろう。虐待は自分とは無関係なところで起きているのではない。

 子育ての責任を親だけに押しつける社会であってはならない。虐待を防ぐには、困難を抱える親に手を差し伸べ、支援につなげていくことが何より大切になる。

 つらさを抱え込まず、助けてと声を上げ、頼り合える社会をどうつくっていくか。そのために何ができるかを足元から考えたい。

 

「日本は子どもたちの天国である」…(2019年3月16日配信『福井新聞』―「越山若水」)

 

▼東京都目黒区の5歳女児、千葉県野田市の小4女児 「日本は子どもたちの天国である」―。明治維新直後に来日した米国の動物学者、E・モースは縄文後期の大森貝塚を発見した人物として考古学に名を残している

▼各地で目にした生活習慣をスケッチとともに記録した紀行文「日本その日その日」(東洋文庫)で、モースは欧米とは異なる子育て方法に驚きを隠さなかった

▼「お母さんが赤ん坊に対して癇癪(かんしゃく)を起こしているのを一度も見ていない」「彼らは甘やかされて増長してしまいそうだが、両親を敬愛し老年者を尊敬している」

▼モースと同様の感想は、安土桃山時代に日本を訪れた宣教師、ルイス・フロイスも書き残している。「ヨーロッパでは普通鞭(むち)で打って息子を懲罰するが、日本ではただ言葉によって叱(しか)るだけである」

▼西洋世界から“子ども天国”と評価されたわが国の育児環境。日本人として誇らしく思う。ところが最近は家庭内で虐待や体罰を受ける暴行事件が次々と明るみに出ている

はともに両親の虐待で命を落とした。警察庁が昨年摘発した虐待件数は1380件と過去最も多い

▼児童虐待防止に向け関連法が改正される。しつけの名による体罰禁止、民法が認める親の「懲戒権」の見直し、児童相談所の人員増など対策を強化する。かつて外国人が見た光景は幻だったのか、残念至極である。

 

児童虐待防止条例/健やかな育ち守る羅針盤に(2019年3月13日配信『福島民友新聞』―「社説」)

      

 本県の児童虐待を防ぐ仕組みの弱点を見定め、必要な手だてを絶えず講じていくための羅針盤として役立てていくことが重要だ。

 県議会の最大会派である自民党議員会は「県児童虐待防止条例(仮称)」を議員提出する方針を固めた。会派内に設けるプロジェクトチームで条例の文案などを協議する方向で、9月定例県議会への提出が見込まれる。

 児童虐待を巡っては、千葉県野田市で小4女児が自宅で死亡するなど悲惨な事件が後を絶たない。事態を重くみた国は、児童虐待防止法などの関連法を改正し、虐待を防ぐための対策強化を図ろうとしている。本県でも、児童相談所が2017年度に対応した件数は過去最多の1177件に上っており、対応は急務となっている。

 県条例制定の動きは、国の法改正に呼応しながら、本県の児童虐待を着実に減らしていく体制を整備することを目的としている。現在は自民党会派の独自の取り組みだが、その趣旨は他会派の理解を得られるものだろう。子どもたちを虐待から守る県づくりが進む条例となるよう、県議会全体で丁寧な議論を尽くしてほしい。

 県によると、全国の都道府県で児童虐待防止の条例が施行されているのは、埼玉県や大阪府など9府県となっている。それぞれの条例は虐待を防ぐ上での府県や市町村、関係機関などの役割を明文化している。府県に対し、虐待防止の基本計画の策定や議会への年次報告を求める条例もある。

 本県の実情に応じた条例をつくるためには、児童相談所や市町村の現場が抱えている課題などを的確に把握する作業が欠かせない。県議会には、行政のチェック役としての機能を十分に発揮して独自の調査や分析を積み重ね、条文に本県の課題解決に向けた道筋をしっかりと明記してもらいたい。

 17年度に県内の児童相談所が対応した虐待の事例を分析すると、虐待をした人の5割強が子どもの実の父親になっている。実の母親は約3割になっており、実の父母が子どもを虐待したケースは全体の8割を占めているのが現状だ。

 条例制定に向けた議論では、虐待が起こった後に行政が的確に対応できるかどうかなどの検証に加え、虐待が起こらない環境づくりをどのように進めていくかも重要な視点となる。若年層が体罰はしつけではないなどの考え方を学ぶ仕組みづくりも検討すべきだ。

 県議会内の議論にとどまることなく、虐待は許されないという意識を県全体で高めていく契機にもしなければならない。

 

「親の体罰禁止」法案 しつけ免罪符にした虐待許すな(2019年3月13日配信『愛媛新聞』―「社説」)

 

 「しつけ」と称する子どもへの虐待が後を絶たない。根絶に向けた一刻も早い法整備を求めたい。

 政府は保護者らによる体罰禁止を盛り込んだ児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を、今国会に提出する。ただその一方、「必要な範囲内で子どもを懲戒することができる」とする民法822条の見直しは先送りしている。教育のために子を懲らしめる懲戒権の範囲について、政府は「時代の健全な社会常識で判断される」と国会で説明するのみで、体罰が含まれる可能性を否定していない。このままでは抜け道を残すことになりかねない。民法も合わせ、関連する法律全ての改正を確実に進めるべきだ。

 民法改正については、これまで親の権利や家庭の厳しいしつけを重んじる議員らの反発があり、見送られてきた。だが、そもそもしつけや教育と暴力は相反するものであり、医学調査でも、体罰が子どもの脳の発達に深刻な影響を及ぼすことがあると明らかにされている。

 政府は5年かけて民法も見直す方針を示したが、「5年は長すぎる」との批判が議員から上がったのはもっともだ。期間の短縮を検討中だというが、しつけを免罪符とした虐待を絶つという強い決意の下、懲戒権の廃止を急がなければならない。

 昨年3月、東京都目黒区で当時5歳の船戸結愛ちゃん、今年1月には千葉県野田市で小学4年の栗原心愛さん―。虐待され命を奪われたどちらの事件も、親は「しつけ」だとして虐待を認めず、児童相談所の介入を拒んだ。児相が翻弄(ほんろう)されている間に取り返しのつかない事態を招いた事実は、あまりに重い。

 現行の虐待防止法では、しつけに関して「適切な行使に配慮しなければならない」とするにとどまる。法に体罰禁止を明記することで、強制介入に根拠を与えて子どもを救い出しやすくし、暴力を振るう親への適切な治療にもつなぐ必要がある。

 東京都が来月施行を目指す虐待防止条例案では、暴言も対象にしている。法も、子どもを守るという視点を第一に、どういった行為が体罰に当たるのか議論を重ね、実効性のある内容にしてもらいたい。

 改正案では他に、児相への弁護士や医師の配置、ドメスティックバイオレンスの対応機関との連携強化なども盛られる。痛ましい事件の教訓を胸に深く刻み、考えられる限りの手を打たなければならない。

 子どもは親の所有物ではなく尊厳すべき人権を持ったひとりの人間だ。「愛のむち」は親の身勝手に過ぎない。ただ暴力に頼らず丁寧に諭そうと思えば、じっくり子どもに向き合う忍耐とコミュニケーションの力が要り、誰しも難しい状況に直面して行き詰まることがある。保護者に対して、罰だけでなく、相談できる機会や場所を増やし、丁寧に支援するシステムを社会につくっていくことも重要だ。

 

体罰禁止法制化 虐待を根絶する一歩に(2019年3月10日配信『中国新聞』―「社説」)

 

 家庭内での体罰が法律で禁止される見通しになった。政府は、児童福祉法と児童虐待防止法などの改正案に明記し、今国会に提出する方針でいる。

 痛ましい子どもへの虐待事件が後を絶たない。そうした虐待の多くは、体罰の延長にあるとされる。暴力によって子どもを従わせる親らの体罰を法律によって明確に禁じる意義は大きい。罰則はなく理念規定となるが、家庭から暴力と虐待を根絶する一歩にしたい。

 千葉県野田市で小4の女児が虐待死した事件では、傷害容疑で逮捕された父親は「しつけのつもりだった」と供述している。昨年3月に東京都目黒区で両親から虐待を受けた5歳女児が死亡した事件でも、同じような言葉が聞かれた。

 しつけを名目にした体罰が深刻な暴力にエスカレートし、虐待を招いている実態が浮かぶ。

 問題になるのは、民法で認められている親の「懲戒権」である。「子の利益のため」との前提付きで、親は教育など必要な範囲内で子を戒めることができると定めている。

 しかし戒めと体罰の境界線はあいまいである。そのため懲戒権の規定がしつけによる体罰を正当化する口実に使われているとの指摘がある。

 今回は体罰禁止の法制化を優先させた形だが、与党内からも見直しを求める意見も少なくないという。先延ばしすることなく、懲戒権の規定削除に向けた議論をすぐに始めるべきだ。

 削除を検討する場合は、法相が法制審議会に諮問することになる。これまでの民法改正を巡る議論では、懲戒権を削除すれば「必要なしつけすらできなくなると誤解される」との慎重な意見があり、見送られた経緯がある。

 そもそも子どもに何かを身につけさせる方法として、罰などは必要ないはずだ。にもかかわらず懲戒権が残るのは、親による体罰を認める意識がいまだに根強いことの表れだろう。

 非政府組織(NGO)の「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」による2年前の調査では、体罰を容認する人が6割近くに上った。子育て中の親の7割がしつけとして、たたいた経験があった。

 今回改正する法律に実効性を持たせるためには、体罰がしつけとは違うことを明確に示すことが求められる。

 政府は、どこからが許されない行為に当たるのか、体罰に関するガイドラインを示すとしている。身体的に苦痛を与える行為だけでなく、暴言や脅迫など精神的な苦痛についても議論を深めてほしい。

 近年の研究では、激しい体罰や暴言を受けると、子どもの脳にダメージを与え、健全な発達に深刻な悪影響を及ぼすことも明らかになっている。親はしつけのつもりでも、子どもを深く傷つけてしまうこともある。「愛のむち」というような親に都合のいい言い訳は許されない。

 法改正で禁止したからといって、体罰がすぐになくなるわけではないだろう。子育てに悩む親たちを追い詰めることのないよう、相談に乗ったり支援したりする制度設計も求められる。

 どうしたら体罰に頼ったしつけを一掃できるのか。社会全体で子どもを育てる意識を根付かせていくべきだ。

 

虐待防止法改正(2019年3月10日配信『佐賀新聞』―「有明抄」)

 

 親子問題などの著書が多いフリーライター杉山春さんの『ルポ虐待』(ちくま新書)の中に、ある女性の告白がある

◆「しょっちゅう子どもが邪魔だと思っている。1歳児をどなってビンタして、そのことに自分でパニックになって…」。父から母への暴力を見て育ったこの女性は、離婚して幼子を引き取った。バイトしながらの子育て。生活費がピンチになると風俗店で働き、ストレスと不満のはけ口がわが子に向けられる

◆親から子への暴力がいとも簡単に行われることに驚いてしまう。確かに児童虐待の背景はさまざまで一様には語れない。先日、県内であった逮捕事案も育児ストレスからのもので、虐待といえるかどうか−という意見も届いた。だが、どんな理由があろうと親は子を守る存在でなければ

◆そうでないと虐待が「しつけ」でやり過ごされてしまわないか。後を絶たない虐待の防止対策の強化のため児童福祉法と虐待防止法の改正案に親からの体罰禁止を明記。また、児童相談所などが対応する際に虐待を受けた子どもの意向を尊重し反映させることを保証する「アドボケイト(代弁者)」制度の検討も盛り込むという

◆民法に規定する親から子に対する懲戒権。「子どものための懲らしめ」と言われれば何とも反論できないが、どんな理由があろうと「しつけ」に名を借りた暴力ではすこやかな成長はない。

 

親の体罰禁止 社会的合意への一歩に(2019年3月8日配信『信濃毎日新聞』−「社説」)

 

 親による子どもへの体罰を法律で明確に禁止する意義は大きい。暴力に頼らない子育てを目指す社会的な合意の下で、親子を支える取り組みを強めていく一歩にしたい。

 児童虐待防止法や児童福祉法の改正案を政府が今国会に提出する。しつけに際して体罰を加えてはならないと明記する。罰則は設けない。これまで学校教育法で教員の体罰が禁止される一方、親の体罰を禁じる法律はなかった。

 暴力によって従わせる体罰は子どもの心身を傷つけ、命に関わる深刻な虐待にもつながる。千葉の小学4年生が死亡した事件や東京・目黒の5歳の女の子が亡くなった事件でも、しつけの名で虐待が行われていた。

 しつけは子どもの成長や自立を大人が手助けするものだ。体罰はそもそも必要でなく、むしろ妨げになる。にもかかわらず、社会には許容する意識が根強く残る。NGOの調査では、容認する人が6割近くに上っている。

 法改正はそれを変えていく足掛かりになり得る。ただし、禁止したからといって体罰がなくなるわけではない。子どもへの暴力の背景には、生活の困窮や社会からの孤立といった要因が複雑に絡んでいる。周囲の助けを得られず、子育てに悩む親は少なくない。

 つい怒鳴ったり、たたいたりしてしまう。どうすればやめられるか分からない…。途方に暮れる親に、体罰は駄目だと言うだけでは追い詰めることにしかならない。責められるのを恐れ、なおさら声を出しにくくなる心配もある。

 どうすれば暴力に頼らずに子育てができるのか、親と子どもを支えていくことこそが重要だ。児童相談所や市町村による支援態勢を充実させることが欠かせない。

 子どもの権利条例を2000年に制定した川崎市の取り組みは先例になる。虐待と体罰の禁止を明記するとともに、親への支援を市の責務と定め、事業者にも配慮を求めた。続く動きを各地に広げ、体罰を容認している社会のあり方を足元から変えていきたい。

 体罰や虐待に関わって見落とせないのは、民法が定める懲戒権だ。親は子を懲らしめられるという明治以来の規定である。11年の民法改正で条文を改め、「子の利益のため」を前提としたものの、規定自体は残した。

 いまだに虐待や体罰の正当化に持ち出される余地がある。政府は懲戒権についても5年をめどに検討するとしているが、廃止を先延ばしすべきではない。

 

親による体罰の禁止 懲戒権の廃止を速やかに(2019年3月7日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 親が子どもに行う体罰が法律で禁止される見通しになった。

 政府は「児童のしつけに際して体罰を加えてはならない」などと明記する児童福祉法と児童虐待防止法の改正案を今国会に提出することを決めた。東京都目黒区や千葉県野田市で起きた女児の死亡事件で、「しつけ」名目で虐待が行われていたことがきっかけだ。

 体罰禁止を法制化するためには、民法で認められている「懲戒権」を見直す必要がある。このため改正案には、改正法施行後5年をめどに検討し、必要な措置を講ずるということも盛り込まれる予定だ。

 ただ、「改正法施行後5年」では悠長すぎる。これまでも懲戒権の見直しは児童福祉法改正の際に議論されたが、見送られてきた。親の権利を広く認める伝統的な価値観を持つ人も多いためだ。悲惨な虐待事件は続発しており、これ以上先送りすることはできない。速やかに懲戒権廃止の手続きを始めるべきである。

 懲戒権は親権者が子どもの非行を正すため、身体や精神に苦痛を加えて懲らしめることができるとして明治民法に規定された。

 現在は、教育を目的に必要な範囲でのみ認められるとされ、乱用すると家庭裁判所から親権の停止や喪失の宣言がされる。ただ、どこまでを必要な範囲とするか、教育と暴力の線引きをどうするかは、それぞれの主観によって異なる。そうしたあいまいさが体罰を容認する温床となり、児童相談所が虐待を調査する際には「壁」となってきた。

 子どもの教育やしつけは本質的に懲罰とは異なる。時代遅れの規定を民法から削除するのは当然である。

 激しい体罰や暴言を受けると感情や思考をつかさどる脳の部分に萎縮が見られたり、聴覚に障害を生じたりすることが、複数の医学的調査でわかっている。死亡には至らないケースでも多くの子どもが体罰や虐待の後遺症に苦しんでいる実態を重く受け止めるべきだ。

 現在、体罰を法律で禁止する国は50カ国以上ある。日本政府は国連から何度も体罰禁止の法制化を勧告されてきた。

 今回の法改正を契機に、子どもへの体罰や虐待を社会から一掃しなければならない。

 

親の体罰禁止法制化(2019年3月6日配信『福井新聞』―「論説」)

 

児相の機能強化が先決だ

 児童虐待による死亡事件を受け、安倍晋三首相は、親による子どもへの体罰禁止規定を明記した児童虐待防止法や、児童相談所(児相)の機能強化を盛り込んだ児童福祉法の改正案を今国会に提出する考えを明らかにした。さらに、2月に開始した全ての児童虐待事案の緊急点検を8日までに完了するとした。

 夏の参院選に向け、政府、与党が国民的関心事に取り組んでいることをアピールする狙いが透ける。真に「虐待根絶」につながるのか、熟議を求めたい。事件を受けて、ただでさえ業務が増え「パンク寸前」といわれる児相。緊急点検で問題点の洗い出しなどの一助になればいいが、手を煩わせるだけなら、これもパフォーマンスと言わざるを得ない。

 体罰を既に法律で禁止している国は54カ国あるとされる。そうした国では体罰を認めない人の割合がかなり増えており、法制化が虐待防止につながる可能性は高い。課題は体罰と「しつけ」をどう明確に線引きするかだ。

 千葉県野田市で小4女子児童が親から虐待を受けて亡くなった事件では、冷水シャワーを掛けたなどとして傷害容疑で逮捕された父親は「しつけのつもりだった」と供述している。昨年3月に東京都目黒区で起きた5歳女児虐待死事件も含め、過去の事件で逮捕された保護者の多くが「しつけ」を口にしてきた。

 子どもの支援を専門とする非政府組織(NGO)が2017年に全国2万人の大人を対象に行った調査では、しつけのための体罰を「容認する」人が56・8%に上る一方、体罰を「決してすべきではない」と考える人は43・3%にとどまった。さらに「決してすべきでない」と回答した人の中でも、「おしりをたたく」「怒鳴りつける」などについて相当数が容認。子育て中の家庭では7割が実際にしつけの一環で体罰などを用いたとしている。

 その点、東京都が全国で初めて公表した虐待防止条例案は、暴言なども含め体罰を禁じている意義は大きい。焦点は「監護および教育に必要な範囲でその子を懲戒することができる」とする民法の「懲戒権」規定を削除するかどうか。首相は「法務省に検討させる」と表明した。ただ、法制審議会で議論した場合、数年かかるともされる。与党内には規定を削除すべきとする声がある一方、削除に慎重な意見もある。国会での議論を注視したい。

 家庭での体罰禁止の流れを確かなものにするためにも、重要なのが児相の機能強化だ。野田市の事件では児相側の知識、経験不足は否めず、子どもの安全を最優先するという意識の欠如があらわになった。人員増が急務の一方で、相談や指導などを担う児童福祉司の平均勤務年数は4年余りで、ベテラン不足が課題に挙がっている。虐待に対する介入機能の強化は無論、体罰をする保護者の相談やカウンセリング体制の充実も欠かせない。取り組むべき課題は山積している。

 

体罰禁止法制化 暴力に頼らないしつけを(2019年3月6日配信『西日本新聞』―「社説」)

 

 痛ましい児童虐待が後を絶たない現状を受け、政府が保護者による体罰禁止の法制化を検討している。今国会に提出する児童福祉法と児童虐待防止法の改正案に反映させるという。

 親が必要な範囲で子を戒めることを認めた民法の「懲戒権」との関係については、5年ほどかけて議論するという。

 児童虐待の深刻な現状を踏まえれば、まずは法改正で体罰禁止の理念を打ち出すことは、妥当な判断と言えよう。

 千葉県野田市の小4女児虐待死事件で、傷害容疑で逮捕された両親は暴行を「しつけ」と供述しているとされる。福岡県警筑紫野署に先月、8歳女児にけがをさせたとして傷害容疑で逮捕された母親らも「しつけの一環で水風呂に入れた」と話しているという。

 しつけの名の下に子どもに体罰を与えるうちに、過酷な虐待にエスカレートした事例は珍しくない。背景に、「親なら体罰を伴うしつけも許される」という考えの広がりがありはしないか。公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)が2017年に行った調査では、実に約6割の大人が何らかの形で体罰を容認している。

 「体罰が禁止されると、必要なしつけが十分できなくなる」という意見がある。家族の関係に国が法律で介入することに批判的な人もあろう。

 教員などの体罰は学校教育法で禁じられている。家庭内でも同様に許されないと法律で示すことは、虐待が広がる現状への一定の歯止めとなり得るだろう。子どもの人権を守るためには必要な法整備と考えられる。

 政府は体罰の定義についてガイドラインを示すという。身体に苦痛を与える直接的な行為だけでなく、侮辱や脅迫など心を傷つける行為も、禁止の対象とすべきだという識者もいる。

 子どものしつけは、痛みや恐怖を使うのではなく、粘り強く心に響く言葉で行うことが肝要だ。あくまでも子どもの安全と尊厳を守る視点に立脚した、丁寧な議論を政府に求めたい。

 乳幼児の親は、泣きやまない時や言うことを聞かない時にいら立ち、いけないと分かっていても、つい手を上げたくなることもあろう。それを抑えきれなければ、継続的な虐待の端緒になる恐れもある。孤立して不安を抱えている親はいないか。行政と地域で子育てをきめ細かく支援することも必要だ。

 SCJによると、体罰を法律で禁止している国は50カ国を超え、法制化後は体罰を容認する人の割合が減少したというデータもある。体罰禁止の法整備を、家庭から暴力に頼ったしつけを一掃する契機としたい。

 

おかあさんは ふわふわ 論説副委員長・別府育郎(2019年3月5日配信『産経新聞』−「風を読む」)

 

 「おかあさんは/どこでもふわふわ/ほっぺは ぷにょぷにょ/ふくらはぎは ぽよぽよ/ふとももは ぼよん/うでは もちもち/おなかは 小人さんが/トランポリンをしたら/とおくへとんでいくくらい/はずんでいる…」

 「おかあさん」と題され、平成19年の「晩翠わかば賞」で佳作となったこの詩は、青森県八戸市の男児が書いた。子供本来の素直な母親への愛情、無制限の信頼が言葉に満ちあふれている。男児は翌年、その母に絞殺された。9歳だった。

 幼い命が家庭内で失われる度、なぜかこの詩を思いだす。もちろんそれぞれに事情は違う。ただ親に、大人に裏切られる子供を思うと胸苦しくなり、この文面が浮かぶのだ。

 昨年3月、東京都目黒区で5歳の船戸結愛ちゃんが両親の虐待を受けて亡くなった。室内からは「もうおねがい ゆるしてください おねがいします」などと書かれた反省ノートがみつかった。幼女の必死の懇願を、両親は無視した。

 千葉県野田市では1月、10歳の栗原心愛さんが自宅で死亡し、両親が傷害容疑で逮捕された。小学校のアンケートに「お父さんにぼう力を受けています」「先生、どうにかできませんか」と訴えていたが、教育委員会は父親の威圧に恐怖を覚え、文面のコピーを渡してしまった。

 アンケートには「ひみつをまもります」と明記されていた。ここにも子供を裏切った大人がいる。

 悲惨な事件が起きる度に法律をいじる。法の不備を正すことは重要だが、虐待根絶の決定打とはなっていない。それぞれの事件を顧みれば、現行法下でも、子供の命を救える機会は多々あった。

 学校は家庭に立ち入ろうとせず、児童相談所は「介入」より「支援」を重視してきた。警察には「民事不介入」の歴史がある。家庭は社会に守られるべき重要な単位だが、一方で社会から隔絶された密室ともなり得る。大多数の親が子供に愛情をそそぐ中で虐待の萌芽(ほうが)を見つけ、摘むことは容易ではない。

 それでもやらなくてはならない。虐待する親は、すでに親ではない。ただの犯罪者である。そうした意識改革がまず必要なのではないか。

 

ひな祭りの写真(2019年3月3日配信『北海道新聞』ー「卓上四季」)

 

「壇飾りの雛(ひな)人形を背に/晴着姿の幼い姉妹が並んで坐(すわ)っている/姉は姉らしく分別のある顔で/妹も妹らしくいとけない顔で」。詩人、吉野弘さんの「一枚の写真」はこんなふうに始まる

▼ひな祭りの記念写真なのだろう。「この写真のシャッターを押したのは/多分、お父さまだが/お父さまの指に指を重ねて/同時にシャッターを押したものがいる/その名は『幸福』」。女の子の幸せを願う「桃の節句」にふさわしい詩だ

▼東京都目黒区で5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが親からの虐待で亡くなったのは、昨年のひな祭り前日だった。「もうおねがい ゆるして」と覚えたてのひらがなで書かれたノートや、あどけない笑顔の写真を思い出す。あの写真を撮ったのは、暴行を加え、栄養失調のまま放置したとされる父親だったのだろうか

▼一年たつが、悲惨な児童虐待は後を絶たない。発覚するたびに、児童相談所、自治体などの連携のまずさや及び腰が指摘され、「救える命だったのに」とほぞをかむ

▼結愛ちゃん事件をきっかけに、政府が行った調査によると、保育所や学校に通わず、安全を確認できない子どもが全国で約3千人、道内でも174人いるという

▼事は急を要する。関係機関だけでなく、私たちがもっと、よその子どもに注意を向けるべきだろう。幸福の証しであるはずの写真を胸つぶれる思いで眺めるのは、もうたくさんだ。

 

(2019年3月3日配信『東奥日報』―「天地人」)

 

きょうはひな祭り。女の子の健やかな成長や幸福を願う日。ひな祭りは昔、宮中や貴族の間で行われていたが、武家社会にやがて広がり、江戸時代に五節句の一つと定められ、庶民の行事になったという(柏書房「現代こよみ読み解き事典」)。

 ひな人形を飾り、白酒、ひし餅などを供えるのが一般的だが、家庭によりさまざまだろう。ところが最近は健やかな成長を願うどころか、虐待を受けた女の子が亡くなる胸の痛む事件が相次いだ。今年は千葉の小学4年生栗原心愛(みあ)さん。昨年は東京の5歳船戸結愛(ゆあ)ちゃん。

 歳時記を見ていたら、ひな祭りのすぐそばに「雁風呂(がんぶろ)」という季語があった。「雁供養(かりくよう)」とも言う。本県の津軽半島・外ケ浜の伝説とされ、どことなく哀れを誘う話で、ご存じの方も多いだろう。

 雁は秋の渡りのときに海上で休むための木片をくわえていて、陸に着くと浜辺に落とす。春になると再び、その木片をくわえて北へ帰るのだが、越冬中に落命した雁の数だけ浜辺に木片が残る。村人はその木片を拾い集めて風呂をたき、雁を供養したという。

 心愛さんと結愛ちゃんもわれわれの社会に木片を落としていったような気がする。心愛さんの事件について行政の対応の検証などが進められているが、事件後も子どもの虐待が報じられている。2人が残した木片の重み、教訓をしっかり受け止めねばならない。

 

(2019年3月3日配信『デイリー東北』―「天鐘」)

 

和室に緋毛氈(ひもうせん)を敷いたひな壇が飾られると、いつもの部屋が華やかに一変した。かつては女の子のいる家庭でよく見られたひな祭りの情景。最近少なくなったと思うのは気のせいか

▼飾り方に現代事情がほの見える。祖父母は孫のために奮発して七段飾りを買ってあげたい、でも親たちはコンパクトな物でいいと考える。いつの時代も世代間ギャップは生じるもの。加えて近年は、戸建てでも広い和室を設ける家は減った

▼伝統の中にもトレンドがあるのだろう。2人だけの親王飾り、布や紙などで手作りした人形を飾る家も増えている。豪華でなくてもいい。形は変わっても娘、孫の健やかな成長を願うのは同じ

▼元々ひな人形は、時代が古いほど質素だったという。当初は、紙で作ったもので「ひとがた」と呼ばれた。身の厄(やく)を移して水に流す風習が始まり。子の災いを代わり受けてくれることへの感謝を込めてひな人形を飾ったともされる

▼女児が犠牲になる事件が相次いでいる。胸が痛む。まだまだひな祭りの主役でいるはずだった。幼い命のために、せめて苦しみが消されるよう人形に願う

▼今日は桃の節句。ひな祭りの料理とお菓子を楽しむ家庭も多いはず。めっきり春めいてきた。春らしい色といえば、ひし餅の三色には意味がある。赤は魔除け、白は清らかさと長寿、緑は健康を表すという。子供たちが守られ、幸を得られるように。

 

児童虐待防止法改正 現場強化、着実に進めよ(2019年2月22日配信『茨城・佐賀新聞』―「論説」)

 

千葉県野田市立小4年の栗原心愛さんが虐待を受けて亡くなった事件を巡り政府、与党は親による体罰禁止を児童虐待防止法の改正案に明記する方向で検討に入った。民法から「監護および教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」とする「懲戒権」の規定を削除すべきだとの声も与党内にあり、併せて議論するとみられる。

心愛さんに冷水シャワーを掛けたなどとして傷害容疑で逮捕された父親は「しつけのつもりだった」と供述。東京都目黒区で昨年3月に起きた5歳女児虐待死も含め、過去の事件で逮捕された保護者の多くが同じ言葉を口にしてきた。都は既に、全国で初めて体罰禁止を盛り込んだ虐待防止条例案を公表している。

いずれも「しつけ」と称する体罰が虐待につながりかねないという懸念に端を発している。しかし、しつけと体罰との間にはっきり線を引くのは難しく、そもそも虐待防止にどれほどの効果があるのか見通せない。過去に民法改正の議論では「必要なしつけすら、できなくなると誤解される」との慎重意見もあった。

虐待防止に政府が強い姿勢を示すという意義はあるだろう。ただ、それも「パンク寸前」といわれ、心愛さんを巡る対応で不手際を重ねた児童相談所の体制をきちんと立て直してこそで、人材の確保や養成などにより現場対応の強化を着実に進めなくてはならない。

民法の懲戒権は「子の利益」のためにあり、虐待防止法は民法に基づく監護や教育に必要な範囲を超えて懲戒してはならないと規定。また学校教育法は校長や教員が教育上必要があると認めるときは懲戒を加えることができると定めた上で「ただし、体罰を加えることはできない」とする。

文部科学省は通知で「有形力の行使により行われた懲戒は、その一切が体罰として許されないというものではない」とし、殴る蹴る、長時間の正座・直立など肉体的苦痛を与える場合は体罰に当たると説明している。

 都の条例案は暴言なども含め体罰を禁じる。ただ家庭という閉ざされた空間で起きたことが体罰か、しつけかという判断は困難を伴うだろう。とはいえ、体罰を法律で禁止している国は54カ国ある。そうした国で体罰を容認する人の割合が大きく減ったとされ、体罰禁止の法制化が虐待防止につながると期待する人は少なくない。

 そうするためには、児相の対応強化が重要になる。心愛さんを巡る経緯からは児相側の虐待に関する知識や経験の不足、さらに子どもの安全を最優先するという意識のなさがあらわになった。

 心愛さんが学校アンケートで父親の暴力を訴え、一時保護した。ところが娘が書いたとして「お父さんにたたかれたというのはうそ」との書面を父親から見せられ、書かされた可能性を疑いつつも、自宅に戻す決定をした。後日、児相職員が学校で面談した心愛さんから「書かされた」と明かされても特段の措置は取らず、安全を確認する家庭訪問もしなかった。

 児相の人員増が叫ばれ、心愛さんの事案を担当した柏児相も最近増員されたが、相談や指導、支援に当たる児童福祉司の平均勤務年数は4年余りで、ベテラン不在を指摘する声もある。政府は児童福祉司らを大幅に増やすが、その配置などにも気を配る必要がある。

 

虐待(2019年2月22日配信『佐賀新聞』―「有明抄」)

 

 「まるで地殻変動のように人の心が壊れていく」。もう10年以上前だが、伊万里市であった「家読サミット」で聞いた作家柳田邦男さんの言葉を今も覚えている

◆あのころも連日のように、いじめや児童虐待が深刻な社会問題になっていた。柳田さんは、他者の悲しみや痛みを共感する感性が日ごと廃れていく現実を憂えながら目を赤くし、言葉を詰まらせ「幼い子どもへの虐待ほどむごく、痛ましいものはない。幼子の命をいとおしむ感性を取り戻して」

◆親からの暴力がどれほど深く、長く子どもの心を傷つけるか、親たちは知っているだろうか。2歳児を足蹴にした容疑で母親が唐津署に逮捕されたその日、鹿児島や広島でも同様の事案が発覚。本紙は「子の涙 やまぬ虐待」(19日付)の見出しで報じた

◆県内で昨年1年間に虐待の疑いで県警が児童相談所に通告した子どもは204人(暫定値)。前年の約2倍。悲しい“408粒の涙”である。柳田さんは「失われた人の感性を取り戻してくれるもの、それは絵本である」。絵本を読んで何になると思っている人ほど絵本を−と訴えていた

◆絵本を開けば乾いた心が潤ってくる。先の親たちは絵本など手に取ったことがあったろうか。親と子の間には、その数だけ愛情の形があると言うが、今はただわが子を抱きしめてほしいのである

 

(2019年2月9日配信『日本経済新聞』―「春秋」)

 

親はわが子に、思いを込めて名前をつける。生まれてくるときを夫婦で指折り数え、辞書と首っ引きであれこれ悩む。そんな、幸せに満ちた日々があったのではないのか。だからこそ娘に「心」「愛」という優しく温かい言葉を贈ったのではなかったのか。それなのに。

▼いつの間にか親の心の中に棲(す)みついた、魔物の所業としか思えない。千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛(みあ)さんが自宅で死亡した事件。連日のように新たな、そして痛ましい事実が報じられる。自分を愛してくれるはずの親から受ける暴力、救いを求めた大人たちの裏切り、だれも助けてはくれないと悟った日の絶望――。

▼「もうおねがい ゆるしてください」。ひらがなで綴(つづ)った文章を残し亡くなった東京・目黒の女児は「結愛(ゆあ)」ちゃんだった。あれから1年もたたない。政府はきのう関係閣僚会議を開いて緊急対策を打ち出した。当然のことである。だが閣僚会議は結愛ちゃんの事件の後にも開かれ、この時も緊急対策が打ち出されていた。

▼赤ん坊のお尻のあざを虐待と疑われ、通報された。子どもを車に残して店に立ち寄ったら、警官に囲まれた。海外勤務の経験者からこんな話を聞く。子どもの命と安全に関して、私たちはもっと敏感に反応すべきなのだろう。調べた結果何もなければ、それはそれでOK。そう言って皆が納得し合う社会でいいではないか。

 

虐待で緊急対策 相談段階から情報共有を(2019年2月9日配信『北国新聞』―「社説」)

 

 政府は児童虐待を防ぐために関係閣僚会議を開き、緊急対策を決めた。千葉県の小4女児が親の虐待で死亡した事件を受けて、虐待が疑われる児童の安全を1カ月以内に確認する。

 児童虐待の通報や相談は北陸でも増えている。石川県警は昨年、虐待を受けている疑いがあるとして470人を児童相談所に通告した。前年より85人も増えて過去最多となった傾向は看過できない。

 通告対象となった児童の安全は守られているだろうか。ほかにも人知れず虐待に泣く子供がいるのではないかと気にかかる。

 千葉県野田市の自宅で亡くなった栗原心愛(みあ)さんは助けを求めたのに、児相も学校も市教委も救えなかった。昨年、東京都目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが親の虐待で亡くなり、関係機関の不適切な対応が問題になったばかりである。

 虐待防止に携わる機関の多くは懸命に任務を果たしているのだろう。しかし、心愛さんの意思を確認しないまま親の元に戻した児相や、父親の暴力を訴えたアンケートの回答を父親に見せた教委は、人命を最優先にして対処しなかったと批判されても仕方がない。

 これ以上、悲惨な事件を繰り返さないために、虐待防止に携わる関係者は、何が何でも子供の命を守る覚悟を持ってほしい。

 再発防止に欠かせないのは関係機関の連携である。家庭の立ち入り調査や児童の保護で児相と警察が協力するのはもちろん、相談の段階から情報共有を進める必要はないだろうか。

 石川県では虐待やいじめなど、児童の命や安全にかかわる相談を受ける窓口は複数ある。教委、警察、法務局、弁護士会などが個別に応じている相談の中には、事態の深刻化が懸念される情報が入っているかもしれない。

 児童をめぐる相談に応じる機関は、それぞれ立場も権限も異なる。視点の違いで相談内容の受け止め方が変わる可能性もあるだろう。危険の兆候が見過ごされないように、各機関が情報を共有し、連携して対応できる仕組みがほしい。子供の命を守るためには、あらゆる手を尽くさなければならない。

 

児童虐待 体罰ない社会考えたい(2019年2月1日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 「しつけ」と称した暴行で子どもの命が奪われる事件が後を絶たない。東京都は全国で初めて親の体罰禁止を盛り込んだ条例案を近く議会に上程する。体罰を社会全体で考える契機にできないか。

 「しつけで立たせたり、怒鳴ったりした」。小学4年女児が亡くなった千葉県野田市の虐待事件で、傷害容疑で逮捕された父親はそう説明しているという。女児が1年以上前に「父親からいじめを受けた」と学校のアンケートでSOSを発していたのに、命を救うことができなかった事実は重い。

 都が条例制定に乗り出したのは昨年、同じように痛ましい虐待事件が目黒区で起きたからだ。骨子案によると、保護者などの責務として「体罰その他の品位を傷つける形態による罰を子どもに与えてはならない」と定めている。

 日本も批准している国連子どもの権利条約では、保護者によるあらゆる身体的、精神的暴力から子どもを保護するための立法などを締約国に求めている。体罰を法律で禁止している国は現在、スウェーデンやドイツなど50カ国以上。日本は保護者の体罰を明確に禁止する法律はない。

 家庭内のことに法がどこまで立ち入るべきか、「しつけ」の範囲がどこまでなのか、議論が分かれることがその背景にはあるだろう。民法では明治以来、親の懲戒権が認められている。2011年の法改正でも、文言は変更されたが懲戒権そのものは残った。

 江田五月法相(当時)は法務委員会で「親がしつけなどをできなくなるんじゃないかという誤った理解を社会に与える」と削除しなかった理由を説明している。

 NGOセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが一昨年約2万人を対象に行った意識調査では約6割がしつけのための体罰を容認している。一方で、法律が人々の意識の変化を促す側面もある。体罰を禁止した国では容認する人の割合は減少し、体罰や虐待の減少が報告されている国もあるという。

 児童相談所の体制や子どもにかかわる各組織の連携強化など、事件が起こるたびあらわとなる社会の弱点を補うことはもちろん必要だ。子育てに悩む保護者が孤立を深めることのないよう、支援施策の充実も欠かせない。

 そのうえで都の条例案は、子どもたちの幸せのために社会が何ができるか一石を投じているのではないか。法のありようについても議論が深まることを期待したい。

 

虐待(2019年2月1日配信『佐賀新聞』―「有明抄」)

 

 「おねがい、ゆるしてください」。痛々しい幼い文字をノートに残し昨年6月、虐待で亡くなった東京・目黒の女の子の名前は「結愛ちゃん」だった。生まれてわずか5年。“愛を結ぶ”こともなく親の手で命を奪われた

◆あの時、児童虐待の痛ましさに涙したが、千葉県野田市で、またしても「しつけだ」とうそぶく父親の虐待で10歳の女の子が死んでしまった。名前は「心愛ちゃん」。名前は親の思いそのままだと信じたいが、心も愛もない人間の仕業、何ということだ

◆「子どもは親の所有物」と言わんばかりに虐待を繰り返す親たちがいる。わが子がうとましいと殴る、蹴る。言うことをきかないと熱湯をかけたり、冷水を浴びせたり。一番身近な親からの暴力ほど残酷なものはない。助けを求めることの出来ない家庭という密室で襲い来る恐怖と絶望。例えようのない悲しみと孤独

◆父親からの暴力に耐えかねた心愛ちゃんは学校のアンケートで「お父さんからいじめを受けている」と回答。「お父さんが怖い」「お母さんがいない時にたたかれる」と助けを求めていたが、悲痛なSOSは届かなかった

◆増え続ける児童虐待。児童相談所の“断罪”ばかりでは何も解決はしない。声を殺して泣きながら助けを待っている悲しみの子どもたちを救う社会システムを本気で考えなくては…。

 

[小4女児死亡]救える命だったのでは(2019年1月31日配信『沖縄タイムス』−「社説」)

 

 学級委員長を務めるなどとても頑張り屋だったという。

 千葉県野田市立小4年の栗原心愛(みあ)さん(10)が自宅の浴室で死亡しているのが発見された。傷害容疑で逮捕された父親の勇一郎容疑者(41)の虐待が疑われている。母親(31)は警察に「夜中に起こして立たせることがあった。やめてと言ったが聞いてもらえなかった」と話している。

 悔やんでも悔やみきれないのは、多くのSOSを出していたのに、受け止められなかったことだ。

 心愛さんは2017年9月、糸満市から野田市立小に転校。学校が実施したアンケートで「父からいじめを受けている」と回答した。柏児童相談所が「身体的虐待を受けている疑いがある」と一時保護。「父に背中や首、顔をたたかれ、顔をグーで殴られた」「お母さんがいない時にたたかれる」などと告白。頬にたたかれたような痕があったという。

 児相は保護中に父親と8回面会したが、虐待を否定。「虐待は一時的で、重篤でなく改善した」として保護を解除した。だが、その後心愛さんと父親との関係を一度も直接確認していない。継続的面談が必要だったはずである。児相は不手際を認めている。

 18年1月に死亡時に通っていた野田市内の別の小学校に転校。今年1月の始業式から休んでいたが、児相は「夏休み明けに約1週間休んだこともある」とこの際も直接確認しなかった。救える命だったのではないか。

 学校側も児相にすぐに連絡することをせず、家庭訪問もしなかった。大きなリスクにつながる認識がない上に消極的な関わり方である。

    ■    ■

 心愛さんらは母親の実家がある糸満市に09年に転入した。17年7月、父親による心愛さんへの「どう喝」と、母親へのドメスティックバイオレンス(DV)の相談が親族から市に寄せられた。

 糸満市は父親との面談を2度設定したが、キャンセルされ、家庭訪問ができなかった。市はこれ以上のことはしていない。身体的虐待を確認できるか学校側と連携したが、当時の担任教諭は「見える範囲ではあざなどは見当たらなかった。背中などは見ていない」と話す。心愛さんや母親から個別に事情を聴かなかったのだろうか。

 家族は翌8月に野田市に転居。糸満市の情報提供文にはDVに関する記述はあったものの、心愛さんが父親からどう喝を受けていることは伝えていなかった。

    ■    ■

 虐待が疑われるケースでは転居の際に情報共有することが重要だ。15年に宮古島市で起きた当時3歳の女児虐待死事件ではコザ児相と同市などで危機感に齟齬(そご)があった。

 18年に東京・目黒区で両親から虐待を受けて死亡した当時5歳の船戸結愛ちゃんも香川県から東京に転居したが、差し迫った危険性の認識が共有されていなかった。

 心愛さんの命を救うチャンスはあったはずである。児相、自治体、学校の連携はどうだったのか。痛ましい事件を二度と繰り返さないためにも徹底検証が必要だ。

 

亡くなってから大人にいろんなことを…(2019年1月30日配信『沖縄タイムス』−「大弦小弦」)

 

 「亡くなってから大人にいろんなことを教えてくれるんです」。以前、虐待死した子らのケースを学ぶ研修会を取材した際の医師の言葉が忘れられない。遺体に残る傷跡が暴行を物語る。耳をふさぎたくなる話だったが、虐待の実態を直視する機会にもなった

▼ただ、残念ながら虐待死は後を絶たない。千葉県の小学4年生栗原心愛(みあ)さん(10)が父親から冷水をかけられるなどして自宅浴室で死亡した事件。悲惨な事件に胸が痛む。なぜ救えなかったのか

▼心愛さんが学校のアンケートで「父親からいじめを受けた」と訴えたことをきっかけに、児童相談所が一時保護した。だが、保護の解除後は、児相や学校側は自宅を訪問しておらず、虐待リスクへの対応は継続されていなかった

▼児相は対応の不足を認めているが、あまりにも無責任すぎないか。学校側も長期欠席について、家庭訪問で確認することはなく、結果的にリスクは見過ごされてしまった

▼自宅近くでは怒鳴り声や泣き叫ぶ声も頻繁に聞かれたという。多くのSOSがあったにもかかわらず、この異常に気づいてあげられなかったのか。悔やまれてならない

▼虐待の背景や原因は多岐にわたる。発見や解決に難しさがあるからこそ、行政や支援機関、地域などのネットワークが重要となる。子の命を守るのは社会の目だ。

 

勝海舟の父(2019年1月19日配信『南日本新聞』―「くろしお」)

 

 「夢酔独言(むすいどくげん)」は、咸臨丸で太平洋を渡った勝海舟の父親・勝小吉が記録した生涯の回想録である。原文はべらんめえ調の江戸言葉で書かれ、粗野だが一本気ですがすがしい。

 「四十二歳になって初めて人として守るべき道などを少し知ったら、これまでの所行が恐ろしくなった」という反省文らしい箇所もある。しかも「よくよく読んで味わえ」との注釈付きだ。よほどの自由人だったのだろう(楠かつのり「からだが弾む日本語)」。

 そんな小吉に、息子への愛にあふれた逸話がある。犬に睾丸(こうがん)をかまれて危篤状態に陥った幼い勝海舟を三日三晩抱いて体を温め続けたという。海舟は九死に一生を得たが、その時、命を落としていたら幕末、維新の歴史は違う形になった。

 親が子を虐待死させる事件が後を絶たない。2016年12月に、生後1カ月の長男を激しく揺さぶり、約半年後に死亡させたとして、神奈川県警が26歳の父親を逮捕した。県警によると「揺さぶった結果、死亡させてしまったが殺意はなかった」と供述している。

 昨年は東京都目黒区で、両親から虐待され、亡くなった5歳の女児が生前に「もうおねがい ゆるして」と書き残していたことから悲惨な実態が明らかに。虐待の相談や通告を受けて児童相談所が対応した件数は全国で13万件を超えた。

 夢酔独言には「男たるものはけっして、おれの真似などはしない方がいい」ともあるが子どもに注ぐ愛情だけは見習うべきだろう。きょうは勝海舟没後120年。江戸無血開城を実現した人に、そんな父親がいたことにも思いをはせたい。

 

児童相談所の役割 虐待の一掃に向け全力を(2018年12月30日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 児童虐待の深刻さを改めて突きつけられた1年だった。

 全国の児童相談所が対応した虐待は13万件を超え、過去最多を更新した。東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃんが虐待され死亡した事件では、児相職員のずさんな対応や児相間の連携不足が露呈して批判を集めた。

 虐待されている子どもを迅速に救済できるよう、児相の機能強化を急がなくてはならない。

 政府は結愛ちゃん事件を受け、2022年度までの4年間に児相職員を2890人増員するなどの新プランを正式決定した。現在の1・6倍に当たる人員増である。

 この中には経験の浅い職員を指導するスーパーバイザー約300人が含まれる。児相の現場では3〜4年で異動する職員が多く、困難なケースに対応できる職員が足りないと指摘されているためだ。

 「子ども家庭総合支援拠点」を全市町村に設置することも新プランに盛り込まれた。虐待を受けた子が施設に入らず家庭にとどまる場合、継続的に見守る制度だ。16年の児童福祉法改正で導入されたが、まだ106市町村にとどまっている。

 緊急事態に児相が集中するためには、それ以外の仕事を市町村がもっと担う必要がある。

 支援拠点は社会福祉法人などに委託することも認められている。子どもの支援の経験が豊富な職員のいる法人もある。地域ぐるみで児相をバックアップすべきだ。

 来年の通常国会に提出される児童福祉法改正案には、児相が被虐待児を迅速に保護する方策が盛り込まれる予定だ。全児相に弁護士を常勤させることなどが検討されている。

 現行法でも弁護士配置の規定はあるが、常勤しているのは全国212の児相のうち7カ所に過ぎない。親の意向に反しても子どもを保護するには、弁護士の知識やセンスをいつでも活用できる体制が必要だろう。

 児相の増設も検討すべきだ。増え続ける虐待に対応するには、都道府県と政令市だけでなく、すべての中核市や特別区に児相があることが望ましい。そのためには国の財政支援が不可欠だろう。

 児相は虐待される子を守る最後のとりでだ。国も自治体も全力を挙げて機能強化を図るべきである。

 

児童虐待防止 地域連携さらに強めたい(2018年12月4日信『山陽新聞』―「社説」)

  

 日本子ども虐待防止学会の学術集会おかやま大会(全国大会)が11月30日、12月1日に倉敷市で開かれた。医療、福祉、教育、司法、行政などあらゆる立場の人が一堂に会する研究会で、岡山県内の取り組みも紹介された。虐待防止に何が必要か、あらためて考えたい。

 虐待といえば、全国の児童相談所(児相)が住民の通報などを受け、対応していることは広く知られる。ただ、児相だけで虐待が防げないことは言うまでもない。

 集会では、子どもを支援する各地の民間団体によるシンポジウムがあり、「こどもを主体とした地域づくりネットワークおかやま」の直島克樹代表(川崎医療福祉大講師)が岡山県内の取り組みを紹介した。

 子どもの貧困が注目されるようになり、県内でも子ども食堂や学習支援の活動が増えている。同ネットワークはそうした活動に取り組む県内の民間団体の連携組織である。

 貧困の実態は見えにくいが、地域にできた居場所では「昨日から食べていない」「昨日までガスが止まっていた」などの子どもの声が聞かれるという。地域で居場所づくりに関わる人と専門家がうまく連携できれば、子どもが漏らすSOSを必要な支援につなげることもできる。小学校区などの単位で地域住民と専門家の連携を強める必要がある、と直島さんは指摘した。

 子どもの権利を守る視点での取り組みも注目された。子どもの権利条約を日本は1994年に批准した。昨年、厚生労働省の有識者会議がまとめた「新しい社会的養育ビジョン」は子どもの権利擁護の重要性をあらためて強調している。集会では、児相に一時保護された子どもの意見表明権をテーマにしたシンポジウムもあり、岡山県の児相の取り組みが報告された。

 一般にはほとんど知られていないが、虐待などで一時保護された子どもは親元に戻るかどうかなどの処遇が決まるまで、児相の施設で一定期間を過ごす。外出は制限され、学校にも通えない。

 岡山県内の児相では、児相に配置された弁護士が一時保護中の子どもたちに初めて意見を聞いた。友達と会えない不満や保護期間の見通しが示されない不安など、さまざまな声があったという。児相職員は、思いを聞いてもらった子どもが元気になる様子が感じられた、としている。

 弁護士による聞き取りは全国的にも珍しいという。一時保護をはじめ、さまざまな場面で子どもたちの意見表明権が保障されるよう、議論を進める一歩にしたい。

 これまでの全国大会の開催地では「開催を機に、地域の連携が進んだ」(奥山真紀子・学会理事長)という。地域の子どもを地域で支え、子どもの権利を守るという視点を大切にしながら、多様な分野の専門家と地域の連携をさらに強めたい。

 

東京5歳虐待死検証報告 連携の輪、もっと広げよ(2018年11月18日配信『中国新聞』−「社説」)

 

 東京都目黒区で今年3月、5歳の女の子が両親による虐待で亡くなった事件について、一家が以前暮らしていた香川県の第三者委員会と引っ越し先の都の専門家会議が今月、相次いで検証報告書を公表した。

 虐待リスクに対する双方の児童相談所の見極めが不十分で、引き継ぎにも不備があった点をいずれも指摘している。

 防げたはずの悲劇である。先ごろ報告書をまとめた厚生労働省の専門委員会も「国や自治体のマニュアルを守っていれば、亡くなる確率は低かった」としている。一家を送り出した側、受け入れた側、そして国と、それぞれの視点で検証した内容を全国の児相で共有し、再発防止に役立ててもらいたい。

 おととしの時点で虐待に気付いていた香川の児相は、2回も一時保護をしていた。しかし医師や弁護士ら専門家に相談することもなく、保護者の同意なしにできる施設入所も家裁に申し立てなかった。今年1月には、東京への転居を受けて児童福祉司による指導も解除していた。そのため、命綱の一つである指導が途切れてしまった。

 香川の児相は、緊急性の評価に使う「リスクアセスメントシート」を作っていなかった。虐待対応の手引として、国が作成を求めているものだ。また、香川県警から転居についての記載書類を求められたにもかかわらず、送っていなかった。そのため県警から警視庁にも伝わらなかった。

 転居に伴う引き継ぎは、ことごとく不十分だった。引っ越し先である都の側に、リスク管理の上でずれを生じさせる要因となったのは間違いない。

 都側も、引き継ぎ資料にある「けが自体は軽微」との記述にとらわれ、リスクを過小評価していた。家庭訪問の際には母親が女児との面会を拒んだため、保護者との関係づくりへの支障を恐れ、立ち入りなどを検討しなかったという。なぜ母親が面会を断るのか、思いを致す必要があったのではないか。

 この点については厚労省の専門委も「安全確認ができない場合は、リスクがあると判断し、速やかに立ち入り調査を」「面会拒否には毅然(きぜん)として対応するべきだ」とした。全国の児相に対するメッセージだろう。

 今年1〜6月に虐待の疑いで警察が児相に通告した子どもは全国で3万7千人を超え、上半期では過去最多となった。対応強化は急務と言える。

 国は今回の事件を受け、7月に緊急対策を示している。虐待通告から48時間以内に安全確認できない場合、立ち入り調査を実施するルールを決めた。

 一方で、増え続ける虐待事件への対応やそのたびのルール変更で、児童福祉司たち児相スタッフの疲弊がさらに進む恐れも指摘される。家庭への訪問に追われ、継続的な支援が困難との声は現場からも上がっている。

 児相の体制や相互連携の強化を掲げるなら、現場が力を発揮できるだけの手当てが欠かせない。国は4年で児童福祉司2千人を増員する方針だが、一人前に動けるまでには時間がかかるとの指摘もある。

 児相だけの対応には限界があろう。警察や自治体などの関係機関、専門職、民間団体とも連携を深め、速やかで細やかな対応を急ぐべきである。

 

児童相談所の虐待対応 習熟した専門職の養成を(2018年10月15日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 増え続ける虐待に対応するため、政府は児童相談所で働く児童福祉司の増員を打ち出している。しかし、それだけで難しい虐待事例に対応できるだろうか。

 虐待の通報があっても、親が虐待を否定し、子どもにも会えない。子どもは親をかばって虐待を否定する。リスクをどう判断し、いつ子どもの保護に踏み切るかは難しい。そうした事案を1人の職員がいくつも同時に抱えているのが実情だ。

 全国210カ所の児童相談所で働く児童福祉司は現在約3200人で、政府は来年度から4年間で2000人増員するという。この10年で虐待件数は3・3倍に増えており、職員の増員は不可欠だ。

 ただ、児童福祉司は国家資格ではなく、大学で心理や教育を学んだ人や社会福祉士資格を持っている人を自治体が任用することになっている。一般行政職員を一時的に児童福祉司に任用し、3年程度で他の部署に異動させている自治体は多い。

 児童相談所の組織のあり方や運用に関する国の基準は緩く、自治体間格差が著しい。職員のほとんどが一般行政職という相談所もある。

 困難な虐待事例に対応できるようになるには10年はかかると言われているが、10年以上の経験のある児童福祉司は17%しかいない。虐待が増加する中で経験者に仕事が集中し、ストレスで離職する人も少なくない。その結果、若い福祉司の育成がますます難しくなっている。

 児童福祉司の仕事は、親から子どもを強制的に保護することもあり、一般の行政サービスとはまったく異なる。児童福祉司の資格基準を厳格化し、一般職とは別枠の採用・人事制度にすべきではないか。

 NPOなどには長年にわたり虐待に取り組んでいる人材がいる。弁護士や医療機関と緊密に連携しているところもある。経験豊富な民間との人事交流も検討していいだろう。

 複雑な法的問題が絡む事案は増えている。改正児童福祉法で2016年から児童相談所に原則として弁護士を配置することが定められた。実際には非常勤も含めて弁護士がいる児童相談所はわずかだ。

 数を増やすだけでなく、個々の児童福祉司の質を高め、児童相談所の機能を強化しなければならない。

 

目黒虐待死報告  児相は対応力強化図れ(2018年10月8日配信『京都新聞』−「社説」)

 

 救えたはずの命を救えなかった。教訓を改めて胸に刻みたい。

 東京都目黒区で両親から虐待されていた船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=が亡くなった事件で、厚生労働省の専門委員会が報告書をまとめた。

 児童相談所(児相)は虐待を把握しながらも的確な判断ができず、関係機関と連携や転居に伴う引き継ぎも不十分だった、と指摘した。

 専門委の委員長は「適切に対応していれば亡くなる確率はかなり低かった」と総括した。児相の不作為が招いた悲劇といえる。

 全国の児相はじめ関係機関は検証結果を共有し、今後に生かしてほしい。

 香川県の児相は虐待を一昨年に把握し、2回も一時保護していた。今年1月の東京転居後、都の児相が家庭訪問したが、母親に拒まれて結愛ちゃんに会えないまま最悪の事態に至った。

 問題なのは、香川の児相が緊急性の評価に使われる「リスクアセスメントシート」を作っていなかったことだ。国が虐待対応の手引きで作成を求めているが、マニュアルを守っていなかった。

 これが東京の児相への引き継ぎに影響した。けがの写真など客観的資料も送付せず、電話連絡のため認識のずれが生じてしまった。

 専門委はこうした点を踏まえ、緊急性の高い事案は職員が対面して引き継ぐことやテレビ会議など代替手段活用を児相に求めた。安全確認ができない場合は立ち入り調査の早期実施検討も提言した。関係者は重く受け止めるべきだ。

 政府は7月、今回の事件を受け、児童福祉司の増員などの緊急対策をまとめた。現場が力を発揮できるよう、国は対策を着実に進めねばならない。

 児相は職員の資質向上と職務への意識改革に努め、対応力を強化する必要がある。適切な判断を支える医師、弁護士など専門職の配置拡充にも取り組むべきだ。

 今年1〜6月に虐待を受けている疑いがあるとして警察が児相に通告した子どもは約3万7千人に上り、上半期として過去最多となった。児相だけでは対応が困難になっている。市町村や警察など関係機関、民間団体との連携強化が急務だ。

 核家族化が進み、近所付き合いも薄れる中、孤立した親による虐待が深刻化している。地域の子どもの様子を見守り、困っている親がいたら手を差し伸べたい。悲劇を繰り返さないため何ができるか社会全体で考える必要がある。

 

「女の子が頬にあざをつくって登園…(2018年10月7日配信『福井新聞』-「越山若水」)

 

 「女の子が頬にあざをつくって登園した」「元気だけど傷は前にもあった」。仮に保育園から、こんな通報を役所が受けたとしたら対応の緊急度は「今すぐ」「48時間以内」のどちらか

▼十数年前、自治体職員向けの児童虐待の研修会で目にした問いである。答えは「今すぐ」。理由はけがが頭に近いことと、暴力が繰り返されているかもしれないことだった

▼ちなみに48時間は遅くとも対応するべき目安。さらに研修は続く。「保育園に着いてまず何をする」。園長と話す、保育士に様子を聞く、などの答えを講師は不合格にした

▼正解は「自分の目で子どもを確認する」。絶対に間接確認で済ませてはいけないから。対応のタイミングと危険度判断のありようがよく分かる研修だった▼国の虐待対応手引きを読むと「かもしれない」の発想が念入りに記される。虐待が隠れているかも、きょうだいも被害者かも、単独の判断は間違うかも…

▼でも、東京都目黒区で船戸結愛ちゃんが死亡した事件の報告書には、行政がすべて「大丈夫だろう」で動いたことが表れる

▼結愛ちゃんが転居前に住んでいた香川県の担当者は「人員不足」と漏らした。やるべきことを分かっていてやろうとしない行政の怠慢ぶりには恐怖すら覚える。今年上期、子ども虐待疑いの通告は過去最多。理不尽で犠牲になる子をもう出してはいけない。

 

目黒虐待死報告 児相職員の対応力向上を急げ(2018年10月5日配信『読売新聞』―「社説」)

 

 児童相談所の認識の甘さと緊張感を欠いた対応が、悲惨な事件の背景として浮かび上がった。再発防止に向け、体制強化を急がねばならない。

 東京都目黒区で3月に起きた船戸結愛ちゃん(当時5歳)の虐待死事件で、厚生労働省の専門委員会が報告書をまとめた。関与した香川県と東京都の児童相談所で、リスク判断や引き継ぎに問題があったとの指摘は重い。

 香川の児相は、父親の暴力を理由に結愛ちゃんを2回にわたり一時保護した。医療機関などが施設入所を求めたにもかかわらず、児相は医師や弁護士と相談することもなく、家庭復帰を決めた。

 その後、結愛ちゃんのけがや、「家に帰りたくない」と話しているとの情報が医療機関から伝えられたものの、児相は「中度」のリスクとの判断を維持した。

 一連の過程で、虐待リスク評価のチェックシートを作成しなかったことにも驚く。

 一家が転居した東京の児相は、家庭訪問の際に本人との面会を母親に拒否されたが、立ち入り調査による安否確認はしなかった。

 危険性を示す多くのサインを、なぜ見過ごしたのか。県と都は、それぞれの検証で経緯と原因を明らかにしてもらいたい。

 連携の不手際も重なった。香川の児相が転居を理由に指導措置を解除したため、東京の児相は深刻な事例と受け止めなかった。報告書が、引き継ぎ完了まで、保護者への指導などの措置を解除しないよう求めたのは、もっともだ。

 全国の児相が、報告書を踏まえて業務の改善に努めるべきだ。

 報告書からは、児相職員の能力不足が浮き彫りになった。虐待対応の中心となる児童福祉司は、自治体職員として数年で異動する場合が多い。ノウハウの蓄積が困難な構造的問題がある。

 児相職員の専門性向上が大きな課題だ。採用や育成の在り方を見直す必要がある。適切な判断を支えるために、医師や弁護士など専門職の配置拡充も重要だ。

 今回の事件を受け、政府は7月に緊急対策をまとめた。児童福祉司の大幅な増員と、子供の安全確認ができない場合の立ち入り調査の義務化や引き継ぎ時の情報共有の徹底を掲げている。迅速かつ着実に進めてほしい。

 虐待の通報件数は増え続けている。児相だけでは対応できない状況だ。自治体との役割分担を進める。警察との連携を強化する。全ての関係機関が当事者意識を持って取り組むことが大切だ。

 

目黒女児虐待 悲劇を繰り返さぬために(2018年10月5日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 東京都目黒区で3月、両親から虐待されていた船戸結愛(ゆあ)ちゃんが死亡した事件で、厚生労働省の専門委員会が検証結果をまとめた。

 明らかになったのは、救えたはずの命を救えなかった、児童相談所などの不十分な対応である。わずか5歳で生涯を閉じた結愛ちゃんは、失わなくていい命を、失ったのだ。

 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」。結愛ちゃんは両親に宛てて書いた自筆のノートを残して亡くなった。必死の思いは両親に届かず、彼女を救うべき社会は機能しなかった。大いに反省し、後悔すべきである。

 以前に住んでいた香川県の児相は、結愛ちゃんを診察した医師から「父親から暴力を受けている」などの情報提供を再三、受けながら、虐待の危険性を「中度」と判断し、記録を残していなかった。あざの確認などから2回にわたって一時保護したが、父親への指導を十分に行わず、父親の転居を理由に指導を解除した。

 東京の児相への引き継ぎでは虐待の内容、危険性の評価が不明確で、口頭での補足説明も十分ではなかった。東京の児相は母親の面会拒否で女児を確認できず、危険性の見直しもしなかった。

専門委員会の座長を務めた山縣文治・関西大教授は「行われるべきことが行われなかったこと」に唖然(あぜん)とし、「国や自治体のマニュアルを守っていれば、亡くなる確率はかなり低かったと思う」と述べた。関係機関の不作為が招いた悲劇だったといえる。

 結愛ちゃんの事件を受け、政府は2022年度までに児童福祉司を約2千人増やすなどの緊急対策をまとめた。児相の態勢強化は一歩前進だが、支援と介入のはざまで家庭に踏み込むことを躊躇(ちゅうちょ)する現状を打破しなければ、何も変わらない。警察や医療機関との連携強化とともに、徹底した意識改革が必要である。

 今年1月から6月までに、虐待の疑いがあるとして、警察が児相に通告した18歳未満の子供は3万7113人に上る。昨年同期より6851人多く、上半期としては過去最高となった。悲しいかなこれが実情だ。

 子供は親が守る。親が守れない子供は社会が守る。国が守る。結愛ちゃんの悲劇を繰り返さないために何ができるか。すべての大人に課せられた重い宿題である。

 

児童虐待 最悪の事態を防ぐため(2018年10月4日配信『信濃毎日新聞』−「社説」)

 

 もうおねがい ゆるして ゆるしてください―。親から虐待された5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが、必死な懇願も届かず、命を落としたのは7カ月前のことだ。

痛ましい事件をあらためて胸に刻み、幼い命を守る取り組みをどう広げていくかを考えたい。

 厚生労働省の専門委員会が検証報告書をまとめた。香川県から東京へ転居した際、児童相談所間の引き継ぎで危険性が十分に伝わらなかったと指摘している。

 香川の児相は虐待を一昨年に把握し、けがをした結愛ちゃんを2度にわたって一時保護していた。今年1月に転居した後、都の児相が家庭訪問したものの、母親に拒まれて結愛ちゃんには会えないまま、最悪の事態に至った。

 その反省を踏まえ、緊急性が高い事案は電話や書類だけでなく職員が対面して引き継ぐことを児相に求めた。子どもの安全が確認できないときは速やかに立ち入り調査をする必要性も挙げた。

 政府は7月に決めた緊急対策で、児童福祉司を2022年度までにおよそ2千人増やすことを打ち出している。子どもとの面談や保護者の指導にあたる児相職員である。増員により、全体で5千人以上に態勢を拡充する。

 児相は増え続ける虐待への対応に追われ、手いっぱいの状況にある。虐待の背後には生活の困窮など複雑な事情が絡む場合が多い。人を増やすだけでなく、経験を積んだ職員が継続して関われる仕組みをつくることが欠かせない。

 強制的に家庭に立ち入る「臨検」の手続きを簡素化するなど、児相の機能は強化されてきた。それが職員をさらに疲弊させた面もある。子どもを守ることと、親と信頼関係を築くことを同時に求められる児相のあり方そのものを見直すときにきている。

 市町村をはじめ関係機関が連携し、役割を分担することが重要になる。また、行政機関だけでは限界がある。子ども食堂や学習支援に取り組む民間の団体を含め、子どもや親に関わる人たちの幅広い協力関係を地域につくりたい。

 核家族化が進み、隣近所の人づき合いも薄れて、親が孤立し、虐待は深刻化してきた。子どもは親だけでなく社会が守り育てるべき存在だ。制度の見直しとともに、地域、社会で一人一人に何ができるかを考えたい。

 身近にいる子どもの様子に目を向けることが一歩になる。困っている親がいたら声をかけ、手を差し伸べたい。何気ないことの積み重ねが現状を変える力になる。

 

児童虐待防止 児相と市町村の「協働」で(2018年9月25日配信『西日本新聞』−「社説」)

 

 全国の児童相談所が対応する児童虐待件数は、統計を取り始めた1990年度以降、一貫して増え続けている。厚生労働省が発表した2017年度の件数は13万件を突破した。

 虐待に対する市民の関心が高まり、通報が増えている。児童が同居する家庭で起きた夫婦間の暴力事案に対処した警察が、子への心理的虐待に当たる面前ドメスティックバイオレンス(DV)として積極的に児相に通告するようになった。そんな社会的背景があるという。

 数字は氷山の一角だろう。人知れず苦しんでいる子どもは、たくさんいるに違いない。官民が一体となって、さらに虐待防止の機運を高める必要がある。

 問題は、対応件数の急増に、児相のマンパワーの拡充が追い付いていないことだ。

 虐待対応件数は99年度から10倍以上に増えたが、児童福祉司の配置数は3倍弱しか増えていない。東京・目黒の女児虐待死事件を受け、政府は22年度までに約2千人増員する方針を決めたが、対応件数の増加傾向を踏まえれば、とうてい十分な措置とは言えまい。

 対応事案のうち増加率が著しいのは、面前DVを含む心理的虐待である。この約10年で身体的虐待が約2倍に増えたのに対し、心理的虐待は実に約8倍にも増えている。

 生命に直接的な危機が及ばないとはいえ、心理的虐待を軽くみるわけにはいかない。心の成長に長期にわたって深いダメージが残る。適切なケアが欠かせないことは言うまでもない。

 ただし、虐待相談・通告の中には、児相ではなく、市町村の子育て支援などで対応可能な事案もある。県や市町村の虐待対応は改正児童福祉法などで明確化されてもいることだ。

 大分県は警察からの通告や情報提供はいったん児童相談所で受理し、状況や危険度を精査した上で、市町村との役割分担を積極的に進めている。

 児相による市町村職員の研修や情報共有にも力を入れているという。こうした取り組みを九州各地に広げたい。

 児童虐待による死亡事案は、被害者が0歳児で加害者は実母であるケースが多い。「予期しない妊娠」の末に起きた悲劇も目立つ。妊娠期から支援が必要な母親を早期に把握し、継続的な支援を行う取り組みも、市町村が中核となるだろう。

 子どもの安全と命を守り、体や心をしっかりケアする。当然のことながら、児相と市町村だけで、そのすべてを担うことは不可能だ。警察や病院、民間団体や地域住民が広く協働し、社会全体で子どもへの虐待を防ぐ態勢を構築したい。

 

児童虐待過去最多/小さなSOSに耳澄まそう(2018年9月14日配信『福島民友』−「社説」)

      

 悲しい記録の更新はいつまで続くのか。心が痛む事態に歯止めをかけなければならない。

 県内4カ所の児童相談所が2017年度に児童虐待の相談や通告を受けて対応した件数は1177件で統計を始めた1990年度以降、過去最多となった。前年度比では23%増となり、全国平均の9%増を大幅に上回る高い水準だ。

 虐待を分類別にみると、心理的虐待が771件で最も多く、身体的虐待が224件、ネグレクト(育児放棄)が162件、性的虐待が20件と続く。

 配偶者への暴力で子どもがストレスを受ける「面前DV」が心理的虐待として認知され、通報を受けた警察が児相通告を徹底化していることなどを反映した。児童虐待防止に特効薬はない。児相の機能充実とともに、警察や市町村との連携強化が一層求められる。

 件数の増加に伴って、児相で相談や調査に携わる児童福祉司の負担は大きくなるばかりだ。直近4年間の県内の児童福祉司数と件数をみると、14年度は39人・394件、15年度は40人・529件、16年度は41人・956件、17年度が46人・1177件という状況だ。1人当たりの件数を単純計算すれば14年度は約10件だったのが、17年度は約26件にまで増えている。

 政府は16年度に「児相強化プラン」を作成し、19年度までに全国で550人の増員を計画。県はこれに呼応して「19年度に50人」を目標に掲げ、本年度は48人まで増えた。しかし、件数増に追い付いておらず、業務に追われる姿を想像するのは難しくない。

 虐待を巡っては今年3月、東京都目黒区で5歳女児が両親から虐待されて死亡する事件が起きるなど深刻なケースが後を絶たない。このため政府は緊急対策を打ち出し22年度までに児童福祉司を約2千人増やすことを決めた。

 虐待に関わる業務を確実に担っていくためには、経験を積んだ職員が必要となるが、厚生労働省によると、全国の現場では勤務経験が3年未満の職員が全体の約4割を占める。人員を拡充するとともに、対応能力など資質の向上にも力を入れる必要がある。

 昨年からは市町村でも児童虐待に対応する専門職の配置が義務付けられた。県はパートナーとなる市町村との協力体制をさらに強めなければならない。

 虐待は、保護者の孤立や貧困などが複雑に絡み合っている場合が多い。小さな気付きが子どもを救い、保護者を支えることになる。虐待を未然に防ぐために手を差し伸べ合う社会づくりを進めたい。

 

(2018年9月12日配信『東奥日報』−「天地人」)

 

日本人はかなり古い時代から、幼い者を「コ=子」と呼んで大人と区別していたという。万葉集にある山上憶良の<銀(しろかね)も金(くがね)も玉もなにせむにまされる宝子にしかめやも>という歌はよく知られる(森山茂樹・中江和恵「日本子ども史」平凡社)。

 幼い者の呼び名はほかにもある。ミドリゴ、チゴ、ワラワ、コゾウ…。ガキは子どもをいやしんで言う言葉だ。江戸時代に盛んに使われたらしい。「このガキ」という言い方は、子どもへの愛情はあまり感じられない。

 親の愛情をたっぷりと受けることなく、心や体を傷つけられる子どもがなかなか減らない。全国の児童相談所が2017年度に、虐待通告などに対応した件数は最多となった。配偶者への暴力で子どもがストレスを受ける「面前DV」が虐待に当たるとの理解が進み、通告が増えた。虐待や経済的事情により親元で暮らせない子が、児童養護施設などで虐待を受けるケースも増えているというから残念だ。

 東京で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが虐待されて死亡した事件から半年が過ぎた。「おねがいゆるして」という結愛ちゃんがノートに残した言葉を思い出すと、今も悲しみと憤りが込み上げる。

 しかし、目を背けてはいられない。政府は7月に緊急対策を打ち出した。虐待のない社会づくりへ向けて、さらに機運を高めたい。子どもはどんな宝よりも大切なはずだから。

 

児童虐待最多更新 児相の負担軽減を急げ(2018年9月8日配信『秋田魁新報』−「社説」)

 

 全国210カ所の児童相談所(児相)が2017年度に相談や通告を受けて対応した児童虐待件数は13万3778件に上り、過去最多を更新した。厚生労働省の統計開始から27年連続の増加。本県も過去最多の460件で、前年度に比べ50件(12・2%)増えた。

 配偶者への暴力を目の当たりにした子どもがストレスを受ける「面前DV」が心理的虐待として認知されたことが、児相への通告増加につながったとみられる。通報を受けた警察が児相への通告を徹底していることも大きいようだ。

 このため児相の負担が増えており、体制強化を急がなくてはならない。この10年で対応件数が3・3倍に増えたのに対し、児童福祉司は1・5倍足らず。児童虐待防止法のガイドラインは虐待通告から48時間以内に安全確認するよう求めているが、人手は足りておらず、児童福祉司ら職員が毎日のように新たな家庭への訪問に追われている児相もあるという。

 今年3月に東京都目黒区の5歳女児が両親の虐待で亡くなった事件を受け、政府は7月、虐待防止の緊急対策をまとめた。柱は現在約3200人の児童福祉司の数を22年度までに約2千人増やすことである。

 ただ、専門性を備えた人材の育成には時間がかかる。膨大な数の通告や相談の中からリスクの高い事案を見極めるには相応の経験が不可欠だが、現実には別の部署に異動する例は多く、児童福祉司の4割は勤務経験が3年未満といわれる。経験を生かして働き続けられる仕組みづくりを急いでほしい。

 県内では一昨年、小学4年女児が母親に殺害される事件が起きた。県の第三者委員会は、転居を機に孤立を深めた母親の支援を巡り、児相と自治体などの連携が不十分だったとする報告書をまとめた。情報共有し、危機意識を持って臨んでいれば切れ目のない支援につながっていたはずであり、悔やまれる。

 厚労省は昨年4月、児相から市町村への事案送致を可能にした。これも児相の負担軽減策の一つ。保護の必要な緊急性の高いケースは児相が対応する一方、面前DVなど比較的軽微なケースは市町村が対応する。ただ市町村の受け入れ体制が整っておらず、運用は進んでいない。

 児童虐待件数が増え続けている現実を踏まえれば、市町村との役割分担はもはや待ったなしだ。市町村の体制整備を急ぐとともに、問題解決を児相任せにしないことを、改めて関係機関同士で確認してほしい。

 児相は子どもの一時保護のため強制的に家庭に立ち入る「介入」を行う一方、その先を見据えた親子関係修復への「支援」も担う。保護者との関係を重視するあまり、子どもの保護に二の足を踏むケースもあると言われて久しい。介入と支援を児相と別の機関が分業するような案も含め、幅広い議論が必要だ。

 

[児童虐待対策]母の孤立防ぐ手だてを(2018年9月5日配信『沖縄タイムス』−「社説」)

 

 全国の児童相談所が2017年度に対応した児童虐待の件数が13万3778件に上った。厚生労働省が統計を始めた1990年度の約1100件から27年連続で過去最多を更新している。

 児童虐待を巡っては今年3月、東京都目黒区で両親から虐待を受け死亡した5歳の女の子が残した「おねがい ゆるして」のメモが社会に衝撃を与えた。

 なぜ、わが子を虐待するのか。どうしたら子どもを救えるのか。

 13万件余りの虐待の中で最も多かったのは「面前DV」や無視、暴言などの心理的虐待である。身体的虐待、育児放棄(ネグレクト)と続く。

 右肩上がりの相談や通告の背景には、これまで見過ごされてきたケースの掘り起こしがあるが、心理的虐待だからといって軽いというものではない。

 母親が父親に殴られる姿を目の当たりにする面前DVや、「おまえなんか生まれなければよかった」などの暴言は、子どもの心を深く傷付け、成長に影を落とす恐れがあるからだ。

 目黒女児虐待死事件を受けて政府は、児童虐待防止の緊急対策を決定している。

 2022年度までに児童福祉司を約2千人増員し、子どもの安全確認を徹底するための立ち入り調査のルール化などである。

 目黒の事件では女児の転居に伴い、前居住地と現居住地の児相でリスク認識にズレがあったことが指摘されている。

 体制強化に必要なのは人員増とともに、専門性の向上だ。

■    ■

 厚労省の調査では、16年度に心中以外で虐待死した子どもが49人いたことも明らかになっている。うち6割を超える32人が0歳児で、その半分の16人が0カ月だった。

 さらに過去10年の虐待死事例から、母親の約2割が10代で妊娠したことが分かっている。

 「予期しない妊娠」「妊婦健診未受診」「母子健康手帳の未交付」が高い割合を占め、困窮世帯も多かった。

 事件が報じられるたびに怒りや悲しみを覚えるが、しかし親の責任を追及し、処罰するだけでは問題は解決しない。

 思いがけない妊娠で誰にも相談できず悩んでいたのだろうか。妊娠を隠しながら、母子手帳をもらい、妊婦健診に通うことが難しいのは容易に想像できる。

 虐待の背後にSOSを出せない母親の孤立が見える。

 ■    ■

 1人で悩み、情報が届きにくい環境にある女性を、適切な支援へとつなげるには、公的機関の積極的なアプローチが重要となる。

 沖縄市が3日、県助産師会母子未来センターに開いた「若年妊産婦の居場所」は、10代で妊娠・出産した母親と赤ちゃんを支援する県内では初めての施設だ。

 出産年齢が低いほど経済的自立が難しく児童虐待が起きやすいことを考えると、身近な相談窓口として若年層への周知を徹底してほしい。

 母親たちの孤立を防ぐ居場所機能に期待する。

 

児童虐待対策 関係機関は一層の連携強化を(2018年9月4日配信『読売新聞』―「社説」)

 

 悲惨な児童虐待が後を絶たない。子供の安全・安心を守るための体制強化が急務である。

 全国の児童相談所が2017年度に対応した児童虐待事案は、13万3778件に上った。前年度より1万1203件増えて過去最多を更新した。

 虐待の種類別では、暴言や子供の面前での家族間暴力などの心理的虐待が54%を占め、顕著に増えている。暴力などの身体的虐待が25%、世話を放棄するネグレクトが20%と続く。

 社会的認識の高まりに加え、警察が面前暴力の児相への通告を徹底したことが、増加の要因だ。

 児相の虐待対応件数が過去10年間で3・3倍に増加する一方、児童福祉司の配置数は1・4倍にとどまる。人手不足で重篤な事案が見落とされかねない。児相の機能強化と併せ、警察や市町村との一層の連携が求められる。

 東京都目黒区で、虐待を受けた5歳女児が悲痛な言葉を書き残して死亡した事件を受け、政府は7月、緊急対策をまとめた。

 22年度までに児童福祉司を2000人増やすことが柱だ。現在の1・6倍になる。子供の安全が確認できない場合の強制的な立ち入り検査の義務化や、児相と警察の情報共有強化なども掲げた。

 全ての関係機関が当事者意識を持って取り組まねばならない。

 児相を運営する都道府県と警察が情報共有の協定を結ぶ例は増えている。虐待への迅速な対応と子供の安全確保のために有効な対策だが、プライバシーを考慮して、児相からの情報提供を危険性の高い事例に限る場合も多い。

 全件共有を含め、より効果的な連携の在り方を検討すべきだ。

 児相と市町村の役割分担を進めることも欠かせない。

 児相がより深刻な事案に集中できるよう、危険性の低い事案は自治体が担う仕組みが、昨年度から導入された。子供の保護と親への支援の機能を分け、迅速な対応を促す狙いもある。

 課題は、市町村職員の対応能力の向上である。研修の充実や児相との人事交流の促進が大切だ。

 無理心中を除く虐待死の6割超を0歳児が占め、予期せぬ妊娠を背景とする場合が目立つ。妊娠期から切れ目なく相談・支援にあたる体制の整備を加速させたい。

 被害を受けた子供が安心して過ごせる場所の確保も忘れてはならない。政府は、里親や養子縁組といった家庭的環境での養育を優先する方針を掲げる。受け入れ家庭へのサポート拡充が望まれる。

 

毎週日曜日の夜放送されているドラマ「この世界の…(2018年8月19日配信『高知新聞』−「小社会」)

 

 毎週日曜日の夜放送されているドラマ「この世界の片隅に」(テレビ高知)。こうの史代さん原作の漫画には「座敷わらし」が出てくる。主人公の女性が幼いころ祖母の家で昼寝をしていると、屋根裏から女の子が下りてきた。

 子どもの姿をした精霊で、「この神の宿りたまふ家は富貴自在」と柳田国男「遠野物語」にある。しかし女の子は神様ではなかった。貧しい家に生まれた彼女は口減らしで奉公に出され、やがて身を売る境遇となる。

 青森出身の作家、三浦哲郎さんはまた違った解釈でこの神を描いた。かつてたびたび飢饉(ききん)に見舞われた東北。貧しい農家では生まれたばかりの赤ん坊を殺す間引きが見られた。座敷わらしとは犠牲となった彼らの魂である、とする(「ユタとふしぎな仲間たち」)。

 もしも今の世に座敷わらしが現れるとするなら、私たちはそれにどんな魂を重ねるだろう。〈もうおねがい ゆるして ゆるしてください〉。覚えたての平仮名でノートにつづった5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんの顔が浮かんでくる。

 東京で両親の虐待によって亡くなった事件を受け、国が対策をまとめた。児童相談所の立ち入り調査や体制の強化が柱。緊急にやるべきことと、腰を据えて継続的に取り組むことと。できることは何でもやらなければならない。

 飢饉の世でも戦時下でもない現在。これ以上、子どもの姿をした悲しい精霊を生み出したくはない。

 

虐待緊急対策 子ども守るために万策を(2018年8月19日配信『西日本新聞』−「社説」)

 

 虐待の果てに命を奪われる子どもが後を絶たない。

 東京都の5歳女児が今年3月虐待死した事件を受け、政府は児童虐待防止の緊急対策を打ち出した。子どもの安全確認を徹底し、児童相談所と警察の連携を強化することなどが柱だ。

 小さな命を救うため、確実に実施に移すべきだ。

 東京の女児を救うことはできなかったのか。強い疑念を抱かざるを得ない経緯だった。

 1月まで女児が暮らしていた香川県の児相は虐待を把握し、2度も一時保護していた。県警も父親を傷害容疑で書類送検するほど、危険な状況だった。

 情報は香川県から転居先の都の児相に引き継がれた。職員が家庭訪問したが、母親に拒まれ、女児に会えないまま事件に至った。危険性に対する都の児相の認識に、甘さがあったと批判されても仕方あるまい。

 緊急対策は、児相などに、虐待通告から48時間以内に安全確認するルールの徹底を求めた。必要に応じて警察に援助を要請し、強制立ち入り調査を実施することも明記した。国がこれまで現場に求めてきた指針の周知徹底や原則化といえよう。

 現状では、立ち入り調査に踏み込むケースは多くない。児相は虐待などの問題を抱える家族の相談に応じ支援する役割を担っている。家族との信頼関係が損なわれるのを恐れ、強制措置に躊躇(ちゅうちょ)しがちとされる。

 だが、タイミングを誤れば、最悪の事態に至りかねないことは、今回の事件で明らかだ。児相は「子どもの安全」を最優先し、立ち入り調査もためらわずに検討すべきだ。必要か否かの判断を支援するため、弁護士の児相配置も急ぐ必要がある。

 緊急対策には、児相間の引き継ぎの厳格化や、警察との情報共有の強化も盛り込まれた。

 併せて、政府は現行の児相強化プランを見直し、2022年度までに児童福祉司を約2千人増員する方針も決めた。

 いずれも着実に実施に移すことが肝要だ。

 全国の児相が対応する虐待件数は急激に増え続け、16年度は12万件を超えた。家族の「支援」と立ち入り調査などの「介入」という、二つの機能を分化させることも含め、国が児相の在り方を抜本的に見直す時期に入ったと考えるべきだろう。

 無論、虐待防止をすべて児相任せにはできない。警察や病院、民間団体や地域住民が広く協働し、社会全体で子どもを見守る態勢を構築したい。

 安倍晋三首相は緊急対策の関係閣僚会議で「全てやるという強い決意で取り組んでほしい」と指示した。国民全体でその覚悟を共有する必要がある。

 

児童虐待防止/緊急対策の早急な実行を(2018年8月16日配信『神戸新聞』−「社説」)

 

 虐待する両親に「もうおねがい ゆるして」とメモを残し、5歳で亡くなった東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん。社会に大きなショックを与えた事件を受け、政府は児童虐待防止の緊急対策をまとめた。

 先日も、生後8カ月の長女を真冬に自宅トイレに放置して凍傷を負わせた母親が逮捕された。虐待は後を絶たない。何より優先すべきは、子どもの命と安全を守ることだ。国、自治体、関係機関は連携し、対策を早急に実行しなくてはならない。

 緊急対策の柱は、児童相談所(児相)で虐待に対応する児童福祉司の増員である。2022年度までに2千人増やし、現在の1・6倍に当たる約5200人にするという。

 虐待の相談は急増し、児相の業務はパンク寸前の状態が続いている。人員増は待ったなしだ。着実に増員する一方で、専門性や対応力を高める方策も進めたい。

 児童福祉司は国家資格ではなく、社会福祉士の有資格者らの中から自治体が任用する。数年で他部署に異動することも多いといい、経験を積んだ人が継続的に担当する仕組みが必要だ。

 結愛ちゃんの事件では、一家が以前住んでいた香川県と転居先の東京都の児相間で引き継ぎが不十分だった。この反省を踏まえ、緊急性が高い場合は職員が対面で引き継ぐことを対策に盛り込んだ。

 注目されるのが「子どもの安全が確認できなかった場合は警察と情報共有し、立ち入り調査を行う」とした点だ。親の意向とは違っても、子どもの安全確保が最重要と考えるならば、やむを得ない措置だろう。

 児相は子どもの保護と親の支援を同時に担っている。時に相反する役割であり、親との関係を保つために介入をためらう傾向があるとされる。

 子どもを守る部署と、親を支える部署を分けるべきとの指摘もある。2年前の児童福祉法改正で「今後、児相の業務のあり方を検討する」との付則がついた。議論を始めるときだ。

 孤立する家庭への支援も欠かせない。貧困が親のストレスになっている場合がある。虐待死を防ぐため、地域社会も見守る体制をつくりたい。

 

児童虐待対策 児相の体制強化を着実に(2018年8月12日配信『山陽新聞』−「社説」)

  

 東京都目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親から虐待されて今年3月に死亡した事件を受け、政府が児童虐待を防ぐための緊急対策をまとめた。これを契機に、児童相談所(児相)の体制強化を着実に進める必要がある。

 緊急対策の柱は、児相で子どもや保護者の相談や指導・支援に当たっている児童福祉司を2022年度までに約2千人増員することだ。昨年4月時点で全国の児相には約3200人が配置されており、1・6倍に増やす。増員幅としては過去最大となる。

 1999年の1230人から毎年増員されてきたが、この間に虐待の対応件数は10倍以上に増え、人手不足は深刻だ。人員確保は喫緊の課題であり、まずは評価できよう。

 ただ、厚生労働省によると現状では児童福祉司の4割が勤務経験が3年未満という。専門職の育成には時間がかかり、研修の充実なども必要だ。政府、自治体は長期的な視野で予算を確保し、専門職の育成に取り組んでほしい。

 児相の運営指針では「原則48時間以内に子どもの安全を確認する」と定めているが、目黒区の事件では母親が面会を拒否し、児相が安全確認できないまま女児が死亡した。転居前に住んでいた香川県の児相と転居先を管轄する品川児相の引き継ぎが十分でなかったことも指摘されている。

 緊急対策では、安全確認ができない場合は警察と情報を共有し、立ち入り調査を実施することをルール化した。子どもが転居し、緊急性が高い場合は児相の職員同士が対面して引き継ぎ、共同で家庭訪問を行う。

 さらに緊急対策では、乳幼児健診を受診せず、未就園、不就学で安全が確認できていない子どもの情報を9月末までに把握するよう、各自治体に求めた。命を守ることを最優先に、子どもの安全確認を徹底したい。

 今回の緊急対策には盛り込まれず、検討課題として残ったものもある。児相の同じ児童福祉司が保護者への「支援」と、強制的に自宅に立ち入って子どもを保護する「介入」の双方を担っている問題だ。専門家からは、保護者との関係を重視して児相が強制的な措置を取るのをちゅうちょする原因になっているとの指摘がある。一部の児相では「支援」と「介入」を別のチームが担って成果を上げている事例もあるようだ。厚労省は有識者会議で議論するとしており、体制強化につながるよう、検討してもらいたい。

 児相の体制強化は急務だが、それだけでは虐待を防げない。虐待の背景には保護者の子育てへの不安や生活困窮などがある。2017年4月施行の改正母子保健法で全市町村に設置の努力義務が課されたのが「子育て世代包括支援センター」だ。妊娠中から支援し、虐待リスクの早期発見と予防を担う。支援センターと児相の双方が役割を果たしていくことが求められる。

 

児童虐待対策 深まる孤立を防ぎたい(2018年8月7日配信『東京新聞』−「社説」)

 

 児童虐待をどう防ぐかは依然として社会の課題だ。政府は対策を進めてきたが、痛ましい虐待死はなくならない。孤立や貧困が弱い子どもたちを追い詰めている。あらゆる手を尽くすべきだ。

 地域の支え合いが弱まり孤立が深まっている。非正規雇用が増え貧困も広がっている。その先に虐待が起こる。

 必死に生きる親子を社会から孤立させない取り組みこそ求められている。

 SOSをノートに書き残し両親の虐待で亡くなった東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5つ)の事件を受け政府が緊急対策をまとめた。

 柱は、緊急時の子どもの安全確認の徹底と、児童相談所で相談や指導、支援を担う児童福祉司を約2000人増員することだ。今の約3200人から大幅に増やす。

 虐待の対応には専門職が不可欠だ。人材確保は喫緊の課題である。公務員は削減の方向だが、必要な人材は増やすべきだ。

 安倍政権は子育て支援として教育・保育の無償化を打ち出し、消費税増税分の一部を財源に充てる方針だ。それも必要だろうが、虐待対応は命がかかっている。児童相談所の体制強化に必要な財源は優先的に確保すべきではないか。

 人材の育成には時間もかかる。政府は一過性に終わらせず継続して取り組む必要がある。

 目黒区の事件は、転居元と転居先の児童相談所間で情報共有が不十分だった。緊急対策では迅速な対応が必要な事案は対面による引き継ぎを行う。徹底した共有を図ってほしい。

 警察との情報共有も進める。既に愛知県は四月から、県の児童相談所が把握した虐待を疑われる情報全件を県警と共有している。関係機関同士での情報や危機感の共有が、どこに暮らしていても切れ目のない支援につながる。

 児童相談所は子どもたちの命を守る最後の砦(とりで)だ。だが、虐待を防ぐにはそこに至る前からの支援が大切になる。

 緊急対策では、自治体の乳幼児健診が未受診など関係機関が安全を確認できていない子どもの情報を九月末までに把握する。

 問題を抱える家庭は疲弊していて自ら声を上げることもできない場合が多いだろう。支援の必要な家庭を早く見つけ出す取り組みをさらに進めるべきだ。

 全国の児童相談所が2016年度に対応した虐待件数は、12万件を超え過去最多となっていることを忘れないでほしい。

 

虐待防止(2018年8月5日配信『佐賀新聞』−「有明抄」)

 

 永六輔・中村八大コンビが東京オリンピックの前年に世に出した「こんにちは赤ちゃん」。親になった喜びを平易な“あいさつ言葉”で紡いで共感された

◆しかし、精神科医岡田尊司さんは自著『悲しみの子どもたち』で、虐待に走る何人もの親に出会う中で「親は子どもを愛する−という、ごく当然と思われていたことが、実は当然のことではないのではないか」と感じることがあるという

◆もちろん、すべてがそうではないだろうが、家庭が密室化した現代社会で“親という名の十字架”を背負った親が増えていく。そんな親たちは周囲からしっかり支えられていないと、暴力の矛先が小さいわが子へ。大阪で小3男児を死なせた容疑で両親が逮捕された。男児は胃袋が破裂していたという

◆「許して!」と命乞いをしていた船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5歳)事件もまだ記憶から消えないが、来年度から22年度までに、虐待から子どもを守る児童福祉司を2000人増員するという。児童相談所の体制強化に向けた国の緊急対策。とても良いことだが、虐待の責任を児相や児童福祉司だけに背負わせてはいけない

◆地域の誰もが社会の宝物といえる子どもたちに眼差(まなざ)しを注ごう。今や行政機関だけでは手に負えないほど、親から虐げられている子どもが多いということを知っておくべきである。

 

児童虐待対策 スピード感と実効性を(2018年8月4日配信『北海道新聞』−「社説」)

 

 児童虐待の被害に早急に歯止めをかけねばならない。

 東京都目黒区の女児が両親から虐待され死亡した事件を受けて、政府が緊急対策をまとめた。

 2022年度までに児童相談所(児相)の児童福祉司を約2千人増やす。緊急性が高い場合は、ちゅうちょなく家庭への立ち入り調査を実施する―などが柱だ。

 問題の深刻さに照らせば妥当だろう。重要なのはスピード感を持ち、実効性を高めることだ。

 虐待にはさまざまなケースが見られる。対策に盲点はないか、不断の検証が欠かせない。

 児童福祉司は全国に約3200人配置されているが、虐待などの増加で慢性的に人手不足だ。増員は一定の効果が期待できよう。

 ただ、単純に人を増やせばいいわけではない。

 児童福祉司が的確な判断力や対応力を身に付けるためには、5年以上の経験が必要とされる。

 忙しい業務の傍ら専門性の高い人材をいかに育成するか。効率のいい研修制度などについて関係機関は知恵を絞ってもらいたい。

 緊急対策は、虐待の通告から48時間以内に子どもと面会できなかった場合、原則立ち入り調査を実施するとルール化した。

 対応が後手に回ると、子どもの命に危険が及ぶ恐れがある。迅速さは不可欠であり、警察との連携も徹底すべきだ。

 9月末までをめどに、保育所や幼稚園に通っていない子らの実態把握・状況確認も着実に進める必要がある。

 目黒区の事件では、もとの住所と転居先の児相の間で、情報伝達や危機感の共有に問題があったと指摘されている。

 その教訓を踏まえ、今回の対策が緊急性の高い事案について、文書ではなく対面で引き継ぐと明記したのはうなずける。児相の対応に切れ目があってはならず、確実に履行しなければならない。

 緊急対策とは別に、児相の業務のあり方に関する根本的な議論も求められる。

 子の一時保護と、その後の親子関係の修復という児相の業務は、ときに相反し、これが保護に二の足を踏む一因とも言われる。

 国の有識者会議は児相の機能を子の保護などに特化し、子育てに関する一般的な相談・支援といった仕事は自治体に委ねるよう提言している。

 子どもの安全・安心を最優先に検討を重ね、より良い方向性を見いだしたい。

 

虐待防止の緊急対策/児童相談所の強化急ぎたい(2018年8月3日配信『河北新報』−「社説」)

 

 「おねがいゆるして」。ノートに反省文を残して東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=が虐待死した事件を受けて、政府は児童虐待防止の緊急対策をまとめた。児童相談所(児相)で相談や支援に当たる児童福祉司を2022年度まで2000人増やす方針などを打ち出した。

 児相への虐待相談は年々増加し、16年度は12万件を超えた。統計を取り始めた1999年度の10倍以上だが、児童福祉司の人数は約2.6倍にとどまり、昨年4月現在で約3200人だ。多忙を極める児相の体制強化は喫緊の課題で、対策を急がなくてはならない。

 心中を含めた子どもの虐待死は、年間約80人に上っている。児相は家族のプライバシーに深く関与し、場合によっては子どもの命に関わる重大な事案も扱う。いかに職員の専門性や資質を高めるのか、質の強化に向けた取り組みも欠かせない。

 児童福祉司は、児相で虐待や非行などの問題解決に当たる公務員だ。国家資格ではなく、社会福祉士や大学で心理学を学んで1年以上の実務経験がある人などを自治体が任用している。

 多様なケースに的確に対応するには、一定の経験が必要だが、異動などで勤務年数が3年未満の職員が4割を占めるとされ、支援の継続の難しさや専門性の不足が指摘されてきた。どう人材を確保し、適切な育成を図るかが今後の課題となる。

 緊急対策では、児相側が子どもに会えず、安全が確認できない場合は立ち入り調査を実施するとルール化した。保護者の意に反することもあるだろうが、まずは子どもの安全確認、安全確保を最優先する必要がある。

 児相と警察の情報共有の強化も盛り込まれた。(1)虐待による外傷やネグレクト、性的虐待がある(2)通告を受けた後、48時間以内に子どもの安全確認ができない(3)一時保護などから家庭復帰した−といった情報は双方が共有するというルールを明確化した。

 さらに、子どもが転居した場合、緊急性の高いケースでは担当する児相が対面で引き継ぐとしている。いずれも今回の事件を踏まえての対策だが、児相の対応に限界があるのも事実だろう。

 児相は、子どもを一時保護するなど問題のある家庭に介入する一方で、親子関係を修復する支援も担う。子どもの安全を確保し、怒鳴り込んでくる親に対応し、親と信頼関係も築く。児相の職員に全てを求めるのは無理がある。

 警察や弁護士、市町村などと連携を図るだけでなく、深刻なケースへの介入は主として警察が担い、支援は児相や自治体が担うなど機能の分化が必要ではないか。

 悲劇を繰り返さないよう虐待防止に実効性のある仕組みをどう構築するのか、具体的な議論が求められている。

 

児童虐待の緊急対策 連携強化し悲劇防ごう(2018年7月31日配信『中国新聞』−「社説」)

 

 虐待により全国で年に子ども約80人の尊い命が奪われている。悲劇をこれ以上拡大しないよう対策を急がねばならない。

 東京都目黒区で5歳女児が両親に虐待されて死亡した事件を受け、政府は、児童虐待防止の緊急対策を決めた。異変に早く気づき対応できるようにするため、児童相談所(児相)の体制や相互の連携を強化する。

 児相の強化は、対応の中核を担う児童福祉司の増員が柱となる。全国の児相に配置されているのは昨年4月時点で3253人だった。2022年度までに2千人程度増やし、1・6倍に増員する、という。

 対応する虐待が急増しているからだ。厚生労働省が統計を始めた1990年度は1101件だったが、16年度には12万件を突破した。

 その伸びに児童福祉司の数が追い付いていない。99年の1230人の倍以上になったとはいえ、相談件数の激増に追われ、現場は悲鳴を上げている。増員は当然だろう。

 虐待の初期段階で対応する職員だけで約3万4千人いる米国などに比べ1桁少ない。しかも日本では約4割は勤務経験が3年未満と浅いのが実態という。人材不足は深刻と言えよう。

 増員するだけではなく、個々の専門性や実践力も重要だ。経験を積むべく、周囲のサポート態勢を整えてもらいたい。

 都道府県境を越えた児相間の連携強化も欠かせない。目黒の事件では、転居前の香川県の児相の情報がうまく伝わらず、リスクがどれほどか、東京の児相との間で認識にずれがあった。

 そのため、今回の対策では、転居した子どもの緊急性が高い場合、双方の児相職員が対面して引き継ぐことを原則とした。共同での家庭訪問に加え、指導などの措置が出ていれば引き継ぎ終了までは解除しないことも盛り込んだ。徹底を求めたい。

 虐待の通告を受けると「原則48時間以内に子どもの安全を確認する」よう、児相の運営指針は定めている。今回さらに、子どもと面会できなかった場合は、原則立ち入り調査することをルール化した。必要に応じて警察にも援助を求めることができる、とした。

 虐待している保護者は、児童福祉司らによる子どもとの面会を認めないことがある。目黒の事件でも、児相は母親に面会を拒否されて女児の状況を把握できていなかった。警察の介入には慎重さを求める意見もあろうが、子どもの命が第一である。

 市町村や学校、病院など関係機関の連携強化は、事件のたびに指摘されるが、進んでいるのだろうか。情報共有や役割分担を検証し、実効性のある仕組みをつくらなければならない。

 今回の対策はあくまでも、対症療法にとどまる。虐待をなくすには、遠回りのように見えても教育の役割が重要だ。まずは一人一人の命の大切さをしっかり教える。その上で、ネグレクトを含めた虐待に走る親を少しでも減らすため、子育て不安や生活困窮など背景にある問題解決にも力を尽くす必要がある。

 地域の子どもやその家族に目を向けるよう、私たちも努力したい。公的機関に任せるだけではなく、子育てグループや、子ども食堂を展開するNPOなど、重層的に見守ることこそ、虐待防止につながるはずだ。

 

[虐待防止対策] 子ども守る人材育成を(2018年7月29日配信『南日本新聞』−「社説」)

 

 両親からの虐待で東京都目黒区の5歳女児が死亡した事件を受け、政府は児童虐待防止の緊急対策を決定した。

 虐待通告から48時間以内に面会などで安全確認ができなかった場合、児童相談所が立ち入り調査を実施し、警察との情報共有も進める。子どもの面談や保護者の指導に当たる専門職の「児童福祉司」を2022年度までに約2000人増員する、などの内容だ。

 児相や警察への児童虐待の相談は年々増加している。専門的知識を持つ職員を増やすことは喫緊の課題だ。的確な判断で子どもの命を守るため、人材育成に力を尽くしてもらいたい。

 目黒区の事件では、さまざまな反省点があった。

 一つは母親が面会を拒否したため、品川児相(東京)が女児の安全を確認できなかったことだ。

 児相側は親との関係づくりを優先したと説明するが、結果的に対応は後手に回ってしまった。

 緊急対策で、立ち入り調査や警察との連携で子どもの安全確認を最優先する方針を打ち出したことは評価できる。子どもの保護を第一に考えた介入を行うべきだ。

 転居に伴う児相間のリスクの認識のずれも浮かび上がった。

 女児が転居前に住んでいた香川県の児相は「改善傾向にあった」ことを理由に、児相が面談などを行う児童福祉司指導措置を解除したが、引き続き指導が必要となる「ケース移管」と品川児相に伝えたという。

 一方、品川児相は措置が解除されていたため、終結事案である「情報提供」と受け止めた。この間のやりとりは電話だけで、危機感は伝わらなかった。

 政府の対策は、子どもが転居し、緊急性が高い場合は児相間で職員同士が対面して引き継ぐことを原則化。共同で家庭訪問することも盛り込んだ。

 対応が途切れることがないよう、具体的な情報を密に交換する仕組みをつくってほしい。

 痛ましい出来事を繰り返さないために重要なのが、高い技能を持つ人材をいかに確保するかだ。

 児童福祉司は昨年4月時点で全国の児相に3253人が配置されている。緊急対策で過去最大の増員幅となる1.6倍に増やし、児童虐待の発生や悪化を防ぐ。

 増員は歓迎だが、複雑化するケースに対応するには時間をかけて経験を積むことも必要だ。

 児相の職員だけではなく、医師や警察官なども研修を行い、関与できる人材を増やしたい。社会の多くの目が子どもたちに注がれることが虐待防止につながる。

 

児童虐待防止に総力を尽くせ(2018年7月26日配信『日経新聞』―「社説」)

 

 東京都目黒区の5歳の女児が両親から十分な食事を与えられず死亡した事件を受けて、政府が児童虐待防止の緊急対策をまとめた。このような悲劇を繰り返してはならない。早急に対応すべきだ。

 対策の柱は、児童相談所で対応にあたる児童福祉司の増員だ。今は3253人だが、2022年度までに約2000人を増やす。これまでは虐待件数の増加に、体制が追いついていなかった。

 ただ人数を増やすだけでなく、専門性を高めたり、児相間の連携などの改善も必要だ。

 今の児相には、経験年数の短い職員も多い。難しいケースにも適切に対応できるよう、研修の充実などを急ぎたい。

 今回の事件では、一家が香川県から東京都に転居した際に、児相間で必要な情報が適切に共有されていなかった。今後は、緊急性の高い事案は原則、職員が対面で引き継ぐという。再発防止に連携を強化してほしい。

 今回、家庭訪問などで子どもに会えず安全確認できない場合は、立ち入り調査をすることにした。

 児相には子どもを一時保護する権限もある。親との関係構築を優先するあまり、行使をちゅうちょすることがあってはならない。親の意に反してでも子どもを守る介入の機能と、家族の相談にのる支援の機能を分けることも一案だ。

 虐待防止には、関係する他の機関の協力も必要だ。市町村の相談窓口が充実すれば、児相と一定の役割分担が進むだろう。警察などとの連携も強めなければならない。児童養護施設や里親など、保護された子どもを受け入れる体制を整えることも欠かせない。

 政府は9月末までに、健診未受診、幼稚園や保育所に通っていない、などで安全が確認できていない子どもの情報を、市町村が緊急に把握するよう求めた。

 児童虐待防止に、何か一つの特効薬はない。地域住民の見守りも大切だ。子どもは社会の宝、という考えにたち、あらゆる手立てを尽くさなければならない。

 

虐待防止対策 より機能する保護体制に(2018年7月25日配信『北国新聞』−「社説」)

 

 東京都目黒区の5歳児虐待死事件を受けて、政府は児童虐待防止の緊急対策を決定した。これを機に、児童相談所(児相)だけでなく、市町村を含めた児童保護体制がより効果的に機能するよう強化に努めてほしい。

 緊急対策では、児相が虐待通告を受け、48時間以内に子どもと面会できず安全を確認できない場合に、立ち入り調査を行うことを全国ルールとして徹底する。児相の担当者は保護者との信頼関係づくりに配慮しなければならないが、虐待の危険性が疑われる時は鋭敏な対応が必要である。

 人員面の対策では、児相に配置する児童福祉司を2022年度までに約2千人増員する。児相で保護者や子どもの相談・支援業務に当たる児童福祉司は、17年4月1日時点で3253人を数える。厚生労働省は16年度策定の「児相強化プラン」で、児童福祉司を19年度までに3480人に増やす目標を掲げてきたが、緊急対策で大幅に拡大することになった。

 これに合わせて、児相強化プランに盛り込まれている児童心理司と保健師の増員目標も確実に達成してもらいたい。

 児童福祉司の資質の向上も重要である。児童福祉司は社会福祉主事や保育士経験者、教員免許取得者らからの任用が多いが、17年の改正児童福祉法施行で、国の基準に適合する研修を受けることが義務化された。任用者はもれなく受講して能力を磨いてほしい。

 さらに、相談窓口となる市町村の機能強化も求められる。たとえば、全国のほとんどの市町村に、関係機関で構成する「要保護児童対策地域協議会」が設置され、その事務局として実務を担う調整機関が置かれている。が、担当者の異動や非正規職員の配置などで、調整機関の運営が安定しないといった問題点も指摘されており、専門人材を中心にした機能的な体制に強化する必要がある。

 目黒区の事件では児相同士の連携不足が問題視され、緊急対策に児相間の情報共有と引き継ぎの徹底も盛り込まれた。この取り組みは児相と市町村間、さらに地域協議会同士でも不可欠である。

 

児童虐待防止緊急対策 専門職と地域支援ともに強化を(2018年7月25日配信『愛媛新聞』−「社説」)

 

 東京都目黒区で5歳の船戸結愛ちゃんが虐待され死亡した事件を受け、政府は児童虐待防止の緊急対策を決定した。

 痛ましい事件が、後を絶たない。2000年に児童虐待防止法が施行され、児童相談所職員の権限強化など対策を講じたが防げないでいる。虐待された疑いがあるとして、全国の警察が児相に通告した18歳未満の子どもは、右肩上がりで増え続け、昨年は6万5千人を超えた。県内でも369人を数える。しかし、これは氷山の一角に違いあるまい。誰にも気付かれないまま苦しんでいる子を一刻も早く救い、犠牲者を生まない社会に変えるために、実効性のある対策を急がなければならない。

 緊急対策では、子どもの面談や保護者の指導に当たる専門職「児童福祉司」を、22年度までに約2千人増員する。虐待通告から48時間以内に面会などで安全確認ができなかった場合、児相が立ち入り調査し、警察と情報共有することも盛り込んだ。

 児相への相談件数は増加の一途をたどり、児童福祉司は対応が追い付かない。1人で年間約70件もの事案を抱えて神経をすり減らす現状下、人員増には一刻の猶予もない。

 ただ重要な点は、数にとどまらず、その質を上げることにある。今でも専門性の希薄さが指摘される上、増員しても多様なケースに的確に判断できるようになるには、少なくとも5年以上の経験が必要だという。増員と同時に、しっかりした育成体制の確立を求めたい。

 児相の役割は子の安全の確認だけでなく、一つ一つの事案に向き合い、長期にわたって子や家族に寄り添って支援を続けることにある。にもかかわらず児童福祉司は数年で異動し、経験の蓄積や支援の継続が難しいという構造的な問題がある。人事など抜本的な組織改革も進めなければならない。

 結愛ちゃんのケースでは、転居を挟んで、その前後の児相間で情報伝達に不備があったことも見過ごせない。今回の対策では、緊急性が高い場合に児相間で職員同士が対面して引き継ぐことを原則化した。情報共有は基本であり、猛省の上に、全国の児相が連携を密にする仕組みづくりを急ぐ必要がある。

 一方で、事例は外国人や生活困窮世帯などを含んで複雑化しており、児相だけでは対応に限界がある。虐待の背景には、若年層の望まない妊娠やシングルマザーの困窮、孤立による子育てのしんどさなど社会的要因が密接に絡み合っている。気軽な相談窓口や妊娠時からの切れ目のない支援など、医療や保健福祉による「予防策」に一層力を入れることが重要だ。

 地域の声掛けなど子育て機能が低下する中、虐待は遠い世界の話でなく、普通の家庭にいつ起きてもおかしくないと認識を改めなければならない。住民のつながりも力になる。きめ細かなセーフティーネットを広げて子を守り、親を支えたい。

 

児童虐待防止の緊急対策 できること何でもやろう(2018年7月23日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 東京都目黒区で女児が十分な食事を与えられずに死亡した事件を受け、政府は緊急対策をまとめた。

 児童相談所で働く児童福祉司を2022年度までに約2000人増員する、子どもと面会できず安全を確認できない場合の強制的な立ち入り調査をルール化する−−などが緊急対策の柱だ。

 児相の体制強化は急務である。この10年で児相が対応する虐待件数は3・3倍にも増えたが、児童福祉司は1・5倍程度しか増えていない。

 16年に政府が策定した「児相強化プラン」では19年度までに児童福祉司を550人増員することになっていたが、計画を見直して22年度までに約2000人増やすことにした。現在の児童福祉司は約3200人であり、大幅な増員ではある。

 児童福祉司は国家資格ではなく、社会福祉士などの資格を持った人、大学で社会学や心理学を学んだ人などの中から自治体が任用できることになっている。

 親が虐待を否定し、子どもの安否が確認できない事例も多い。資格を持っているだけで十分に対応できるものではないだろう。今でも児相の現場では経験の浅い職員が多いといわれる。どうやって職員の対応能力を上げていくのかが課題だ。

 虐待する親から子どもを引き離しても、最終的には親子関係の修復を目指すというのが伝統的な児童福祉の考え方だ。児相による強制的な立ち入り調査は現在も認められているが、あまり実績がない。親子の修復を重視するあまり、分離をためらう傾向が強いためといわれる。

 「安全を確認できない場合は原則立ち入り調査」が緊急対策に盛り込まれたのは重要だ。実効性を上げるには、それぞれの児相が「保護者の意に反しても子の安全を守る」「保護者との関係構築を図る」という別々の機能を担うチームを持つ必要があるだろう。警察との連携強化も検討すべきだ。

 乳幼児健診を受けていない、保育所や幼稚園に通っていないという子どもの情報を9月末までに集約し、必要な養育支援を行うことも盛り込まれた。

 児童虐待の防止に即効薬はない。国も自治体も必要と思われることは総力を挙げて実施するほかない。

 

児童福祉司2千人増 専門職の資質向上も必要(2018年7月23日配信『琉球新報』−「社説」)

 

 大人たちは幼い命を救えなかった。あの悲劇を二度と繰り返してはならない。

 東京都目黒区で5歳の女児が両親からの虐待を受けて死亡した痛ましい事件を受けて、政府が児童虐待防止の緊急対策を決定した。

 一番の柱は、子どもや保護者の相談や支援に当たる児童福祉司を2022年度までに約2千人増やすことだ。

 専門職が不足している児童相談所の機能強化になるため、ひとまず評価したい。しかし今後は、数だけではなく、複雑な事案に対応できる職員の養成、資質向上にも力を入れていくべきだ。

 児童福祉司は17年現在、全国の児童相談所に3253人が配置されている。今回の対策は過去最大の増員幅で、1・6倍の5200人になる見込みだ。

 児童虐待の通告件数は年々増えている。市民の意識の高まりや、警察、病院、学校と児相との連携が進んだことも背景にある。

 児相が対応した16年度の児童虐待の件数は12万件超。1999年の10倍以上に激増したが、児童福祉司の人数は2・6倍にとどまっている。

 マンパワーが圧倒的に足りず、個々の児童福祉司の過重な業務負担が長年の課題になっていた。人員増は一筋の光明だが、これで根本的解決につながるわけではない。

 児童福祉司が多様な事例に的確に判断できるようになるまでには5年以上の経験が必要といわれる。児童福祉司は近年になって増員を進めたため、児相の現場では経験を積んだ専門職の割合がまだ少ないとの指摘もある。

 専門性の高い人材を養成するのは一朝一夕では難しい。市町村との連携も重要になってくる。

 16年の児童福祉法改正で、妊娠期から子育て期までの切れ目ない支援をする「子育て世代包括支援センター」の設置が市町村に義務付けられた。乳幼児健診や保健指導などの母子保健事業を通して、虐待リスクを早期発見、予防することも期待されている。

 包括支援センターと児相が密に連携した上で役割を分担し、児相の負担を減らす方策が必要だ。児相は、より深刻な事案に対処して力を発揮できるようにしてほしい。

 目黒区の事件では、香川県と東京都の児相間の引き継ぎに問題もあった。重大事案との認識が伝わっていなかった。今回の対策では、緊急性が高い事案の場合は双方の児相職員が対面で引き継ぐことを原則にした。当然の措置であり、遅過ぎるくらいだ。

 さらに、通告から48時間以内に子どもと面会できない場合は警察と情報共有を進め、児相が立ち入り調査をすることもルール化した。実効性ある方法を望みたい。

 尊い命を失ってから対策に乗りだすという事態は、もう終わりにしたい。子どもたちを守り、育てるのは、社会全体の大きな責任である。

 

(2018年7月22日配信『産経新聞』−「産経抄」)

 

天は人に2つの耳と1つの口を与えた。「だから話すことの2倍だけ聞かねばならない」と、古代ギリシャの言葉にある。巷間(こうかん)にあふれる格言や名言も、「話す」ことより「聞く」ことに重きを置いたものが多い。

▼口は自分の声を外側に押し出すもの、耳は他人の声を内側に受け入れるもの。耳の使い方はそれゆえ難しい。利害の反する2人を前に、片方の耳を閉じて一方の言い分のみを聞き入れたばかりに、取り返しのつかない結果を招く。そんな故実は枚挙にいとまがない。

▼東京で5歳の女児が親の虐待を受けて亡くなった事件は、耳の使い方を誤った痛恨の事例だった。児童相談所の職員は自宅を訪れながら、立ち入りを拒む親の言い分をのんで引き下がっている。暖房もない部屋で、寒さに震え続けた女児の声を聞くことはなかった。

▼「ゆるしてください おねがいします」。覚えたての平仮名でつづった女児は、許しを請いながら短い命を閉じた。どれほど酷薄な親であれ、それでもすがるしかないのが虐待を受ける子供の現実だろう。親が閉ざした厚い扉は、周りの大人がこじ開けるほかない。

▼この事件を教訓に、政府は児相の児童福祉司を今後4年間で2千人増やすという。安全確認のための立ち入り調査もルール化されたが、頭数の多寡だけで片付けてはなるまい。幼い命を救うという使命感を、新たに加わる職員一人一人が共有しなければ意味はない。

▼谷川俊太郎さんの詩『みみをすます』の一節にある。〈ひとつのおとに/ひとつのこえに/みみをすますことが/もうひとつのおとに/もうひとつのこえに/みみをふさぐことに/ならないように〉。今もどこかで幼い命が泣いていないか。耳を澄ますべき声は扉の向こうにある。

 

児童虐待対策 重層的な支援態勢を作れ(2018年7月21日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 子供が理不尽に命を失う国を、文化的国家とはいえない。

 東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親から虐待を受けて死亡した事件を機に、政府が検討していた児童虐待防止の緊急対策がまとまった。

 児童福祉司を平成34年度までに約2千人増やすなど児童相談所(児相)の態勢を強化する。

 一歩前進である。態勢強化は喫緊の課題だった。政府が正面から取り組む姿勢を示したことは大きいが、まだ足りない。

 問題は連携である。転居前後の児相間で連携に齟齬(そご)があった結愛ちゃんの事件の反省から、緊急性が高い場合は対面などで引き継ぎを実施することを原則化する。

 48時間以内に安全確認ができない、虐待による外傷や性的虐待がある、一時保護からの家庭復帰といったケースでは、児相と警察が情報共有することを全国ルールとし、連携を強化する。

 ただ、高知県や大分県ではすでに、全件を共有している。もう一歩踏み込むべきだった。

 児相は、親子関係が崩れた家庭に「介入」する一方で、親子に伴走して関係を修復する「支援」も担う。そのバランスは難しい。現場には、警察との情報共有が「支援」の足かせになるという抵抗感があるという。

 だが、子供を救えていない現実を直視し、全件共有を実施している県の経験に学ぶべきだ。

 さらに、支援の裾野を広げることが重要である。虐待防止は警察や児相など「公」の仕事として抱え込まれがちだ。緊急対策には市町村の態勢強化も盛り込まれており、そこでは「民」の力を積極的に借りるべきである。

 親元を離れた子供たちが暮らす「児童養護施設」には家族の問題に寄り添い、子供一人一人の自立を支援するノウハウがある。

 子供食堂などを運営するNPO法人と市町村が協力し、困難な状況の親子を支えるソフトアプローチもある。裾野が広がれば、児相の負担も軽減される。柔軟で重層的な地域ぐるみの支援態勢を構築すべきである。

 安倍晋三首相は関係閣僚会議で「幼い命が奪われる痛ましい出来事を繰り返してはならない。やれることは全てやるという強い決意で取り組んでほしい」と指示した。これを言葉だけに終わらせてはならない。

 

女児虐待死 保護最優先に対策強化を(2018年6月29日配信『山陽新聞』−「社説」)

  

 最悪の事態は防げたのではないか。経緯を知れば知るほど、悔やまれてならない。

 東京都目黒区で、船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が両親から十分に食事を与えられず、暴行を受けるなどして死亡した事件である。「もうおねがい ゆるして ゆるして」。ノートに残された、両親への懇願の言葉があまりに痛ましい。

 今年1月下旬まで暮らしていた香川県では、異常な泣き声などに気づいた近隣住民の通報で児童相談所(児相)が虐待を把握し、結愛ちゃんは2回、一時保護された。警察も捜査し、父親は結愛ちゃんへの傷害容疑で2度、書類送検されている。

 転居後、目黒区を管轄する品川児相の担当者が2月に自宅を訪ねたが、母親から「関わってほしくない」と拒絶された。入学予定の小学校の説明会にも母親が1人で出席していた。担当者が会えないまま、衰弱した結愛ちゃんは3月に亡くなった。

 虐待を把握しながら、なぜ命を救えなかったのか。香川県と東京都はそれぞれ、専門家による事件の検証を進めている。十分な検証を踏まえ、悲劇を繰り返さないよう対策を講じなければならない。

 香川県の児相は過去の経緯を含めて品川児相に引き継いだとしているが、品川児相は緊急性の高い事案との認識が薄かったという。転居や子どもの面会拒否は深刻な虐待のサインといわれている。警察の協力を得て、立ち入り調査などで結愛ちゃんの姿をできるだけ早く確認していれば、と思わずにいられない。品川児相が警察に情報提供する前に結愛ちゃんは死亡した。児相間の引き継ぎや、警察との連携に問題があったことは否めない。

 虐待の疑いを警察が先に把握した場合は児童虐待防止法に基づいて児相に通告するが、児相から警察への情報提供については定めた法律がない。共同通信社の調査によれば、児相を設置する全国69の自治体のうち、32の自治体は警察に情報提供する具体的な基準を設けていなかった。

 日本小児科学会は年間約350人の子どもが虐待死しているとの推計を発表している。自治体の報告を基にした国の集計の3倍を超える数だ。医療機関や行政、警察の間で情報共有や検証が不十分なため、多くの虐待死が見逃されているとの指摘である。

 同学会の推計の通りなら、子どもの命を守るためには現状の仕組みに問題があるということだろう。かねてマンパワーの不足が指摘されてきた児相の体制をはじめ、警察など関係機関との連携のあり方も見直したい。

 事件後、立憲民主党など野党6会派は児相の機能強化を図るため、児童福祉法と児童虐待防止法の改正案を国会に提出した。政府も7月をめどに緊急対策をまとめる。与野党を超えて議論を尽くし、子どもの保護を最優先に実効性ある対策を打ち出すべきだ。

 

断罪より強いもの(2018年6月28日配信『愛媛新聞』−「地軸」)

 

 ツイッター上に「#こどものいのちはこどものもの」のハッシュタグ(検索目印)が付いた投稿が続々寄せられている。東京で5歳の結愛ちゃんが両親から虐待されて亡くなった事件を受け、タレントの眞鍋かをりさんらが、子どもの命を守るための発信を呼び掛けた

▲ 「母子2人きりの密室で何時間も泣かれたときの辛さには恐怖すら覚える。大声だしたり叩きたくもなる」「1人目育休中が危なかった。夫の帰宅が早ければかなり救われてたのに」

▲ 児童相談所の充実など国や自治体への要望の他、支援を願う親の切実な声が胸に迫る。孤立し追い詰められ、一歩間違えば加害者になりかねないと助けを求める悲鳴

▲ 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」。結愛ちゃんが小さな手で書き残していた言葉は、思い出すたび胸がつぶれる。残虐な行為は決して許されない。だが、個人を断罪するだけでは、あちこちに潜む危機は消せない

▲ カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」では、貧しい一家の日常に、虐待された女の子が加わる。社会の隅に追いやられ見過ごされた人に光を当てることで、受かび上がった現代の闇

▲ 監督は受賞スピーチで語った。「隔てられている世界と世界を、映画がつなぐのではないかという希望を感じます」。映画だけでなく、暮らしの声を発信して耳を傾けることで育つ希望が、きっとある。

 

地上の天使たち(2018年6月20日配信『南日本新聞』−「社説」)

 

 2月革命に揺れるフランスは新しい空気に満ちていたが美術界は保守的で「大画面で描くべきは聖書、神話を主題にした歴史画でなければならない」という決まりがあった。

 そんな風潮を打破しようとしたのがギュスターヴ・クールベだった。田舎の葬式を描いた「オルナンの埋葬」を発表。「私は天使を描かない。なぜなら見たことがないからだ」と旧弊な絵画への決別の言葉を残した(木村泰司監修「西洋美術巨匠たちの履歴書」)。

 保育園児の納富優斗ちゃんは自宅寝室のテレビ台の引き出しに押し込まれ、低酸素脳症で死んだ。横60センチ、縦40センチ、高さ15センチほどの引き出しは中から開けられない構造。優斗ちゃんは腰を折り曲げられた状態で、抵抗した形跡がなかった。

 幼子が親の手にかかり死に至る事件が相次ぐ。先に発覚した船戸結愛(ゆあ)ちゃんの虐待死は小学校の入学に向けた勉強をやらずに寝ていた、というささいな理由で殴るなどされていた。自宅から結愛ちゃんが「ゆるしてください」と鉛筆で書いたノートが見つかった。

 4歳と5歳。クールベは「天使を見たことがない」と言い切ったがその年頃の子は天使そのもの。語気を強め、叱りたくなる日中の一瞬はあっても寝顔を見れば親の心は癒やされる、はずなのだがその常識が通じないケースが多すぎる。

 全国の児童相談所に寄せられる虐待情報は年々増え続け、地域によっては毎日のように一時保護を求める通報があるという。失われてしまった天使の命を無にしないため虐待死ゼロの社会を達成せねば。その道がどんなに困難であっても。

 

最多になった虐待相談 子の笑顔、社会で守ろう(2018年6月19日配信『紀伊民報』−「論」)

 

 東京都目黒区で今年3月、両親から虐待された5歳の女児が短い命を閉じた。「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」。残されたノートにはこのように両親に許しを請う、女児の悲痛な思いがひらがなでつづられていた。彼女は毎日、どのような思いで生きていたのだろうか。このようなことは二度とあってはならない。

 県はこのほど、昨年度に県の児童相談所(中央児童相談所・紀南児童相談所)に寄せられた児童虐待相談件数が1142件、過去最多となったと公表した。毎年のように増えており、10年前の427件と比べ、2倍以上になる。

 全体の半数近くを占めたのが子どもの前で家族らに暴力をふるう「面前DV」や言葉による脅しなどの「心理的虐待」。殴る蹴るなど「身体的虐待」と、育児を放置する「ネグレクト」がそれぞれ3割近くあり、「性的虐待」もあった。

 市町村に寄せられた相談件数も1314件と過去最多。一部は県の児童相談所への相談件数と重複しているが、単純に合わせると年間で2500件近くに上る。相談件数の多さには驚くが、同時にこれが隠れていた部分の表面化の表れだとすれば、子どもを守る問題意識が向上し、より多くの事案の早期発見につながっている可能性もある。

 子どもが家庭で頼れるのは家族だけだ。しかし虐待は、家庭という密室で発生することが多く、目立った外傷などがなければ外部からは気付きにくい。価値観が十分に定まっていない幼い子の場合、自分が受けている仕打ちがしつけか虐待かどうかの判断も付かない可能性もある。

 けれども、虐待は子どもの成長や人格形成に悪影響を及ぼす可能性がある。

 だからこそ、周囲の目が求められる。少しでも子どもやその家庭の異変に気付けば、即座に手を差し伸べたい。日本の法律は、虐待を受けたと思われる児童を発見した人に対し、児童相談所などへの通告義務を定め、学校の教職員や医師にも早期発見の努力を求めている。

 子どもたちへの虐待を生まない環境づくりも求められる。原因の一つに挙げられるのが育児の悩みによるストレス。核家族化が進行し、地域のつながりが希薄化する中で、多くの親がこのストレスを抱え込んでいるという。

 県はこの問題に対処するため、妊娠期から子育て期まで一元的に相談を受ける「子育て世代包括支援センター」を来年度までに全市町村に設置することを目指している。そこを拠点に、安心して相談できる態勢をつくってほしい。

 育児を巡るストレスだけではなく、虐待の原因は多岐にわたる。近年、小中学校にはびこるいじめの問題もその延長上にある。だからこそ公的機関や地域を挙げて永続的に向き合う必要がある。子どもたちの笑顔を守ることは大人の責務である。

 

児童虐待の緊急対策 専門職の大増員が必要だ(2018年6月18日配信『毎日新聞』−「社説」)

 

 政府は児童虐待への取り組みを強化するため関係閣僚会議を開き、緊急対策を実施することを決めた。

 東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が継父から殴られ、ほとんど食事をもらえず死亡した事件がきっかけだ。

 虐待で命を落とした子どもは2015年度だけで52人に上る。今回のように児童相談所が関わりながら防ぐことができなかったケースも多い。抜本的な改善策が必要だ。

 結愛ちゃんは今年1月まで暮らしていた香川県でも、継父からの暴力で児童相談所に2回保護されている。東京のアパートに転居した後、香川県の児相から連絡を受けた品川児相の職員が家庭訪問をしたが、結愛ちゃんに会えなかった。

 虐待をした親が児相から逃れるために別の地域へ転居することは珍しくない。異なる自治体や児相の情報共有、警察など関係機関との連携の重要性は以前から指摘されてきた。

 ただ、どのくらい実効性のある連携になっているのかが問題だ。今回も香川県の児相は「緊急性の高い事案として継続した対応を求めた」と言うが、品川児相は「そのような説明はなかった」と否定している。

 16年度に全国210カ所の児相が対応した虐待は12万件を超え、この10年で3倍以上に増えている。国や自治体は児童福祉司の増員を図ってきたが、16年度は約3000人で、10年前の1・5倍程度に過ぎない。

 政府は19年度までに550人の増員を計画している。それでも虐待の急増には追いつかない。職員は疲弊しており、他自治体からの引き継ぎに十分対応できないのが実情だ。

 香川県の児相は結愛ちゃんを保護しながら、継父の元に戻した。親子関係の修復を重視するのはわかる。そのためには虐待する親の教育や更生が十分になされることが必要だ。虐待を繰り返す親には一時保護を解除した後も専門的な支援が継続されなければならない。

 こうした実務を担うためには経験を積んだ職員が必要だが、児相の現場では勤務経験が3年未満の職員が4割を占めるといわれる。

 現在の体制では増え続ける虐待に対応するのは困難だ。大幅な体制拡充と専門性の高い職員の養成が求められる。

 

目黒女児虐待死 悲痛な心の叫びを忘れまい(2018年6月17日配信『読売新聞』―「社説」)

 

 なぜ幼い命を救えなかったのか。あまりに悲惨で衝撃的な事件は、児童虐待を防ぐ体制の不備を浮き彫りにした。経緯を解明し、今後の教訓とせねばならない。

 東京都目黒区で3月、親から虐待を受けた船戸結愛ちゃん(当時5歳)が死亡した。

 この事件を受け、政府は関係閣僚会議を開いた。安倍首相は「幼い心の中を思う時、本当に胸がつぶれる思いだ」と語り、再発防止策の検討を指示した。実効性ある対策を講じてもらいたい。

 「あしたはできるようにするから」「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」――。

 覚えたばかりのひらがなで、結愛ちゃんは両親への謝罪の言葉をノートに書き残していた。

 傷害罪で起訴された父親は、朝4時に起きて勉強する、といった異様な「ルール」を課し、できないと暴行した。食事も満足に与えず、母親もそれを放置した。

 それでも、親の愛情を求めて言いつけを守ろうとした結愛ちゃんの心の叫びが痛々しい。

 結愛ちゃんは母親と別の男性の子供で、両親の間に生まれた弟は虐待されていなかったという。

 前に住んでいた香川県の児童相談所は、父親の暴力を理由に2回にわたって結愛ちゃんを一時保護した。解除後は保護者への指導措置に移行したが、1月に目黒区へ転居する直前、これも解除している。適切な判断だったのか。

 東京都の児相は、香川県の児相から情報提供を受けて家庭訪問したものの、本人との面会を母親に拒絶された。小学校の入学説明会でも姿を確認できなかったが、緊急対応をしなかった。

 香川と東京の児相で、危険性の認識が共有されなかった。連携不足との批判は免れまい。

 過去に虐待が繰り返され、親が接触を拒む。幼稚園などに通わず、第三者の目に触れない状況だった。東京でも虐待を疑わせるシグナルはいくつもあったはずだ。

 児相には、家庭への立ち入り調査や親子を引き離す権限がある。警察にも協力を要請できる。子供の安全確保のために、体制は強化されてきた。一方で、親との関係構築を優先し、権限行使を躊躇ちゅうちょする傾向もあるとされる。

 児相の虐待対応件数はこの10年間で3・3倍になったが、児童福祉司数は1・4倍にとどまる。

 政府は「骨太の方針」に急きょ、児相の体制強化などを盛り込んだ。政府と自治体が一体となって取り組む必要がある。

 

児童虐待対策  連携の力で悲劇なくそう(2018年6月17日配信『京都新聞』−「社説」)

 

 深刻化する児童虐待を防ぐには、子どもたちのSOSを出来るだけ早く見つけ、対処する必要がある。そのためには、関係機関や地域の緊密な連携、協力が欠かせない。

 特に生命に危険が及ぶような緊急を要する場合には、児童相談所(児相)と警察との連携が重要になるが、児相が虐待の恐れを把握しながら、警察に知らされないまま児童が死亡するケースが後を絶たない。

 東京都目黒区で「ゆるしてください」と書き残して死亡した船戸結愛ちゃんも、都から警視庁への情報提供に至らなかった。事件を受けて政府や自治体も対策の強化に動き始めたが、悲劇を繰り返さないよう、実効性のあるものにしなければならない。

 昨年、全国の警察が児童相談所に通告した18歳未満の子どもは、統計を取り始めた2004年以来、初めて6万人を突破した。生命の危険がある緊急時や夜間に警察が保護した子どもも5年連続で増え、4千人近い。

 ただ、警察が把握した虐待の疑いがある事案は、児童虐待防止法に基づき、全て児相に通告されるが、児相から警察への情報提供を定めた法律はなく、児相を設置している自治体の裁量に委ねられている。

 結愛ちゃんは、以前住んでいた香川県善通寺市で、2度にわたって児相に一時保護され、父親も結愛ちゃんへの傷害容疑で2回書類送検されていた。

 それでも県の児相から引き継ぎを受けた東京都の児相は、都の基準に該当しないとして警視庁と情報共有をしなかった。児相同士や警察との連携が適切だったか、十分な検証が必要だ。

 共同通信の調査では、児相を設置する全国の69自治体のうち児童虐待が疑われる事案の全件について警察と情報共有している自治体は、茨城、愛知、高知の3県にとどまる。結愛ちゃん事件を受けて、岐阜、埼玉両県も全件共有の方針に切り替えたが、まだまだ少ない。

 加えて半数近くの自治体は、情報提供の基準を設けていなかった。一時保護の際に保護者の強い抵抗が予想される場合などには、警察との連携が重要になる。迅速に対応するためにも、普段からできるだけ情報を共有しておくことが必要だ。

 警察との全件共有には「親族が警察に共有されることを嫌がり、通報が減る可能性がある」「本当に必要な事案が埋もれる」などの慎重な意見もあるが、増え続ける児童虐待に児相だけでは、対応に限界があるのも事実だろう。

 16年度に全国の児相が対応した児童虐待は12万件を超え、国は法改正などで児相の体制や権限を強めてきたがマンパワーが追いついていない。

 専門家からは、児童虐待の実情は児相の対応能力を超え、検察・警察、裁判所との間で職務の配分を根本的に見直す必要があるとの指摘が出ている。保育、教育など子どもと多くの関わりを持つ市区町村の対応強化も欠かせない。

 政府は来月にも緊急対策をまとめるが、弥縫(びほう)策に終わらせず、本腰を入れて子どもの命を守る方策を検討してほしい。

 

子どもの虐待/命を守ることが最優先だ(2018年6月16日配信『神戸新聞』−「社説」)

 

 何度も救い出す機会があったのに、できなかった。そう思えてならない。

 東京都目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが親からの虐待で命を落とした事件である。

 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」とひらがなでつづったノートが残る。結愛ちゃんは必死で鉛筆を握っていたにちがいない。死亡が確認されたのは、女の子の成長を祝うひな祭りの前日だった。

 児童相談所、自治体、警察、病院など関係機関がどう対処すべきだったのか。検証すべき点はあまりに多い。

 事件を受けて政府はきのう関係閣僚会議を開き、児相の体制強化や虐待の早期発見などについて議論した。1カ月をめどに緊急対策をまとめる。

 子どもの命と安全を守るのが最優先である。いま一度その大前提に立ち返らねばならない。

 結愛ちゃんは以前住んでいた香川県で、父親の暴力のため2回も児相に一時保護されている。家に戻された後、結愛ちゃんのあざを見つけた病院が児相に知らせたが保護されなかった。

 児相は「緊急性が高い」とみていた。それでも、児童養護施設に入所させるなどして親から離す判断には至らなかった。

 今年1月、一家は東京で暮らし始めた。香川県の児相から情報を引き継いだ東京都の児相が2月に家を訪問したが、結愛ちゃんには会えなかった。親との関係づくりを優先させようとしている間に悲劇が起きた。

 転居や子どもの面会拒否は深刻な虐待のサインとされる。この場合、警察の協力を得て家庭への立ち入り調査をしていれば、との思いがぬぐえない。

 引き継ぎで危機感が共有されていたかも疑問だ。

 兵庫県でも市川町から姫路市に引っ越した両親が1歳の次男に暴行して大けがを負わせる事件が起きた。転居前からリスクを把握していたが、児相や自治体の連携が機能しなかった。

 虐待に関する相談は急増し、児相の業務は多忙を極める。子どもの状況の確認が難しい場合には、警察の関与を強めることも考えるべきではないか。

 被害を受けた子どもたちに「ゆるして」と言うべきは社会の方である。

 

「万引き家族」と日本社会(2018年6月15日配信『佐賀新聞』−「有明抄」)

 

 大きな夢を拓(ひら)く―という願いが込められたのか「拓夢(たくむ)」という名の坊やが、わずか三つで死んだ。以前、京都・長岡京市であった虐待事件の時、小欄で「拓夢ちゃんは夢を拓くどころか親の手で命を奪われた」と書いた

◆先日、「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」とノートに書き残し、親に許しを乞い続けた東京・目黒の結愛(ゆあ)ちゃん(5)は“愛を結ぶ”ことなく、しつけといっては殴られ、食事も満足に与えられず、やせ細ったまま死んでしまった。何ということか、言葉もない

◆いたいけな幼子への虐待ほどむごいものはないが、公開中の映画「万引き家族」は今、日本の社会に横たわるこんな“哀(かな〉しい問題”がいっぱい詰め込まれている。カンヌ国際映画祭最高賞パルムドールを獲得した是枝裕和監督の作品

◆映画のテーマ性について、監督自身がインタビューで「全部、作品の中に込めたから、見る側がいろんなところを拾ってくれる作品になったと思う」と語っている通り、息苦しいほど重たいけど重要な、誰もが無関心ではいけない問題について問いかけている

◆子どもに万引させる親、虐待や無戸籍の子ども、年金の不正受給…。どうしてこうも“哀しい問題”が後を絶たないのか、断罪ばかりでは解決しない。映画から何が大事か、必要か、拾ってもらいたい。

 

広辞苑第7版によると、万引とは「買い物をするふりをして…(2018年6月15日配信『沖縄タイムス』−「大弦小弦」)

 

 広辞苑第7版によると、万引とは「買い物をするふりをして店頭の商品をかすめとること」。映画の題名は単に行為を指すのでなく、家族の「ふりをして」懸命に生きる人々の記録と深読みもできる

▼カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した是枝裕和監督の「万引き家族」は、祖母のわずかな年金と日用品の万引で生活する家族の物語。失業や児童虐待、年金の不正受給など、暮らし向きに世相がにじむ

▼声高な告発でなく、淡々と細部の描写を積み重ねる。決して「清貧」でなく、駄目な部分も多いリアルな人間像を描く。善悪とは何か。家族とは何か。一方的に断罪するだけでいいのか。観客の想像力に委ねるラストが重く問い掛けてくる

▼国際的に活躍した日本人に直接電話するなどの祝福を好む安倍晋三首相が今回、映画界最高の栄誉に賛辞を贈らなかった。「クールジャパン」と対極の国の暗部を描く作品が、政権にとって面白くないことは容易に想像がつく

▼東京・目黒区で両親から虐待を受けていたとされる5歳の女児が「もうおねがい ゆるして」と記して亡くなった。映画の少女の姿と重なり、何もできなかったことに、もどかしさを感じた大人は多いのではないか

▼親の罪を問うだけでは事件はなくならない。背景や裏側を考え続けていく必要がある。

 

女優のオードリー・ヘプバーンは・・・(2018年6月14日配信『琉球新報』−「金口木舌」)

 

 女優のオードリー・ヘプバーンは後年、ユニセフ親善大使として子どもたちの支援に尽くした。「子どもより大切な存在ってあるかしら?」と語り、子どもの人権を訴え続けた

▼ユニセフの子どもの権利条約はこう宣言している。「親は、子どもの心やからだの発達に応じて、適切な指導をしなければならない」「すべての子どもは、生きる権利をもっている」(日本ユニセフ協会抄訳)。そして国の義務も定めている

▼子どもの人権がまた守られなかった。東京で5歳の船戸結愛ちゃんが3月、「もうおねがい ゆるして」とノートに反省文を書き残し死亡した。十分な食事も与えられず、虐待を受けていたとみられる

▼「もうほんとうにおなじことはしません ゆるして」。まだ小学校にも上がらない幼子が、どれほど必死の思いで綴(つづ)ったことだろう。5歳の子どもがここまで謝り、懇願したが、願いは聞き入れられなかった

▼結愛ちゃんは毎朝午前4時ごろに自ら目覚まし時計を合わせて起床し、義父の命令で平仮名書きを練習していたという。一家が香川県から上京してきた際、虐待の情報は児童相談所に引き継がれていたが、防げなかった

▼「あそぶってあほみたいだから やめるから」。子どもならどんなに遊びたかっただろう。それを自らやめるから許してと請う。そのか細い叫びを思うと本当に切ない。

 

(2018年6月9日配信『河北新報』−「河北春秋」)

 

世界的な細菌学者である野口英世の母親シカさんの手紙は日本で最も有名な手紙の一つだろう。「おまイのしせ(出世)にわ みなたまけました わたくしもよろこんでをりまする」と成功を祝福。しばらく日本に帰っていない息子に「はやくきてくたされ」と繰り返しつづった

▼息子に会いたい一心だった。幼い頃に覚えた字を思い出しながら懸命に書いた。望郷の念を募らせた英世は帰国し、親子は再会を果たす

▼東京都目黒区の船戸結愛ちゃん(5)の虐待死事件では、結愛ちゃんがノートに書いた必死の願いがかなわなかった。「パパとママにいわれなくても じぶんからきょうよりかあしたはもっとできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」。覚えたての平仮名が並んでいた

▼毎朝午前4時に起きて平仮名の練習をするように命じられた。朝はスープ1杯、昼と夜はみそ汁をかけた少しのご飯で、体重はわずか12キロ。顔や体にはあざ。シャワーで水を掛けられ、冬はベランダに放置された。逮捕された親が人の皮をかぶった鬼に見える

▼児童虐待の報道が後を絶たない。今もどこかで子どもが泣いているかもしれない。結愛ちゃんの死がこれ以上の虐待を止めるきっかけにならないかと切に願う。

 

(2018年6月9日配信『東奥日報』−「天地人」)

 

明治時代に日本を訪れたイギリスの女性旅行家イザベラ・バードは、日本人が子どもを大切にする様子を書き残している。「これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない」。称賛の言葉が「日本奥地紀行」(平凡社)にある。

 現代でも多くの親は、子どもたちにたっぷりと愛情を注ぎ、大切に育てていることだろう。それでも、しばしば耳にするのが子どもへの虐待だ。社会の関心も高まっている。

 虐待された疑いがあるとして、2017年に全国の警察が児童相談所に通告した子どもは6万人を突破、13年連続で増加した。本県でも、児童相談所に寄せられた虐待に関する相談が17年度は千件を超え、最多を更新した。

 そんな中、また、悲しく、やりきれない事件が起きた。東京で5歳の女の子が虐待を受けた末に亡くなった。両親が逮捕された。「もうおねがい ゆるして」。女の子はノートにそうつづっていた。涙を抑えられなかった人もいるだろう。小さな命の火が消えるまで、女の子はどんな気持ちでいたのか。胸が詰まる。

 バードは「父も母も、自分の子に誇りをもっている」「他人の子どもに対しても、適度に愛情をもって世話をしてやる」とも書いている。バードが見たのは当時の一面にすぎないかもしれないが、もしもバードが現代の日本を訪れたら、やはり同じように書き残す社会でありたい。

 

(2018年6月9日配信『岩手日報』−「風土計」)

 

手塚治虫の傑作医療漫画「ブラック・ジャック」。無免許で、法外な治療費を要求するのだが、神業のような手術で命を救う天才外科医。そんな主人公を支える「名助手」と言えばピノコだ

▼彼女は本来、葬り去られる命だった。双子の一人として生まれることができず、姉の体の中で18年間もばらばらになって存在。除去を依頼されたブラック・ジャックだったが、組み立ててこの世に誕生させた

▼見た目は幼児でたどたどしい言葉遣いでも、レディーを自認するピノコは恋もすれば、機転によって手術を手助けする。作品を深く彩るこのキャラクターは、命の尊さを体現している

▼現実世界では、命をないがしろにすることがどうしてこんなに起きるのか。最近では東京の虐待、衰弱死だ。「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」。5歳児の文章に胸が詰まる。必死だったろう。何も悪いことはしていないのに

▼本県でも悲しい事件が起きた。1歳児が十分な食事を与えられずに死亡。一人で育てていた父親が、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。投げやりになってしまったのか。生まれたときは愛情で包んだだろうに

▼ピノコが見たら「助けてあげて」と叫んだろう。でも、非道な親の所業は天才医師でも救えない。救えるのは誰か。メスのように鋭い問いが突きつけられている。

 

子どもの虐待 残されたノートに誓う(2018年6月9日配信『朝日新聞』−「社説」)

 

 懸命に生きていた幼い命を、何とか救う機会はなかったか。自治体、児童相談所、警察の対応に問題はなかったか。検証すべきことがたくさんある。

 船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)がノートに書き残した内容が、社会に大きな衝撃を与えている。親にいいつけられたことをできなかった「反省」と「謝罪」が、ひらがなでつづられていた。食事を満足にさせてもらえなかったといい、3月に亡くなった。

 以前住んでいた香川県で、結愛ちゃんは父親の暴力を理由に2回、児相の一時保護を受けた。まず思うのは、この時点で児童養護施設などに入所させて親と距離を置く判断はできなかったか、ということだ。

 一家は今年1月下旬から東京都目黒区で暮らし始めた。

 香川からの連絡で、東京の児相もリスクを抱えた家庭であることを把握。2月に家庭訪問して様子を確かめようとしたが、本人に会えなかった。母親の様子から児相と距離を置きたがっていると判断し、関係づくりを優先しようと考えたという。

 子どもを守るため、直ちに権限を行使して親と引き離すべきか。それとも親との信頼関係を粘り強く築き、虐待をやめさせるよう支援を続けるほうが、その子のためになるか。児相にとって難しい判断だろう。

 ただ、結愛ちゃんは東京では幼稚園などに通っていなかった。第三者の目が届かない環境にずっといては異変を察知しようがない。この事例では、児相は警察の協力を得て、家庭への立ち入り調査に踏み切るべきだった。そうみる専門家もいる。

 香川と東京の児相の間で、どんな引き継ぎがなされていたのか。深刻さはどの程度共有されていたのか。警察とはどう連携をとるべきだったのか。

 有識者でつくる都の児童福祉審議会などで、事実の経緯と関係者の認識を解き明かし、教訓を導きだしてもらいたい。

 児相の業務の多忙さはかねて指摘されている。問題家庭と向き合う児童福祉司の人数はこの10年間で1・4倍になったが、その間に相談件数は3・3倍になった。努力にも限界がある。今回の事件を受けて、小池百合子都知事は児相の増員と専門職の育成を表明した。むろん都だけの問題ではない。国をあげて取り組みを急ぐべきだ。

 「ほんとうにもうおなじことはしません」。結愛ちゃんはノートにそうつづっていた。謝るべきは大人社会のほうだ。失われた命に再発の防止を誓い、虐待されているすべての子を、救い出さなければならない。

 

虐待死を防ぐには 「親権停止」もっと活用を(2018年6月9日配信『北国新聞』−「社説」)

 

東京・目黒区で今年3月、5歳女児が虐待死した事件で、女児が生前、ノートに書き残した文面は衝撃的だった。「もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするからもうおねがいゆるしてゆるしてくださいおねがいします」

 亡くなった船戸結愛ちゃんは、小学校に上がる前の年齢ながら、容疑者の父親の命で、朝4時に自分で起きて平仮名を書く練習をさせられていたという。警視庁がノートの公開に踏み切ったのは、密室状態の下で起きたむごい虐待の実態を知らせる義務があると判断したからだろう。

 石川県警が虐待された疑いがあるとして、児童相談所に通告した18歳未満の子どもは、昨年1年間で385人に上る。児童相談所に新たに寄せられた虐待相談は過去最多を更新しており、児童虐待は県内でも増加傾向にある。尋常でない叫び声を聞いたり、ベランダなどに放置された幼児を見つけたりしたら、迷わず児童相談所の全国共通ダイヤル「189番」に通報してほしい。

 目黒区のケースでも、残念でならないのは、児童相談所が虐待の事実を把握していながら、結愛ちゃんを助け出せなかったことだ。品川児童相談所が2月に家庭訪問を実施した際には、母親の優里容疑者は面会を拒否した。結愛ちゃんは外出を許されず、1日1食など厳しい食事制限を受け、死亡時の体重は2歳児並みの約12キロしかなかった。この状況を把握できれば、強制的に保護する措置が取れたはずである。

 児童相談所が子どもを保護しようとしても、親が「親権」を盾に拒むことが多い。欧米では、子を虐待すれば簡単に親権を喪失し、子どもは里親に育てられる。親権より子どもの人権が重視されるためであり、日本でも一時的な「親権停止」の制度をもっと活用すべきではないか。

 虐待対応にあたる児童福祉司の養成に国が本腰を入れる必要もある。日本では一般行政職でも児童福祉司になれるが、専門知識を持った職員を育て、現場のスキルを引き上げてほしい。

 

虐待情報の共有 児童の保護を最優先に(2018年6月9日配信『北国新聞』−「社説」)

 

 児童虐待の恐れを把握した児童相談所が警察に情報を提供するかどうかについて、石川県と金沢市は基準を設けていないことが分かった。虐待の疑いを認識しながら、対応が後手に回って命を奪われる事例は後を絶たない。悲劇を繰り返さないためには、関係機関が情報を共有して迅速に動く必要がある。

 警察が虐待の疑いがある事案を先に把握した場合は、児童虐待防止法に基づいて児童相談所への通告が定められている。これに対して児童相談所から警察に対する情報提供は、自治体によって対応が分かれるのが現状である。

 厚生労働省は警察との緊密な連携を自治体に促しているが、情報提供の基準がなければ現場は判断に迷うだろう。富山県など11自治体は「保護者が子どもの安全確認に強く抵抗を示すことが予想される」など、厚労省の通知に沿った基準を設けている。22自治体は、より踏み込んだ基準を定めた。

 石川県も今後、警察との連携で基準を定めるという。情報提供が必要な虐待の程度などについて県警と協議するのは当然で、必要な対応である。過去の教訓や他県の事例をよく検討して、具体的で実効性のある基準を設けてほしい。

 金沢市では、親から虐待を受けて負傷した子どもを児童相談所が保護した際に、警察への連絡が遅れた事例が過去にあった。虐待の深刻化を防ぐためには、早めに警察と連携できる体制を整えておく必要がある。

 東京・目黒区で5歳の女児が虐待を受けて死亡した事件では、児童相談所が親との信頼関係を優先する姿勢で臨んでいる間に、最悪の事態に至ったという。警察との連携が進んでいれば、虐待の深刻さや緊急対応の必要性に気付けたのではないかと悔やまれる。

 児童相談所側には、警察に情報が伝わることが分かると親族からの通報が減る可能性もある、といった懸念もあるという。虐待の背景には、さまざまな事情が絡んでいるのだろうが、大切なのは子どもを救い、命を守ることである。関係機関は児童の保護を最優先にして積極的に動いてほしい。

 

なぜ、救えなかったのか/5歳女児虐待死(2018年6月8日配信『東奥日報』−「時論」)

 

 東京都目黒区で船戸結愛ちゃんという5歳の女の子が覚えたばかりの平仮名で「もうおねがい ゆるして ゆるして」とノートに書き残し、亡くなった。父親から繰り返し暴力を振るわれ、ろくに食事も与えられず、死亡時の体重は5歳児の平均20キロを大きく下回る12キロしかなかった。警察は保護責任者遺棄致死の疑いで両親を逮捕した。

 結愛ちゃんを巡っては児童相談所や警察に通報があり、児相に一時保護されたこともあった。だが救えなかった。なぜか。結愛ちゃんの一家は香川県から都内に移り住み、それぞれの児相の間で引き継ぎがうまくいかず、警察との連携も後手に回ったとみられている。悲劇を繰り返さないためには一連の経緯をつぶさに検証し、問題点を洗い出す必要がある。

 香川県で結愛ちゃんが暮らすアパートから「やめて」などと何度も悲鳴が聞こえ、近隣住民は2016年8月、児相に通報。しかし虐待は確認されなかったとして児相は保護しなかった。4カ月後の12月に今度は警察に通報があり児相が保護。父親はしつけのため手を出したと認め反省の態度を示したが、その後も通報と保護が繰り返された。

 父親は17年に結愛ちゃんへの傷害容疑で2回書類送検されて不起訴処分になり、その年12月に目黒区に転居。転居先を管轄する東京の児相は今年2月に自宅を訪れたが、結愛ちゃんと会えなかった。母親に拒否されたという。

 児童虐待防止法の16年改正で児相の権限が強化され、子どもの安全を守るため家庭に強制的に立ち入る「臨検」の手続きが簡略化された。また一時保護について厚生労働省は「保護者の反発を恐れて控えるのは誤り。あくまで子どもの保護を重視する」としている。

 ただ現場では、親の意向に反して、こうした権限を用いた場合に、その後の支援が円滑に進まず、ためらうことも少なくないという。さらに児童福祉司も足りず、さまざまな要因が絡み合って香川と東京の児相が連携して踏み込んだ対応を取れなかったとみられる。

 東京の児相が母親に結愛ちゃんとの面会を拒まれた時、警察と連絡を取り合って安否確認をしていれば、その後の状況は変わっていたかもしれず、それが悔やまれる。二度と後悔しないよう、万全の対応を期したい。

 

(2018年6月8日配信『秋田魁新報』−「北斗星」)

 

あり、いか、うさぎ…。あいうえお順にいろいろな生き物をユニークな絵と詩で紹介している絵本「ひらがなどうぶつえん」(小峰書店)。親子が仲良く一緒にページをめくり、ひらがなを学ぶ姿が目に浮かぶ

▼あの5歳の女の子はたった1人でひらがなを覚えたのだろうか。親に命じられて自分で時計の目覚ましをセットして毎朝午前4時に起き、書き取りの練習をしていたという。今年3月、東京都目黒区で虐待死した船戸結愛(ゆあ)ちゃん

▼食事は朝がスープ1杯、昼と夜は少しのご飯とみそ汁の日や1日1食だったこともあったという。顔を拳で殴られてけがしたことも。衰弱し医師の診察を受けることなく、幼い命の灯は消えてしまった

▼東京に移ってから使っていた大学ノートが残っていた。「きょうよりかあしたは もっとできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします もうほんとうにおなじことはしません」

▼謝罪や反省の言葉が続いているのは、どうにかして両親の愛を取り戻したいとの気持ちが強かったからだろう。こんなにつらい5歳の文章は今まで読んだことがない

▼「まいものみーっけた あつまれーってよぶと ありのなかまが あ いっぱいくるくる あつまってくる」。こんな詩が「ひらがなどうぶつえん」にはたくさんある。生きていれば春から小学生だった。練習したひらがなで詩の楽しさを学んだり、自ら書いたりできたはず。無念である。

 

5歳女児虐待死/悲劇繰り返さない手だてを(2018年6月8日配信『福島民友新聞』−「社説」)

      

 助けを求める子どもたちの小さな声に気づき、確実に救いの手を差し伸べる仕組みを社会全体でつくっていかなければならない。

 「パパとママにいわれなくても(中略)もっとできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください」。東京都目黒区で、5歳女児が覚えたばかりの平仮名で書き残し、亡くなった。

 父親から繰り返し暴力を振るわれ、ろくに食事も与えられず、死亡時の体重は5歳児の平均20キロを大きく下回る約12キロしかなかった。警察は保護責任者遺棄致死の疑いで両親を逮捕した。

 女児は、毎朝4時ごろに起き、体重測定と平仮名の書き取り練習をするよう命じられていたという。ノートには両親に許しを請う悲痛な言葉がつづられていた。少しでも優しくしてもらおうと必死だったのだろう。そんな無力な子どもに虐待を繰り返していたとするならば、逮捕された2人に親を名乗る資格などあるまい。

 女児は、以前住んでいた香川県で、2度にわたり児童相談所に一時保護された。父親は女児への傷害容疑で2回書類送検されて不起訴処分になり今年1月に目黒区に転居。管轄する東京都の児相は2月に自宅を訪れたが女児と会えなかった。母親に拒否されたという。

 児童虐待防止法の2016年改正で児相の権限が強まり、子どもの安全のため家庭に強制的に立ち入る「臨検」の手続きが簡略化された。また一時保護について厚生労働省は「保護者の反発を恐れて控えるのは誤り。あくまで子どもの保護を重視する」としている。

 ただ現場では、親の意向に反して、こうした権限を用いた場合、その後の支援が円滑に進まず、ためらうことも少なくないという。児童福祉司の数も足りず、さまざまな要因も絡み合って香川と東京の児相が連携して踏み込んだ対応を取れなかったとみられる。

 東京の児相が、母親に女児との面会を拒まれたとき、警察と連携を取り合って安否確認をしていれば、その後の状況は変わっていたかもしれず、それが悔やまれる。悲劇を繰り返さないためには一連の経緯をつぶさに検証し、問題点を洗い出す必要がある。

 全国の児相が児童虐待の相談や通告を受けて対応した件数は、虐待に対する意識の高まりなどもあって15年度に10万件を超えた。

 県内4カ所の児相が対応した件数も16年度は956件と過去最多となり、前年度からの増加率は全国で最も高かった。行政や警察だけでなく、地域の住民も力を合わせて子どもたちを守りたい。

 

5歳女児虐待死 なぜ、救えなかったか(2018年6月8日配信『茨城新聞』−「論説」)

 

東京都目黒区で船戸結愛ちゃんという5歳の女の子が覚えたばかりの平仮名で「もうおねがい ゆるして ゆるして」とノートに書き残し、亡くなった。父親から繰り返し暴力を振るわれ、ろくに食事も与えられず、死亡時の体重は5歳児の平均20キロを大きく下回る12キロしかなかった。警察は保護責任者遺棄致死の疑いで両親を逮捕した。

子どもへの虐待を児童相談所に通告するよう国民に義務付けた児童虐待防止法が2000年に施行され、04年には虐待が疑われるケースも対象になった。社会的な関心が高まる中、15年度に全国の児相による対応件数は初めて10万件を超え、全国共通ダイヤル「189」の運用も始まった。

中でも、警察からの通告が増え続けている。全国の警察が昨年1年間、親などに虐待された疑いがあると児相に通告した18歳未満の子どもは6万5千人余り。うち生命や身体に危険がある約3800人が警察に緊急保護され、いずれも過去最多だった。結愛ちゃんを巡っては児相や警察に通報があり、児相に一時保護されたこともあった。

だが救えなかった。なぜか。結愛ちゃんの一家は香川県から都内に移り住み、それぞれの児相の間で引き継ぎがうまくいかず、警察との連携も後手に回ったとみられている。悲劇を繰り返さないためには一連の経緯をつぶさに検証し、問題点を洗い出す必要がある。

香川県で結愛ちゃんが暮らすアパートから「やめて」などと何度も悲鳴が聞こえ、近隣住民は16年8月、児相に通報。しかし虐待は確認されなかったとして児相は保護しなかった。12月に今度は警察に通報があり、児相が保護。父親はしつけのため手を出したと認め反省の態度を示したが、その後も通報と保護が繰り返された。

 父親は17年に結愛ちゃんへの傷害容疑で2回書類送検されて不起訴処分になり、その年12月に目黒区に転居。ほどなく香川の児相が講じた「児童福祉司指導」も解除された。転居先を管轄する東京の児相は今年2月に自宅を訪れたが、結愛ちゃんと会えなかった。母親に拒否されたという。

 3月初め、父親が「娘が数日前から食事を取らず、心臓が止まっているようだ」と119番し、事件が発覚。結愛ちゃんは目黒に移った後、自宅に閉じ込められた状態で、まともな食事を与えてもらえず、冬にベランダに出されていたこともあった。結愛ちゃんは父親の実子ではなかった。

 児童虐待防止法の16年改正で児相の権限が強化され、子どもの安全を守るため家庭に強制的に立ち入る「臨検」の手続きが簡略化された。また一時保護について厚生労働省は「保護者の反発を恐れて控えるのは誤り。あくまで子どもの保護を重視する」としている。

 ただ現場では、親の意向に反して、こうした権限を用いた場合に、その後の支援が円滑に進まず、ためらうことも少なくないという。さらに児童福祉司も足りず、さまざまな要因が絡み合って香川と東京の児相が連携して踏み込んだ対応を取れなかったとみられる。

 東京の児相が母親に結愛ちゃんとの面会を拒まれた時、警察と連絡を取り合って安否確認をしていれば、その後の状況は変わっていたかもしれず、それが悔やまれる。二度と後悔しないよう、万全の対応を期したい。

 

「かみさま、どうして いちども テレビに でないの?/キム」…(2018年6月8日配信『毎日新聞』−「余録」)

 

 「かみさま、どうして いちども テレビに でないの?/キム」。米国の子どもたちが書いた神様への手紙を谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)さんが訳した「かみさまへのてがみ」(サンリオ)だが、その続編にこんな手紙もある

▲「もっとまえに てがみ かかなくて ごめんなさい でも じを かくのを こんしゅう ならった ばかりなの/マーサ 5さい」。一方こちらの5歳の女児が覚えたての字で記したのは両親への「ゆるして」という哀願だった

▲「もっともっときょうよりか あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください」「あそぶって あほみたいだから やめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします……」

▲書き写していても胸が苦しくなる船戸結愛(ふなと・ゆあ)ちゃんの“てがみ”である。1日1食しか与えられず、風呂場で冷水を浴びせられ、父親に殴られるという虐待の末、同年齢の子の3分の2に満たない体重で亡くなった結愛ちゃんだった

▲「かみさまへのてがみ」にはこんなのもある。「かみさま、あなたって ほんとにいるの? そうは おもってないひとたちも いるわ。もし ほんとにいるんなら、すぐに どうにか したほうが いいわよ/ハリエット・アン」

▲思わず神様もなじりたくなるむごさだが、ここは子どもを虐待から守る手立てを点検するのが大人の役目だ。神様には覚えた字で存分にあそぶ喜びを記せる天国へ、結愛ちゃんを連れて行ってあげてほしい。

 

(2018年6月8日配信『日経新聞』―「春秋」)

 

こんな悲しい文章があるだろうか。「きょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください」。まだ小学校に上がる前の船戸結愛ちゃんが、ひらがなで必死に綴(つづ)っていた。お願いの相手は本来なら自分を愛してくれるはずの両親だ。

▼結愛ちゃんは東京都目黒区のアパートで、十分な食事を与えられず、暴行を受け、肺炎にかかって死亡した。放置していた両親は保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。ほぼ軟禁状態だったという結愛ちゃんがどんな幼い日々を送っていたのか、改めて記す気持ちにとてもなれない。救える命だったのではと、ただ思う。

▼家庭訪問したものの、児童相談所は結愛ちゃんに会えないままだったようだ。虐待問題に取り組む弁護士の後藤啓二さんは、児相と警察が情報を共有すべきだと訴え続けている。当然のように思えるが、多くの自治体で児相は対応事例などを警察に知らせることに消極的らしい。専門機関としてのこだわりからであろうか。

▼虐待を生む背景の一つに、親の孤立がある。それはまた児相の姿と二重写しに見える。児相もひとりで問題を抱え込まず、助けを求めればいい。面談を拒む親がいれば警察にも同行を頼み、人手が足りなければ大声で窮状を叫べばいい。「一つの機関で対応できるほど虐待は簡単な問題ではない」。後藤さんの言葉である。

 

目黒女児虐待死 子を救う措置ためらうな(2018年6月8日配信『産経新聞』−「主張」)

 

 読むことが辛(つら)い。書き写すことも苦しい。この子の命を救えなかった全ての要因が恨めしい。

 東京都目黒区のアパートで3月、父親からの暴行を受けた直後に死亡した5歳の女児は、両親に宛てた手書きのノートを残していた。

 「あしたはもっともっと できるようにするから」「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」「ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして」。女児はどんな気持ちでこれを書いたのだろう。想像するだけで、胸が苦しい。

 警視庁は両親を、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕した。ノートは警視庁の捜査員が家宅捜索をした際に見つかった。謝罪の言葉は鉛筆書きのひらがなで、繰り返し書き連ねられていた。見つけた捜査員も涙したという。

 傷害罪で起訴済みの父親は、女児に厳しい食事制限を課し、いいつけを守らないと暴行を加えていた。「虐待がばれると思い、病院に連れて行かなかった」という趣旨の供述もしているという。母親も虐待を放置していたようだ。

 女児の文章を掲載した同じ日の社会面では、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの両親が変わらぬ娘への愛と再会への期待を記していた。前日の社会面では、山口県光市の母子殺害事件で妻とわが子を失った本村洋さんが2人への思いを語っていた。

 それが親である。

 子を死に至らしめる親は、すでに親ではない。

 父親は香川県に住んでいた昨年にも女児に対する傷害容疑で2度にわたって書類送検されていた。県児童相談所は虐待の疑いがある保護者に専門家の指導を義務づける行政処分を行ったが、養育環境が改善されたとして今年1月、処分を解除していた。

 一家は1月、東京に転居し、香川県の児相から連絡を受けた品川児相がアパートを訪問したが、母親に面会を拒否されていた。女児を救う機会はあったのだ。

 児童虐待防止法や児童福祉法の改正で、家庭に強制的に立ち入る手続きが簡略化され、警察官の同行も求められるなど、児相の権限は強化されている。

 だが、その運用に躊躇(ちゅうちょ)があっては、救える命も救えない。虐待が疑われる親からは、まず子を引き離すことだ。社会全体で、子供を守らなくてはならない。

 

(2018年6月8日配信『産経新聞』−「産経抄」)

 

「くちげんかは おとうさんが つよくて ぼうりょくげんかは おかあさんが かちます」。神戸市の小学校で長く教師を務めた鹿島和夫さんは、新1年生が入学するたびにノートを渡した。毎日、詩を書いてもらうためである。

▼お母さんといっしょにお風呂に入る。寂しいとき手をつないで寝てくれる。子供たちの詩に登場するのは、まるで友達のような愉快なお父さんばかりである(『お父さんはともだちです』)。

▼東京都目黒区のアパートで今年3月に虐待死した船戸結愛(ゆあ)ちゃん=当時(5)=も、覚えたてのひらがなで大学ノートに詩のような文章をつづっていた。「もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから」。

▼そこから浮かび上がる父親のイメージは、暴力と恐怖で支配する残酷な独裁者である。実際、父親の雄大容疑者(33)は実子ではない結愛ちゃんに、朝4時に起きてひらがなの書き取りの練習をするよう命令していた。顔を拳で殴り、真冬のベランダに放置するなど虐待を繰り返していた。食事も満足に与えられず衰弱していく結愛ちゃんを、母親の優里(ゆり)容疑者(25)も放置していた。

▼父親に首を絞められた9歳の男児が、苦しい息の下で必死に呼びかける。「僕、父ちゃん、世界中で一番好きだ」。この一言で父親の殺意がにぶり、男児の命は助かった。そんな心中未遂事件を紹介したことがある。

▼「もうおねがい ゆるして ゆるして」。結愛ちゃんがノートに残した両親への謝罪の言葉から、悲痛な叫び声が聞こえてくる。「お願い、殺さないで」。すでに父親と母親であることをやめた雄大容疑者と優里容疑者の心には、響かなかったのか。

 

(2018年6月8日配信『東京新聞』−「筆洗」)

 

 <「く」はワニのお口のかたち/「へ」はへんなお山のかたち/「し」はしっぽだね>。俵万智さんの歌だ。子に平仮名を教えている親密な時間が思い浮かぶ

▼平仮名を覚えた息子は、小学校入学の前に、手紙を書いている。「おかあさんが死んだとき、一緒におはかに入れてあげるの」と鉛筆でつづった紙には「ゆうれいのおかあさんえ…あかちゃんのときおせわになりました。ありがとう。これからもげんきでね」とあった。<日本語の響き最も美しき二語なり/「おかあさん」「ありがとう」>。俵万智さんは詠んでいる

▼子どもの成長とは言葉の成長でもある。書き言葉の習得には、話し言葉以上にだれかが教えることが、重要になる。だからわが子の手書きの文字が感慨をもたらすのだろう

▼これほど痛ましい子どもの「手紙」があるだろうか。虐待され、五歳で亡くなった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが大学ノートに書き残していた文章。<パパとママにいわれなくても…あしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください>

▼覚えたての平仮名だそうだ。愛情を取り戻そうとする娘に親は冷酷な仕打ちで応じている。気持ちを字で表した娘の成長には、何も感じなかったのか。こんな冷血に打つ手はあったのかという疑問も覚える

▼<ゆるして>が切なく響く。せめてよく頑張ったねと声をかけられたら。

 

女児虐待死 惨劇の連鎖を絶ちたい(2018年6月8日配信『信濃毎日新聞』−「社説」)

 

 5歳の女児は独り、どんな気持ちで親への謝罪の言葉をつづったのだろう。

 東京都目黒区で船戸結愛(ゆあ)ちゃんが衰弱死した事件で、継父と実母が保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。

 未然に防げなかったのか。子どもの虐待死が報じられるたびにやりきれなくなる。児童相談所(児相)職員の不足、関係機関の連携の不備…。虐待への対応を巡る課題が改めて浮かぶ。

 結愛ちゃんが亡くなったのは3月だった。食べ物もろくに与えられず家に閉じ込められ、日常的に暴行を受けていたとされる。継父自身が通報し、傷害容疑で逮捕、起訴されている。

 最悪の結果を回避する機会はあったろう。

 1月に目黒に転居するまで住んでいた香川県では、口から血を流して放置されているのが見つかり児相は2度、結愛ちゃんを一時保護した。警察も2回、継父を傷害容疑で書類送検していた。

 東京都の品川児相も自宅を訪ねたが、母親に拒絶され結愛ちゃんには会えなかったという。入学予定の小学校の説明会に来なかったことも把握していた。

 両児相の間で危険性が共有されていたのか疑わしい。けれど、児相だけを責められない。

 2016年度の児童虐待件数は12万超に上った。15年前の5倍に増えているのに、保護者や子どもに接する児童福祉司の数は約3千人にとどまっている。

 政府も問題を重視し、家庭裁判所による関与の強化、強制的に家庭に立ち入る「臨検」手続きの簡略化、市町村ごとの支援拠点整備といった対策を講じている。

 ただ、肝心の人手が不足しては継続的な支援は難しく、効果は限られてしまう。

 児童福祉司を対象にした調査では、業務の負担が「大きい」との回答が94%を占めた。現場からは「機能強化で職員が疲れ切っている」との声が上がる。

 愛知県のように、警察と協定を結び、虐待事案の情報を定期的に提供している県もある。司法や捜査機関の介入には慎重さが求められるものの、このまま児相任せにできないのは確かだ。まずは市区町村との役割分担を図り、民間団体との協力も密にしたい。

 虐待増加の原因として、保護者の孤立、家計の悪化が指摘されている。社会のあり方そのものに関わってくる。対症療法的な仕組みだけでは解決できないことを、国は忘れないでもらいたい。

 

(2018年6月8日配信『信濃毎日新聞』−「斜面」)

 

子どもの泣き声を不審に思い、香川県善通寺市の住民が児童相談所に通報したのは2年前の8月。泣き声は船戸結愛(ゆあ)ちゃんのSOSだった。継父の虐待に相談所や警察がたびたび介入したのに、なぜ命を救えなかったか。痛恨事である

   ◆

やせ衰え泣き叫ぶ力も失ったのだろう。継父に命じられ午前4時に起き、平仮名の書き取り練習をする毎日。ノートに両親に許しを請う言葉を書き残すほかなかった。自分が変われば優しさを取り戻せる、と5歳ながらに考えたのか。ふびんでならない

   ◆

遊びに夢中になる年頃の子が〈あそぶってあほみたいだからやめるから もうぜったいぜったいやらないからね〉と誓っている。「しつけ」と称し服従を強いていた継父、「自分の立場が危うくなる」と虐待を見過ごしていた実母。ドアを閉ざした再婚家族に何が起きていたのか

   ◆

昨年夏公開の日本映画「幼な子われらに生まれ」は子連れ再婚の一家を描き家族の在り方を問い掛けている。夫婦とも再婚か、どちらかが再婚の婚姻は全体の27%に上る(2016年人口動態統計)。血のつながらない親と子がどう向き合うかは切実だ

   ◆

再婚家族の調査や支援に取り組むNPO法人理事長新川てるえさんは著書で指摘する。子どもたちは親の決めたことに黙って従うだけのつらい立場にいる、と。家族の多くは困難を乗り越えようとしている。その悩みに耳を澄まし分かち合える社会でありたい。悲劇を繰り返さぬためにも。

 

(2018年6月8日配信『神戸新聞』−「正平調」)

 

ジャーナリストの池上彰さんがネパールの人々を取材したときのこと。子どものころ学校に通えず、二十歳をすぎて字を覚えたという女性に会った

◆うれしかったのは「自分の名前が書けたこと」、彼女はそう話したという(岩波新書「先生!」)。親からもらった名を書いてみせ、何者なのかを知ってもらう。誰もが最初に感じる読み書きの喜びに違いない

◆覚えたひらがなで、その子が残したのは「ゆるしてください」と両親にあてた鉛筆書きの文である。食事を十分与えられず、冬はベランダに放り出される。親から受けた虐待の果て、東京の5歳女児が死亡した

◆毎朝4時起きでひらがなの練習を命じられていたと記事にある。そのとき書いたらしい。「きょうよりかあしたはもっとできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」

◆文章を読み上げた警察幹部の声は震えていたという。逃げることもできず、すがるものもなく、恐らくは頬をぬらし、ひとりぼっちで文字を連ねていった幼女の心を思うと、誰だって胸にこみあげるものがある

◆逝きし子の名は結愛(ゆあ)ちゃん、結ぶ愛と書く。いつか漢字を覚えその意味を知り、親のぬくもりを感じながら自分の名を書いてみせたかったろう。

 

5歳女児虐待死/なぜ救えなかったのか(2018年6月8日配信『山陰中央新報』−「社説」)

 

 東京都目黒区で船戸結愛ちゃんという5歳の女の子が覚えたばかりの平仮名で「もうおねがい ゆるして ゆるして」とノートに書き残し、亡くなった。父親から繰り返し暴力を振るわれ、ろくに食事も与えられず、死亡時の体重は5歳児の平均20キロを大きく下回る12キロしかなかった。警察は保護責任者遺棄致死の疑いで両親を逮捕した。

 子どもへの虐待を児童相談所に通告するよう義務付けた児童虐待防止法が2000年に施行され、04年には虐待が疑われるケースも対象になった。社会的な関心が高まる中、15年度に全国の児相による対応件数は初めて10万件を超え、全国共通ダイヤル「189」の運用も始まった。

 中でも、警察からの通告が増え続けている。全国の警察が昨年1年間、親などに虐待された疑いがあると児相に通告した18歳未満の子どもは6万5千人余り。うち生命や身体に危険がある約3800人が警察に緊急保護され、いずれも過去最多だった。結愛ちゃんを巡っては児相や警察に通報があり、児相に一時保護されたこともあった。

 だが救えなかった。なぜか。結愛ちゃんの一家は香川県から都内に移り住み、それぞれの児相の間で引き継ぎがうまくいかず、警察との連携も後手に回ったとみられている。悲劇を繰り返さないためには一連の経緯を検証し、問題点を洗い出す必要がある。

 香川県で結愛ちゃんが暮らすアパートから「やめて」などと何度も悲鳴が聞こえ、近隣住民は16年8月、児相に通報。しかし虐待は確認されなかったとして児相は保護しなかった。4カ月後の12月に今度は警察に通報があり、児相が保護。父親はしつけのため手を出したと認め反省の態度を示したが、その後も通報と保護が繰り返された。

 父親は17年に結愛ちゃんへの傷害容疑で2回書類送検されて不起訴処分になり、その年12月に目黒区に転居。ほどなく香川の児相が講じた「児童福祉司指導」も解除された。転居先を管轄する東京の児相は今年2月に自宅を訪れたが、結愛ちゃんと会えなかった。母親に拒否されたという。

 3月初め、父親が「娘が数日前から食事を取らず、心臓が止まっているようだ」と119番し、事件が発覚。結愛ちゃんは目黒に移った後、自宅に閉じ込められた状態で、まともな食事を与えられず、冬にベランダに出されていたこともあった。結愛ちゃんは父親の実子ではなかった。

 児童虐待防止法の16年改正で児相の権限が強化され、子どもの安全のため家庭に強制的に立ち入る「臨検」の手続きが簡略化された。また一時保護について厚生労働省は「保護者の反発を恐れて控えるのは誤り。あくまで子どもの保護を重視する」とする。

 ただ現場では、親の意向に反して権限を用いた場合に、その後の支援が円滑に進まず、ためらうことも少なくないという。さらに児童福祉司も足りず、さまざまな要因が絡み合って香川と東京の児相が連携して踏み込んだ対応を取れなかったとみられる。

 東京の児相が母親に結愛ちゃんとの面会を拒まれた時、警察と連絡を取り合って安否確認をしていれば、その後の状況は変わっていたかもしれず、それが悔やまれる。

 

(2018年6月8日配信『徳島新聞』−「鳴潮」)

 

幼子が書いたこんなにも切ない文章を、かつて見たことがない。母親に宛てた、読んでこんなにもつらく悲しくなる文章を知らない

 <きょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします>。虐待を受けて亡くなったとされる東京都目黒区の船戸結愛ちゃんは当時5歳だった

 継父(33)と母親(25)から食事も十分に与えられず衰弱し、医師にも診せてもらえなかったという。5歳児に<おねがい><ゆるして>と言わせるとは。「鬼畜」の言葉しか浮かばない

 わが娘が幼いころ、メモ帳に書いた手紙を何度かもらったことがある。いつも短い文だが、うそ偽りのない正直な内容だった。結愛ちゃんも、けなげに信じていたはずだ。一生懸命に謝って、もっといい子になれば優しくしてくれる、と

 しつけと称して、午前4時からひらがなの書き取りをさせられていた。覚えたての文字で書いた文章がこれかと思うと、また切ない

 森永製菓が公募している母の日の小学生手紙コンクールで、昨年最優秀に選ばれた作品の一部を紹介する。5年男児が書いた。<…つないで帰ったその手が、あたたかくて「まけるな」って言ってるみたいだった。…ありがとう>。結愛ちゃんもきっと<ありがとう>とつづりたかったろうに。

 

〈ぼくがはじめて すがわらまこととかいたとき おかあさんのかおが にこにことなりました…(2018年6月8日配信『西日本新聞』−「春秋」)

 

 〈ぼくがはじめて すがわらまこととかいたとき おかあさんのかおが にこにことなりました うれしそうになりました やさしくなりました そしてぼくのすきなはんばーぐを つくってくれました〉すがわらまこと

▼「こっちむいて、おかあさん−こどもがかいたおかあさんの詩2」(吉野弘、新川和江監修)より。自分の名を書けるようになった子の成長を喜ぶ母の笑顔が目に浮かぶ。小学1年の男の子がつづった文字から幸せがこぼれ落ちる

▼この春、1年生になるはずだった女の子の文字は読む者の胸に突き刺さる。痛ましさとけなげさに涙がこぼれる。3月、親に虐待されて亡くなった船戸結愛(ゆあ)ちゃんだ

▼〈きょうよりかあしたはもっとできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします〉。両親は十分な食事を与えず、暴行を加え、衰弱しても病院に連れていかず放置した

▼結愛ちゃんは虐待を主導したとされる父親の実子ではなかった。母親は「自分の立場が危うくなるのを恐れて虐待を見過ごした」と。結愛ちゃんは大学ノートに謝罪文を書きながら「こっちむいて、おかあさん」と願い続けただろうに

▼結愛ちゃんの体重は平均より8キロ少ない12キロだった。〈わたくしのからだで育てし日々もあり 子はビスケットぼろぼろこぼし〉鶴田伊津。子が食べ、育つ。当たり前の親の喜びも忘れてしまったのか。

 

(2018年6月8日配信『熊本日日新聞』−「新生面」)

 

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」という5歳の子どもがつづった文字に胸がふさがれる。東京都目黒区の船戸結愛[ゆあ]ちゃんは、目覚まし時計をかけて毎朝4時ごろに自分で起き、大学ノートに平仮名を書く練習をさせられていたという

▼父親は結愛ちゃんが太っているとして毎朝体重を量らせ、食事を制限していた。3月に死亡した時の体重は12・2キロ。冬はベランダに出され、足の裏に霜焼けの痕が残っていたという

▼警視庁はおととい両親を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。児童相談所や警察は結愛ちゃんを一時保護したり、父親を書類送検したりしていたが、結果的に幼い命を守ることができなかった。これまでにも何度か繰り返されてきた失敗である

▼今日から全国公開される是枝裕和監督の「万引き家族」の試写を見た。映画の最初、虐待を受けた幼い少女が団地のベランダで寒さに震えている。その少女を黙って家に連れ帰るところから、この家族の物語が始まる。児童虐待をメインテーマとしたわけではないが、それもこの映画の重要な要素だった

▼家庭の問題は外に出にくいと言われる。親による児童虐待は、なおさら外部から見えにくい。是枝監督の映画は、その見えないものを可視化した作品でもある。カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞して、さらに注目度が高まっている

▼映画の少女は作中ほとんど黙してしゃべらない。虐待される子どもたちの無言の瞳に注意深く目を凝らすこと。大人たちの役目である。

 

鬼になる親(2018年6月8日配信『宮崎日日新聞』−「くろしお」)

 

 巡礼の旅で粗末な小屋に泊めてもらった山伏。そこの老女に「奥はのぞくな」と言われたが、彼女の留守中にのぞくと人骨の山。逃げ出した山伏を、鬼になった老女が追う。

 能「黒塚(くろづか)」。「安達ヶ原の鬼婆」という伝説に由来しており、福島県二本松市には黒塚という鬼婆の墓もある。伝説では、女はかつて主家の幼君の病気を治すために長旅へ。その目的のために旅先で殺した少女が、実は残してきたわが娘だったという過去を持つ。

 歌人馬場あき子さんは著書「鬼の研究」で、伝説が人々に語り継がれた背景に、女の本性がはじめから鬼ではなかったと納得したい感情を読み解く。女が鬼に変貌したのは「極限的な心情の混乱」によって追い詰められていたからだ、と。

 狂気をはらんだ非情な心を鬼とするなら、この夫婦にはいつ鬼がすみ着いたのだろう。5歳の娘に暴行を加え、死亡させた疑いで父親と母親が逮捕された東京の事件。十分な食事を与えられず医者の診察も受けられなかった女児のノートが悲しすぎてやるせない。

 「もうおねがい ゆるして」「きょうよりかあしたはもっとできるようにするから」。悪いのは自分で、何とか親に認めてもらいたい。5歳児とは思えないほど利発で、けなげで、必死な訴えに人の心があればだれもが泣くはずだが…。

 岩手でも虐待で1歳9カ月の長男を死亡させたとして父親が逮捕されたばかり。人間の本性に鬼が巣くったとは思いたくないが、同種の事件に接するたび、児童保護のため社会がもっと家庭に介入できる余地があるのではと考えてしまう。

 

[女児虐待死] 経緯検証し悲劇を断て(2018年6月8日配信『南日本新聞』−「社説」)

 

 「じぶんからきょうよりかあしたはもっとできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてくださいおねがいします」

 亡くなった5歳女児のノートには、両親に許しを請う内容がつづられていた。毎朝、目覚まし時計を午前4時にセットし、ひらがなの練習を命じられていたという。

 その女児を衰弱したまま放置し、死亡させたとして両親が逮捕された。女児が追い込まれた痛ましい境遇に気づき、命を救うことはできなかったか。悲劇が繰り返されないよう、虐待死に至った経緯を検証すべきである。

 「あそぶってあほみたいだからやめるから もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします」

 女児は遊ぶことも禁止されていたのか。ほとんど家に閉じ込められ、冬にはベランダに出されていたこともあったという。それでも親にすがるしかなかった女児の胸中を思えば、あまりに切ない。

 警察の調べでは、食事もろくに与えてもらえなかったらしい。1日1食だったこともあり、亡くなった時の体重は、同年齢の平均約20キロを大幅に下回る約12キロしかなかった。両親が「モデル体形にする」ためだったという。

 ひらがなの書き取りを命じたりベランダに出したりしたことは「しつけ」のつもりだったのか。だがそれは、児童虐待が明らかになるたびに加害者である親が口にする言い訳にすぎない。

 一家は昨年末から今年初めにかけて香川県から東京都に転居した。香川県では自宅前に放置されていた女児を児童相談所が何度か一時保護している。父親は2度も傷害容疑で書類送検されている。

 香川県から引き継いだ東京都の児相は自宅を訪問したが、母親に拒否されて女児とは接触できないままだった。「両親との信頼関係を優先した」と説明するが、一家の危機的な状況を共有できていなかったのではないか。自治体間の連携の在り方も再検討が必要だ。

 児童虐待は増加を続けている。鹿児島県内の児相と市町村が2017年度に認定した虐待件数は、前年度の1.6倍に増えた。

 今回の事件の端緒は「子どもの泣き声が聞こえる」と近隣住民から児相への通報だった。虐待が疑われる様子に気づいたら、虐待かどうか自分で判断せずに、児相の全国共通ダイヤル「189(いちはやく)」に通報したい。

 各家庭にはさまざまな事情があるにせよ、子どもの命が最優先されるのは言うまでもない。地域社会の目が最悪の事態を食い止める力になるはずだ。

 

[結愛ちゃん虐待死]救えたはずの命なのに(2018年6月8日配信『沖縄タイムス』−「社説」)

 

 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」「あそぶってあほみたい…もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします」

 東京・目黒区で父親から虐待を受けて死亡したとされる船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)がノートに書き残していた。

 父親から暴力を振るわれ続け、ろくに食事も与えられず、自宅に閉じ込められた状態で、真冬にベランダに出されたこともあった。

 すがりたい親におびえながら、痛みや寒さに耐えながらの苦痛の日々。「ゆるしてください」とつづったあどけない女の子の悲鳴に、胸が締め付けられる。 

 死亡時、体や両目の周りには殴られた痕のあざが、足裏にはしもやけもあった。体重は5歳児の平均の20キロを下回る12キロしかなかったという。警察は保護責任者遺棄致死の疑いで両親を逮捕した。

 結愛ちゃんを巡っては、以前住んでいた香川県の児童相談所が2度も保護し、県警も父親を2度傷害罪で書類送検したが不起訴処分となった経緯もある。救えたはずの命だった。しかし、救えなかった。なぜなのか。

 結愛ちゃん一家は今年、香川県から東京に移り住み、香川の児相から東京の児相に事案は引き継がれたが、東京の児相は結愛ちゃんに接触すらできなかった。

 東京の児相は危険が差し迫っているとの判断をしておらず、警察との連携も後手に回った。

 児相、警察、自治体は一連の経緯を検証し、問題点を洗い出す必要がある。

■    ■

 警察庁によると、虐待された疑いがあるとして昨年1年間に全国の警察が児相に通告した18歳未満の子どもは、前年より20・7%多い6万5431人だった。統計をとり始めた2004年以降で最多となった。

 生命の危険がある緊急時や夜間に警察が保護した子どもは3838人で、5年連続で増加した。

 2000年の児童虐待防止法施行で、子どもへの虐待を児相に通告するよう国民に義務づけて以降、社会的関心は高まった。市民から警察への通報が、警察から児相への通告にもつながっている面もある。

 日本小児科学会の推計では、虐待死の可能性がある子どもは全国で年約350人に上る。悲しく深刻な事態が依然、続いている。

 子どもたちを守るために、関心を一層高めると同時に、関係機関の情報共有、連携の円滑化、強化が欠かせない。

■    ■

 16年の児童虐待防止法改正で児相の権限が強化され、子どもの安全を守るため家庭に強制的に立ち入る手続きが簡略化された。

 だが、現場では親の意向に反した権限行使にためらいがあるという。その後の支援に支障が出るとの懸念が拭えないからだ。

 児相の対応件数の増加に児童福祉司の数が追いついていない現状もある。

 子どもを虐待から守る。そのために国から住民まで改善への知恵と資源を注ぐことを止めてはならない。

 

(2018年6月8日配信『しんぶん赤旗』−「潮流」)

 

愛を結ぶと書いて、結愛(ゆあ)ちゃん。まだ、5歳でした。親から虐待を受けて、今年3月に東京・目黒区で亡くなった女の子です

▼「もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします」。閉じ込められた自宅アパートからは、両親への謝罪の言葉をつづったノートが見つかりました。練習しろといわれ、懸命に覚えた平仮名で

▼しつけと称する義父からの暴力。はだしのまま冬のベランダに放置されたことも。十分な食事も与えられず、死亡時の体重は5歳児平均の20キロにたいし、12キロ。両親は栄養失調状態で具合が悪くなっても病院に連れて行かず、ほうっておいたと認めています

▼結愛ちゃんは、昨年まで住んでいた香川県でも虐待を受け、児童相談所に2度保護されていました。情報を引き継いだ東京の児相も2月に訪問していましたが、虐待の発覚を恐れた母親が拒み、会わせてもらえなかったといいます

▼通報やSOSが何度も出され、児相もかかわりながら、なぜ救えなかったのか。児相が案件を抱え込まずに情報を共有し、他の機関と連携すべきだったと指摘する専門家もいます。毎年100人近い子どもたちが虐待死している現状を改善していくためにも、しっかりした検証が必要です

虐待は個人や家庭だけの問題にとどまりません。出産や子育てをはじめとする、きめ細かい国や自治体の支援体制。なによりも、子どもを守る地域や社会のネットワークづくりが求められます。いちど結んだ愛が引き裂かれないためにも。

 

 

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